あなたにとっての私
数日後、カメリアから、会いたいという手紙を貰った私は、家に招待した。
テラスで二人でお茶をすることにしたのだ。
「実は、お兄様のことで、心配なことがあるんです……」
やってきたカメリアは、開口一番、私に言った。
カメリアの話によると、ロベルはこのところ、毎日夜遅くに帰ってくる。伯爵や夫人には、商団の仕事のことで、つい熱が入って遅くまで話し込んでしまうのだと説明しているらしいが、カメリアはそれを疑っていた。
「だって、お兄様は毎日、お酒と煙草の臭いをぷんぷんさせて、酔って帰って来るんですよ……。煙草は仕方ないにしても、お酒をあんなに飲んでいたら、仕事の話どころじゃないと思うんです……。ディア義姉様は、どう思います?」
「確かにそうだけど……。ロベル様にそれを聞いたことはあるの?」
「はい。パラディアっていう遊技場によく行っていると言ってました。他の家門の令息たちも大勢通っているって。だからそこで、商団に役に立つ情報を仕入れたり、今後、取引をしてくれそうな有力家門の令息たちと親しくなるよう努力しているんだって。でも、あんなに毎日のように夜遅くまで外にいたら、体を壊してしまいます……お義姉様からも一言言ってもらえませんか」
可愛がっている妹の話も聞かないくらいだから、私の言うことなんて、聞かないだろうな……。
でも、ロベルの性格を考えると、少し心配なこともある。
(私の思い過ごしだといいけど……)
翌日、私はギルドにランセットを訪ねた。
ランセットのギルドは、表向きは魔物討伐を専門に掲げているが、裏ではもう一つの専門として、情報を扱うことで知られている。
ランセットに「ロベル・ショワジーのパラディアでの行動を報告してほしい」と頼むと、ランセットが苦い顔をした。ここで私の素性を唯一知るランセットは、私の依頼の意図を即座に汲み取ったのだろう。
「ロッテ、あの小伯爵のことなら、調べるまでもないよ。パラディアは情報の坩堝だ。ああいう場所には、特に依頼がなくても常時、人を送り込んであるさ。奴らがそこで見聞きしたことは毎日、報告が上がってくることになってる」
それでランセットが教えてくれたことは、残念ながら私の予想を裏切らないものだった。
「やっぱり、ロベル様はいいように扱われてたんですね……」
「そういうことになるな。婚約者ってことだから、これは俺もさすがにロッテに伝えようかと思ってたところだった」
ロベルはショワジー伯爵から、商団の運営のため多額の資金を預けられた。それを知った悪友たちが、とうてい実現しそうにない取引を次々と持ち掛け、そのための将来への投資だと言って、毎晩豪遊した金をロベルに支払わせているという。
さらには取り巻きの一人から紹介された商人に、請われるがまま金を貸した。その商人は、ロベルから金を受け取ると、それきり姿をくらませてしまったという。
人がいいと評判のロベルには、頼まれると断れない、という悪い癖がある。それを利用されているのだ。
「俺の見立てだと、近々、ロッテのところに金を借りに行くと思うな。どうも親から預かった金は、ほぼ使い切っちゃったようだからな」
ランセットの言葉は正しかった。
それから大して日も空けず、ロベルが突然、私に会いに来たのだ。
◆◆◆
「ごきげんよう、ロベル様」
エントランスでカーテシーして出迎えると、ロベルは笑みを浮かべた。
でも、その笑顔がどことなくぎごちない。顔色も優れないように見える。
「あ、これ、ディアに」
ロベルから差し出された花束を見て、私は反射的に一歩、後ずさる。
「うちの庭に、綺麗に咲いていたから、ディアに贈りたくなってね。庭師に花束にしてもらったんだ」
ロベルは得意げにこちらを見たが、私は内心、冷や汗をかいた。
私の誕生日でも、何かの祝い事でもないのに、ロベルが私に贈り物をしてくれること自体が珍しい。確かに、もっと昔にはそういうこともあった覚えがあるが、ここ数年は婚約者としての体面を最低限守らなくてはいけない時以外には、贈り物なんて何もなかった。
しかも、この花束のオレンジ色の花は――オランジマリー。
(ロベルは結局、私のことを何も知らないんだ……)
オランジマリーは、確かに可愛らしい花だ。その明るいオレンジ色が好まれて、庭園に植えられていることはよくあるし、恋人への贈り物としてもふさわしいだろう。
でも、私はこの花の花粉に触れると、じんましんが出る性質だ。
だから、親しい人は皆それを知り、この花を私に贈ることはない。ロベルにも以前話したことがあるから、当然知っているはずだと思っていたのに。
「ありがとうございます……」
あえて素敵な花とは口にしない。まあ、花に罪はないんだけれど。
とりあえず、何の用もないのに訪ねてくるようなロベルではない。ここ数年の経験が、私に警鐘を鳴らしている。
ロベルを応接室に案内すると、二人で向かい合って座った。
やはり不吉な予感は当たる。
「ディア……実はお願いがあってね。君にしか頼めないんだ……」
商団を運営する資金が少し足りなくなった、だから貸してほしい。私から、お父様に頼んでくれないか――そうロベルは言った。
「それは難しいかと思います……うちにはまだ、領地での凶作の際の借金が残っていますので」
借金は、私の魔物討伐の報酬で、もう大方返済できてはいるけれど、それでもまだ少し残っている。他家に貸すほどの余裕はないし、たとえあったとしても、先日のショワジー家でのパーティーでのロベルとレイラの一件は、お父様の耳にも入っていた。お父様は、ロベルに不信感を抱いている。だから絶対に無理だ。
ロベルはたちまち表情を暗くした。
「そう……」
「ロベル様、ショワジー伯爵様から、運営資金として十分なほどいただいているのではなかったのですか? 実は先日、カメリア様から、ロベル様が毎晩遅くまで出かけていて心配だというお話をうかがいました。もしかして、そのことと関係があるのですか?」
「うん……まあね」
歯切れの悪い物言いながら、ロベルがぽつぽつ話し出したことをまとめれば、要はパラディアでの仲間内の飲み食いなどの支払いを、ほとんどすべてロベルがしていた。
毎日のように友人たちから、彼らの知人で、将来、ロベルの有力な取引相手となってくれるはずだという人物を次々紹介される。しかし、それらすべての人との飲食代を連日、ロベルが負担させられていたのだ。
「ロベル様……。その方々は、本当にご友人なのですか? ロベル様のことを本当に思ってくださっているのですか?」
疑問を呈した私に、ロベルは不機嫌を顕わにした。
「当たり前だろ。僕をこの先支えてくれる、大事な人たちなんだ。無下にはできない。僕が払えないと言えば、彼らとの関係が悪くなる。一度離れた関係を取り戻すのは、難しいだろ?」
「ですが、肝心のお取引の話は、何かまとまったのですか? まとまったのであれば、その入金を待てばいいのではないですか?」
「いや……それはまだだ。でも、もう少しでまとまりそうな話がいくつもある。それをまとめるためにも、あと少し、彼らとの関係を深めないといけないんだ」
「でも……」
さらに問おうとした私に、ロベルは大きくため息をついた。
「ディアにはがっかりだよ。君ならわかってくれると思ったのに。先々のことを考えれば、大した額でもないのに、それを断るなんて。君は少し金にうるさくないか? 君は僕より金が大事なんだな……。僕は、金より人との関係のほうが大事だ。……もう帰るよ」
そう言って部屋を出ていったロベルを、私は追わなかった。
ロベルがいなくなると、猫になったルオンが現れる。
「あいつ、どの口が言ってんだ、ってこと、散々ほざいてたな」
「ルオンもそう思う? ほんと、そうだよね……」
ロベルの言葉の端々に宿る、矛盾。人との関係が大事というなら、私との関係は?
心の中で、何かがぷつんと切れていく。




