45 書けない手紙
くしゅんっ!
翌朝、心地いいまどろみの中にいた私は、鼻先を柔らかいものでくすぐられてくしゃみが出た。
まだ重たい瞼をうっすらと開けると、シルバーの毛色の尻尾が私の頬をペシンッ、と軽く打つ。
「あっ……ルオン」
のろのろと半身を起こした私を、猫のルオンと毛玉が見上げた。
「やっと起きた……」
「起き、た、ねー」
昨日、あれからベレニスが届けてくれた食事をとった後、手紙を何とか二通書き終えた私は、倒れんばかりにベッドに入った。それから時を置かず、気を失うように眠ってしまったのだ。
「ルオン、くすぐったいわ……ところで、回復できた?」
「うん。休んですっかり完全回復してる」
ぱたんっと、また大きく振ったルオンの尻尾に、毛玉がじゃれるようにしがみつく。
そこに、ドアの外からベレニスの声。
「ロッテ、起きてるかい? 食事を持ってきたよ。洗面用のお湯も」
ベッドから降りてドアを開けると、ベレニスが温かいスープとパンを載せたトレーをテーブルに置く。
ルオンにはミルクの入ったボウルと果物、毛玉にはクッキーを載せたお皿が置かれた。
ベレニスは当然、ルオンが私の精霊であることは知っているし、本来、精霊に人間が考えるような食べ物は必要ない。けれど、どうやら必要がなくても好む食べ物はあるよう。ベレニスは以前ここに来た時にルオンが好んだものを覚えてくれていた。
毛玉については、いつものように髪飾りに擬態していたのに一目で下級魔物だと見抜かれた。さすがベレニス。魔物討伐の経験豊富な傭兵の目は簡単には誤魔化せない。
けれど同時に、私と完全な主従関係にあり、無害な奴だとも理解してくれた。
実は毛玉のお得意の演技だったのか、私と初めて出会った時と同じく小さな両の瞳をウルウルさせて見つめられたベレニスは、「なかなか可愛い奴じゃないか」と目じりを和らげた。
今も毛玉は大好物のクッキーを目の前に、目を輝かせてぴょんぴょんと跳ねている。
「ねえ、ベレニス。頼みがあるんだけど」
「何だい?」
私はペレニスに、昨夜書いた二通の封書を手渡した。
「この手紙をお願いできる?」
「いいよ。どこに送ればいい?」
「二通とも、王都のランセットにお願い。急ぎなの……」
封書の一通は、ギルドマスターのランセットへ。そのランセット宛ての手紙には、私が今、ベレニスのもとにいること、そしてもう一通の封書をサルグミン家に届けてもらいたい旨を書いてある。
「ああ、わかった。魔法師にギルドへ転送してもらうよ」
「助かる!」
何が書かれているか察したベレニスは、ここから王都まで数日かかる馬車便ではなく、瞬時に王都のギルドに転送される魔法便を手配してくれた。
サルグミン家宛ての手紙では、両親とお兄様に、ノルマンの元を離れざるを得なくなったことをその理由と共に認めた。そして当面は、王都には戻らず、スイユの宿にいるつもりだとも。けれど、私の居場所は、誰が使者として来てもノルマン様には決して知られないようにしてほしい、と。
(お父様、お母様、お兄様。また迷惑をかけることになってしまって、ごめんなさい……)
本当なら、まずはノルマン様に、黙って出てきてしまったことを詫びる手紙を書かなければいけない。
人伝にではなく、私の手によるもので直接知らせなければ。
でも……。
(手紙を書くなら、ルオンのことに触れないわけにはいけないよね……)
どう書けばいいのか、何を書けばいいのか?
どう書いたら、彼にわかってもらえる……?
机に向かったまま、昨夜遅くまで知恵を絞っていた。けれど結局、一文字も書くことができないまま、時間だけが無為に過ぎていってしまったのだ。
(こうして考えていても、堂々巡りするだけ……)
今の私には、頭を整理する時間が必要なよう。
部屋の中に閉じこもっていると、どうしても悪いほうにばかり考えが行く。
「ロッテ、他に何かいるものがあれば言っとくれ」
「ありがとう。でも、今のところはないかな……それより、あとで少し出かけてくるわ」
ベレニスにそう告げると、私は手早く身支度を整え、テーブルに着いた。
街を少し歩いて気分を変えれば、ノルマンになんて書けばいいか、思いつくかもしれない。
そして朝食を済ませると、外出着の上からフードのついたローブを羽織る。
昨日から机の隅に置かれたままの髪飾りが、窓からの日差しを受けて光を放った。




