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優しいあなたに、さようなら ~二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした  作者: ゆきのひ
2章 公爵領編

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愚か者は繰り返す

「はあ? ロベル様、今、なんて言いました? どうしてですか? 私と約束していたでしょ?」


 レイラは手にしていたティーカップを力任せに床に叩きつけると、ロベルに詰め寄った。

 幸い、カップは空だったので、床で砕け散りはしたが、応接室の高価な敷物を汚すことはなかった。


「いや……そうなんだけど……。友達との付き合いも大切だろう? 次期後継者として、他家の令息たちとの親交は欠かせないから……」

「友達より、婚約者の私を大事にするのが当然でしょっ!」


 ロベルと今日も街に行くことを約束していたレイラは、ショワジー家の執事に応接室に通されはしたものの、かなりの時間を待たされていたのだ。

 つがれたお茶はとっくに飲み干し、それでも現れないロベルに腹を立てていたところ、ようやくやって来た彼は「今日は別の約束がある」と平然として言い放った。


(ふざけてる! 私を差し置いてなんて!)


 見た目も、小伯爵という身分も、男爵令嬢であるレイラにとって申し分のない相手である、ロベル・ショワジー。

 邪魔だった婚約者からまんまと奪うことができ、遂に伯爵夫人の座を手に入れられる! とほくそ笑んだレイラだったが、あれから思い通りに行かないことばかりで腹立たしい。


 大人しくて目立たない、間抜けな女だと思っていたサルグミン嬢。いいのは家柄だけ。だから、そんな女の婚約者に、見目麗しいロベルはもったいない、とレイラは思っていたのだ。


 令息たちは所詮、令嬢たちの見た目にしか興味がない。レイラの知る令息たちはみんなそうだ。

 だから、きっと奪うのは簡単だろうと思って近づいてみたら案の定、ロベルも地味女より、可愛いレイラを選んだ。レイラが誘えば、ロベルは断らない。それが時に、婚約者がいる身ならば絶対に断るべき頼みだとしても。


 どんな難しそうな頼みでも、少し甘えた声でねだれば、「仕方ないね」の一言で、いつでも言うとおりにしてくれたのがロベルだ。なのに――。


 しかし、うまく婚約が破棄されたと聞いた後、最後にあの地味女を辱めて笑ってやろうと思ったお茶会では、逆にレイラのほうがやり込められてしまった。


 ロベルの横にレイラがいるのを見ても、いつもだんまりを決め込んでいた弱そうな女。

 なのにあの日は人が変わったように、きっぱりと反撃してきた。これが高位貴族である、伯爵令嬢の矜持だと言わんばかりに。レイラは見下されたのだ。


(でも、ロベルが選んだのは、あの女じゃない、私よっ! 私なんだからっ!)


 悔しくて、助けてもらおうとロベルに泣きついてみても、レイラにすっかり落ちていると思っていたはずの彼は、ぼんやりと立ち去るサルグミン嬢の背中を見つめるばかりで、何も言ってはくれなかった。

 他の客たちもサルグミン嬢の後を追うように帰ってしまうし、しかも後で、父であるクレモ男爵からもきつく叱られた。


『私に無断で、屋敷に客を招くなと言ってあっただろう! 勝手なことをするんじゃないっ!』


 どうもその日、何者かが屋敷に忍び込んだ形跡があったとかで、お父様はものすごく怒っているのと同時に、焦っていた。

 何かはわからないが、クレモ男爵家にとって大事なものがなくなってしまったらしい。

 でも、そんなこと、レイラには関係ないのに。八つ当たりもいいところだ。


 男爵はその後もしばらく、ひどく機嫌が悪かった。しかし、レイラが小伯爵のロベルの婚約者に選ばれたと知ると、途端に機嫌が直ったようだ。


『よくやった、レイラ。早く正式に、ショワジー家の次期伯爵夫人として迎えられるよう、小伯爵をせっつくんだ』


 その言葉を守るべく、レイラはショワジー家を頻繁に訪ね、ショワジー家の一員であるかのように振る舞った。

 たかが男爵令嬢と侮られてはいけない。今のうちから、使用人たちをしっかり躾けておかないと。


 だから少しでもレイラを馬鹿にするように振る舞う使用人を見かけたら、叱責しなければいけない。立場をわからせるために。


 でも、そうするレイラを、ロベルの妹であるカメリアは冷ややかな目で眺めている。時には使用人の前でも構わず、あからさまに非難する。

 でもそれは、カメリアはずいぶんとサルグミン嬢に懐いていたと聞いたから、単にレイラが気に入らないと言うだけの話だ。

 現に、ロベルは何も言わないし、ショワジー伯爵夫妻も横目に見ながら通り過ぎるだけだ。それはレイラのしていることが間違ってはいないからだろう。


 今日だって、伯爵家の後継者の婚約者にふさわしい装いをするため、ドレスやアクセサリーを買いに行こうとしていたのに。


 クレモ男爵家には、そういった高価なものを豊富にそろえるだけの余裕はなかった。

 もっとも、お父様が最近始めた事業が前よりは少しうまく行っているらしくて、近々大きなお金が入るとお父様が嬉しそうに言ってはいたけれど、ケチなお父様が簡単に高価な買い物を許してくれるはずがない。きっと、「婚約したんだから、ショワジー伯爵家に買ってもらえ」って言うだろう。


 だから、ロベルに用意してもらわないと。

 だって、これからは小伯爵の婚約者として、社交の場に出るんだから。


 何度か一緒に店に行って驚いたが、ロベルはさすが伯爵家の令息だ。どんな高価なものでも、渋ることなく支払ってくれる。レイラのような男爵家とは、たとえまだ令息という地位にすぎなくても、使うことを許されている金額の規模がはるかに違う。

 それに、これから行く店には、男爵令嬢の自分だけでは入ることができない。小伯爵であるロベルが隣にいないと駄目なのだ。


(なのに、私との約束を破るなんて!)


 レイラは、ロベルの手を引いた。


「今日は、私との約束があるんですから、お友達にはお断りしてくださいね」


 いつものように甘えた声を出して、ロベルの瞳を見つめた。


「うーん……いや、でも……」


 それでもロベルは、返事をはぐらかす。レイラが焦れて眉根を寄せた時、執事の声がした。


「ロベル様。ケラー侯爵家のジョエル様がお見えですが……」

「ロベル、迎えに来たぞ。……あれ? レイラ嬢?」


 執事の案内を待たずに、ジョエルは応接室に踏み込んできた。ジョエルは、顔をしかめるレイラを一瞥しただけで、ロベルの肩に手を置いて扉のほうへ向かせると、その背を押した。


「さあ、行くぞ! 皆を待たせるなよ」

「ちょっと、待ってください! ロベル様は私との約束があるんですからね!」


 ロベルは何も答えることなく、ジョエルに押されるがままエントランスへと向かう。それを追いかけ、大きな声で責め立てるレイラに、ジョエルは薄く笑いながら言った。


「男には、男の付き合いってもんがあるんだよ。わからない?」


 続けてジョエルが、「まったく……頭の軽さは見た目通りだな」と小さくつぶやいたのを、レイラは聞き逃さなかった。

 ロベルにも聞こえていたに違いない。

 なのに、ジョエルを咎めることも、レイラに謝罪することもなく、エントランスを出て行く。

 あまりの悔しさに、レイラの怒りは頂点に達した。


(私を馬鹿にするなんて!)


 レイラは、目についた花瓶の花を掴み取ると、出て行った二人の背中に向かって投げつける。

 その様子を伯爵夫妻が覗き見て、眉をしかめ、ため息をついていたとも知らずに。


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