幸せに兆す影
数日後、王都からの早馬がモントロー城に到着した。
国王陛下からの書簡を携えた使者の出迎えに、途端、城内が騒がしくなる。
そのひと時の騒ぎが落ち着いた頃、私はノルマンの執務室に呼ばれた。そこでノルマンから告げられたのは、国王陛下がロベルに下した裁可について。
「小伯爵には、貴族籍の剥奪が下された」
本来なら、ロベルは公爵家に類する者に手をかけたのだから、王国法に則れば毒杯を賜ってもおかしくない。しかし陛下の慈悲により、平民とはなるが、死は免れた。
そして、通常ならその罪はショワジー伯爵家にも及ぶはずであったが、それを避けられたのはノルマンのおかげだ。
ロベルの王都への護送に先んじて、モントロー公爵家はショワジー伯爵家に早馬を出し、事の次第を一報していた。
公爵家から届いた書簡を見たショワジー伯爵は、すぐにロベルの除籍を王城に届け出た。その届け出は無事に受理され、ロベルが公爵家からの訴状と共に王都に到着した時には、すでにショワジー伯爵家とは無縁の者となっていたのだ。
カメリアに何事もなかった様子なのが、私にとっては朗報だった。おそらくは、ロベルに代わってカメリアが伯爵家を継ぐことになるのだろう。
平民となったロベルがこれからどう生きていくのかは知らないが、不思議なほどそこに何の興味もわかない。
そんな私を冷たいと言う人もいるだろうが、どう言われてもいいと思えた。たぶん、それほどまで私は傷つけられていたのだろう。今後は一切関わりがないことを祈るだけだ。
「そういえば、この件で助けていただいたラファエル様に、落ち着いたらお礼を言いにうかがおうと思っていたのですが、明日にでも出かけきてよろしいでしょうか?」
翌日、私はノルマンと一緒にリュネルに向かった。
まずは大きな店のある領都カルティーで、神殿の子どもたちへの贈り物を求めることにする。
馬車から降りると、二人で店を見て回り、まずは菓子を含む大量の食糧を購入した。
次に、読み書きを学ぶための本や絵本も買おうと、書店を探して様々な店の並ぶ表通りをノルマンと並んで歩く。
必要なものを買い終えて通りかかった広場では、ちょうど行商の市が立っていた。
異国からの品という触れ込みに興味を惹かれ、私はその店先に目をやった。それに気づいたノルマンが装飾品を扱う行商人のほうへと私の手を引いた。
「せっかくだから、店をいくつか覗いていかないか? 従者たちがさっき買った品を馬車に積み込むのには、少し時間がかかると言っていたから」
「そうですね。では、見るだけ……」
その店に並べられていたのは、どれも王国では見たことのないデザインの品だ。
その中の一つに、吸い寄せられるように目が行った。
「なんて美しい細工なの……」
それは繊細な銀細工に、幾粒ものダイヤモンドが留められている髪飾りだ。
そのダイヤはいずれも星屑のように小さいものだが、どの角度から見ても隙なく華やかな輝きを放つように配置されている。決して派手ではないが、これを手がけた職人の高い技術がうかがえる品だ。
ノルマンもその細工に感心したのか、食い入るように見入っていた。
「お嬢様、いいお品でしょう? つけてみませんか?」
「あ、いえ……」
断ろうとした私より先に、ノルマンがその髪飾りを手に取り、私の髪に留めた。
「良く似合っているな。店主、彼女に鏡を見せてやりたいんだが」
店主が手渡してくれた手鏡に映った私の髪に、日の光を受けた髪飾りが煌めく。
美しいものが嫌いな人はいない。でも、その美しさが自分には不似合いな気もしてしまう。
「その髪飾りは、お隣のランブイユ王室のお抱えだった細工師が作ったものです。その細工師は、王室に収めるものであろうが、商会に下ろして街の店先に並ぶものであろうが、区別することなく仕事に手を抜かないんです。当然、ランブイユではその細工師の手がけた品物は人気で、他国に出ることは滅多にないんです。でも、前回の仕入れで運よく確保することができた、特別な品なんですよ」
どこか得意げに話す店主に、ノルマンが言った。
「ディアも気に入ったようだな。……店主、これを貰おう」
「あ……私はいいです、大丈夫です……見られただけで満足ですから」
「いや、遅くなってしまったが、あなたに何か贈りたいと思っていたんだ。受け取ってくれ」
「いえ、そんな……ねだったようになってしまって……」
「俺が贈りたいんだ。これまで女性に贈り物などする習慣がなかったものだから……王都に暮らしていたあなただから、良いものをさんざん見てきただろうと思うと、情けないが俺には何を贈っていいものかわからずにいたんだ」
すかさず店主も後押しするように言う。
「お嬢様、こういう時は素直に貰って、彼の顔を立ててあげるものですよ」
これまで家族以外から、こんな心温まる贈り物をされたことがあっただろうか。
「はい……ありがとうございます」
もう一度、髪飾りがよく見えるように手鏡を傾けると、小さなダイヤの粒たちが、きらきらと瞬くように光を反射する。
そこへ荷物を馬車に積み終わったという知らせが届いて、私たちは馬車に向かった。
◆◆◆
リュネルの神殿に着いた私たちを、ラファエルは歓迎してくれた。
馬車に積んできた贈り物を従者たちに下ろしてもらうと、集まってきた子どもたちがその荷を目を輝かせて見つめている。
「全部、あなたたちへの物よ。みんなで分けてね」
「はーい」と行儀よく答えた子どもたちに手を振ると、私たちは神殿の応接室に案内された。
まずはラファエルに、リュカとジゼルの近況を伝える。
「リュカもジゼルも、元気に暮らしていますよ。ご安心ください」
「ありがとうございます。二人からは何度か手紙を貰っています。いつも、公爵家の皆様によくしてもらって自分たちは幸せだと書いてきていますよ。それにリュカは、学ぶことが楽しいみたいです。手紙のほとんどが、新しく学んだことの話ばかりです。ここにいては、とてもできない学びの機会を与えてくださったこと、感謝しています」
「いえ、ラファエル様、今日は私から先日の件でのお礼をお伝えしたいと思って、お訪ねしたんです。本当に、あの節はありがとうございました。ラファエル様のお助けがなければ、私はどうなっていたか……」
私はノルマンと二人、ラファエルに頭を下げた。ラファエルは、しきりと謙遜する。
「そんな大げさな……私は当然のことをしたまでですよ」
「ラファエル、俺からも礼を言わせてくれ。俺の婚約者を救ってくれて、ありがとう。公爵家では俺の命ある限り、この恩を忘れないと誓おう。今後この神殿で何か必要なものがあれば、遠慮なく公爵家に申し出てくれ」
「ははは……では、その公爵様のお言葉、有難く受け取らせていただきますね」
「ああ、そうしてくれ。そうでないと俺の気持ちが収まらないんだ」
「ところで……あの時の小伯爵様には、どのような罰が下ったのでしょうか? まさか……」
ラファエルは表情を曇らせた。
「いや、死罪ではない。貴族籍を剥奪され、平民となっただけだ。……下したのは私ではない。陛下に処罰をゆだねたんだ」
ロベルの処断を陛下に任せたのは、死罪を避けるためでもあった。
ノルマンが自らの家門を貶めた罪で下すなら、それは極刑以外にない。それ以下の罰を下せば、家臣たちから主君の威信を問う声が上がる。しかし、それが陛下の下した裁可なら話は別だ。陛下が決めた罰なら、誰もが大人しくそれに従うしかない。
「そうでしたか……。死罪でないと聞いて、正直、ほっといたしました……いえ、実際に恐ろしい目に遭われたディアロッテ様にしてみたら、それでは軽すぎる罰と思われても仕方ありませんね……」
「いいえ……実は私も彼が死なずにいてくれて、良かったと思っています。死罪では、私も後味が悪く感じていたでしょうから。でも……彼が平民としてやっていけるかは、わかりませんが」
ラファエルが、すっと視線を下に落とした。
「生きていれば……それでも何とかなるものですよ。……私がそうでしたからね」
んっ?
最後は独り言のようだったつぶやきを聞き逃さなかった私に、ラファエルは無言の微笑みを返した。
王都や各領都にある大きな神殿の神官には、貴族に生まれた者が配置される。そして、リュネルのような小さな村の神殿に務める神官は平民の出身であるのが暗黙の内の決まり事だ。
言われてみればラファエルは、平民の生まれにしては所作が洗練されていた。話す言葉にも時々、貴族特有の言い回しや発音が混ざる。田舎の神官にしてはと奇異に思わないでもなかったが、それは神官なら貴族との交流も多いため、自然と身についたものだろうと思って気にもしていなかったのだが。
湧いてきた疑問について、尋ねてみてもいいものか迷っていると、不意にドアが叩かれた。
「主君、そろそろお時間です。次のご予定がありますので」
ステファンの声に、ノルマンが弾かれたように席を立つ。私も慌てて立ち上がると、ラファエルに挨拶して馬車へと向かった。
◆◆◆
馬車に乗り込むノルマンに、ステファンが小さな紙片を差し出した。城から放たれた伝書鳥が運んできたものだろう。
ノルマンは幾重にも折り畳まれた紙片を開くと、書かれた文字に素早く目を通す。
「ディア、明後日に皇太子殿下が来られるそうだ。あなたの顔も見たいと言っている」
突然の皇太子殿下の来訪の知らせとは驚いたが、ノルマンと皇太子は幼馴染の関係だ。二人の間では、こういうことが珍しくもないのだろう。
「わかりました。心して準備いたしますね」
「ああ、頼む。だが、殿下はお忍びだから、大げさはもてなしは不要だ。詳細はモルガンに相談するといい」
「承知しました。……ところで、次の目的地とは?」
「ひと月前に魔物の襲撃にあったばかりの村だ。ようやく復興に向けて動き出した村の様子を実際に見ることで、次に支援すべきものを正確に見極めたいんだ」
やがて到着したその村は、まだ復興も手をつけられたばかりだということで、人々は壊された建物や、荒らされた畑を元に戻すべく、忙しく動き回っていた。中には亡くしたばかりの家族に供えるためであろう、暗い顔で花を摘む姿もあった。
村のはずれの墓地に足を向けたノルマンについて行くと、そこには真新しい墓標がいくつも立てられていた。手向けられたばかりの花が風に揺れている。
そっと手を合わせたノルマンに倣い、私も手を合わせて祈る。
長い祈りを終えて馬車に戻ると、先日の視察の際に聞きそびれたことを尋ねてみた。
「前の視察の際におっしゃっていた、公爵様が魔物討伐に精霊を呼ばない私的な理由というものをお聞きしても構いませんか?」
「ん? ああ……」
かすかに顔をしかめたノルマンだったが、馬車の揺れに体をまかせるようにして、ぽつぽつと話し始めた。
「あなたにも知っておいてもらったほうがいいだろうな……」
その理由を聞いて、私はこれまでの幸福な時間がすべて消え去り、背筋が冷えることになるのだった。




