救いはいずこ
相変わらず吐くほど気分が悪いという演技を続けながら、そのまま馬車に揺られていると、やがて子どもたちの賑やかな声が聞こえてきた。
「貴族様の馬車だー!」
「ほんと、立派な馬車!」
村の入り口の近くで遊んでいた子どもたちが、物珍し気に駆け寄ってきたのだ。
御者が子どもたちに「中に病人が乗っているから、神官様を呼んできてくれないか?」と頼むと、皆が声をそろえて「いいよー!」と答えるのが聞こえた。
まもなく、子どもたちに手を引かれてやって来たのは、ラファエル神官だった。これも私の予想通り。この村の神殿で、癒しの聖力を持つ神官はラファエル様だけだと、あの日聞いていたからだ。
神官の訪れにロベルは馬車を降りたが、私はそのまま馬車の座席で横になっていた。私が馬車を降り、子どもたちに気づかれて騒がれてしまうはよくない気がする。
「神官殿、僕たちは王都に行く途中なんだが、連れが気分が悪くなってしまった。急ぎ、連れの治療をお願いできないだろうか?」
ラファエルにそう話すロベルの背後で、私は顔を覆っていた両手を離した。
ロベルの背中越しに私の顔をちらりと見たラファエルは、ぴくりと眉を動かすと、すぐさま馬車を遠巻きにしていた子どもたちに神殿の中に入るように促した。
ラファエルは無事、私に気づいてくれたようだ。併せて、この異様な事態にも。
「承知いたしました。では、お連れ様を神殿の客室にご案内いたしましょう。ところで、王都に向かわれる途中とのことでしたが、王都の貴族家の方でございますか? ご家門をお伺いしてもよろしいでしょうか? ここは小さな神殿ではありますが、ご身分に失礼のないように精一杯おもてなしいたしたいと思いますので」
「あ……そうだな」
一瞬、ためらうように口ごもったロベルだが、ラファエルの問いに不思議はない。これに答えないほうが、むしろ怪しく思われる。
「僕は、ロベル・ショワジーだ。ショワジー伯爵家の嫡男だ」
「失礼いたしました、小伯爵様。では、神殿にお休みになれるお部屋を整えます。お連れのお嬢様には、女性の使用人を呼んでまいりますので、その者たちに客室にお連れするよう申し付けます」
「あ、いや……」
離れるのが不安なのか、私を振り返ったロベルの背中をラファエルはそっと押し、近くに控えていた下位神官のほうに向かうように促した。
◆◆◆
女性の使用人二人に抱えられるようにして神殿の客室に連れてこられた私は、ロベルと離れられたことにほっとする。ようやく、気分が悪い演技をやめることができたのだ。
客室に置かれたベッドに横になってすぐ、ラファエルがやって来た。
ベッドから起き上がろうとした私を、ラファエルは手で制す。
「お嬢様、どうぞそのままで」
「いえ、でも……」
「元気に起き上がっていたら、小伯爵様にばれますよ」
「ラファエル様には、すべてお見通しのようですね」
「まあ……そうですね。神殿というところは、いろいろな事情を持つお客様がおいでになるところですからね。それで、これはどういう事態で? 私には、お嬢様が何か不穏なことに巻き込まれているようにしか見えないんですが。よろしければご説明いただけませんか? 私に何かお助けできることがあれば、それもご遠慮なく」
ラファエルに、私は無理やりロベルに攫われて、ここまで連れて来られたのだと説明した。
「……やはり、そういうことでしたか。おかしいと思ったんです。公爵様のご婚約者であるお嬢様を、自分の連れだなんて言うので」
「ラファエル様が察してくれて助かりました。ちょうど今、公爵様は鉱山へ魔物討伐に出ているんです。その隙を狙われました」
「なるほど……」
ラファエルに、私はここから城に戻るつもりだと告げた。
「小伯爵様には、目を離したすきに私がいなくなってしまったと言ってもらえませんか? 小伯爵様は、私を逃がしたからと言って、ラファエル様や子どもたちに何かするほどの悪人ではありませんから」
ラファエルは、にっこりと目を細くして笑った。
「いや、もっといい手がありますよ。実は、公爵様がもうすぐこの神殿に立ち寄られるという先触れが届いたところだったんです。だから最初、立派な馬車が着いたと聞いて、てっきり公爵様の騎士団が着いたのかと思ったんです。でも、それにしては先触れがが届いてからすぐすぎましたし、馬車一台というのもなんですし、第一、魔物討伐に戦用でなく普通の馬車だなんて、おかしいなと思ったんです」
これを聞いて歓喜したのは私だ。なんていいタイミング!
あれ? ルオンはこれも見越していたの? ……いや、さすがにそれはないか。
「ということは、間もなく公爵様とモントロー騎士団がこちらに到着するということですよね?」
「ええ。モントロー騎士団は、魔物討伐の帰路には必ず、途中にある神殿に立ち寄って、瘴気の穢れを完全に浄めてから城に戻られることになっています。今回は、その途中にあったのがここ、リュラルの神殿だったという訳です」
「先触れでは、到着はいつ頃と?」
「本日の昼過ぎに、と。ですから、もう間もなくということですね。……お嬢様は幸運な方です。何かのご加護を得られているようですね」
バタバタと廊下を走ってくる足音がしてきた。
扉の外で、使用人と押し問答しているロベルの声。
「お嬢様、寝たふりをしていたほうがよろしいかと。小伯爵様には、私が対応いたしますから」
ラファエルの言う通り、私は目を閉じて眠ったふりをする。
ラファエルが扉を開けると、ロベルが使用人の制止を振り切り、飛び込んできた。
「小伯爵様。お嬢様は今しがた、お休みになられたようです。馬車に揺られてご気分が悪くなったようですから、もうしばらくここでお休みになって落ち着いてから、馬車に乗られたほうがいいでしょう。王都までは長旅ですから、途中でご気分がすぐれなくなった時に飲む薬水をこれから調合しようと思っていたところです。しばしお時間いただけばご用意できますから、それをお持ちになって出発されてはいかがですか?」
「いや、僕たちにそんな時間はないんだ。今すぐ発たないと……」
「そう言われましても、お嬢様の体調だけでなく、馬車の車輪の交換も必要だと伺いましたが。それもそうすぐには終わらないはずと思いますが」
「わかっている。だが……」
ぐっ、とロベルが言葉を飲んだ。私の体調もそうだが、車輪に不具合のあるまま、ここを発っていいはずがない。
「では、神殿で、今すぐ別の馬車を手配してくれないか? その馬車でここを出て、とりあえず近くの別の村か街へ向かいたいんだ。神官殿、馬車の手配を!」
「小伯爵様、なぜそれほどまで無理してまで急がれるのです? ご事情があれば、お聞かせいただけませんか? それ次第では、他にも手はあると思いますよ」
黙り込んだロベルに代わり、先ほど扉の前で押し問答していた使用人が言った。
「小伯爵様は先ほど、モントロー騎士団から先触れがあったことをお耳にしたようです。そうしましたら突然、お嬢様を連れて今すぐここを発ちたいと言い出されまして……」
ああ、そういうこと……。
「そうだ! 恐ろしい噂のある公爵家の騎士団が来るなんて、身の毛がよだつからだ! だから今すぐ彼女を連れて、ここを離れたいんだ!」
ロベルにしては珍しく殺気立った口調で言うと、いきなりこちらに向かってきて、寝ている私を無理やり抱き起こそうとした。
「小伯爵様、おやめください」
ラファエルが慌てて止めようとするも、その声はロベルの耳に入らないようだ。
ロベルの手に触れられて、鳥肌の立つ思いがする。さすがに寝たふりもできず、両腕に渾身の力を込めてロベルを突き飛ばした。
不意打ちされて勢いよく床に転がったロベルは、茫然とした様子で私を見る。
このままではいけない。最終手段だ。
「ラファエル様、少しの間、小伯爵様と二人でお話しさせていただけませんか」
ラファエルには、部屋から出てもらわないと。
「大丈夫ですか? 本当に?」
「はい」
「では、扉の外でお待ちしますから、何かあればお呼びくださいね」
なおも心配そうな目を向けながら、ラファエルは使用人を伴って部屋を出て行った。
二人きりになった部屋で、ロベルが私に笑顔を向けた。




