第9話∶悩み多き第二王子は自由になりたい
※大賞エントリーに伴い、8話〜10話の内容を再構成・追加しています。
やわらかな午後の日差しの中、俺は城内の結界のほころびを確認しながら、離宮へ向かっていた。
ルーヘルムの宮廷結界は厳重な造りだが、年月を重ねるうちに、ごく僅かな歪みが出る。
兄上──王太子が気づく前に補強しておけば、面倒も起きずに済むだろう。
(……やはり、少し緩んでいるな)
手をかざすと、空中に魔法陣がいくつも浮かび上がった。
俺は魔力を流し込みながら、慎重に再編していく。
(本来なら宮廷魔導師の仕事だが……それを王族の第二王子がやっていると知られれば、またややこしいことになる)
目立てば、兄上の立場が危うくなる。
だからこそ、俺は常に影に徹してきた。それが俺の生き方だ。
「おまえ、すごいな」
突然かけられた少年の声は、驚くほど穏やかだった。
思わず肩をすくめ、勢いよく振り向いてしまう。
そこに立っていたのは、黒髪に茶色の瞳を持つ少年だった。
腰に剣。軽装だが、立ち姿に無駄がない。動きにも隙がない。
(見ない顔だな。だが、剣の心得はある……)
何よりも引っかかったのは、抑え込まれてはいるものの、底知れぬ魔力量だった。
(……この魔力、尋常じゃない。帝国の刺客か?)
「おまえ、宮廷魔導師なのか?」
少年は、ごく自然に尋ねてきた。
その瞬間──
──ヒュウッ!
翼音とともに、上空から何かが降りてきた。
白銀の光が舞い、少年の肩にちょこんと乗る。
「……は?」
俺は思わず言葉を失った。
小さな龍。
まぎれもなく、伝説の存在だ。
「え……龍、だと……?」
その龍はじっと俺を見て、「きゅ?」と小さく鳴いた。
小さな身体に詰まった圧倒的な存在感。疑いようもない。
(黒髪の少年、異常な魔力量、そして……龍?)
この魔力……帝国の上位魔導師すら、足元にも及ばないかもしれない。
(一体、何者なんだ……?)
疑念と同時に、胸の奥から興奮が湧き上がる。
龍だ。目の前に、本物の──伝説の存在がいる。
「本当に……いるのか、龍が……」
子供のころ、何度も夢に見た伝説。
それが今、現実になって目の前に──
“王と契約した龍王レギオンが、エルヴァントを見守っている”──
そう語られた神話を、俺はただの作り話だと思っていた。
けれど今、確かに“龍”が、目の前にいる。
「おまえ、それ……龍なのか?」
恐る恐る訊ねると、少年はあっさりとうなずいた。
「ああ、そうだよ。ちっさいけどな」
──ボフッ!
突如、龍が小さな火球を吐いた。
少年はすぐにのけぞって避ける。
「危ねぇってば!」
「おお……これは、凄いな……!」
俺は純粋に感嘆していた。
まるで魔法の絵本の中から抜け出してきたような光景だ。
無邪気な笑みを浮かべる少年に、思わず気が緩みそうになる。
だが、すぐに意識を引き締め直す。
(……いや、やはりこいつの魔力量は規格外だ)
少年の名は、キース。
宮廷魔導師ゼファルドの弟子だと名乗った。
(ゼファルドの弟子……?)
あの偏屈な天才魔導師が、弟子を取るとは思えない。
だが、もし本当なら──それなりの実力を持っているということだ。
「……おまえ、剣も使うのか?」
探るように訊ねると、キースは気楽そうに肩をすくめた。
「まぁな。けど、ゼファルドにはまだまだだってさ」
(ゼファルドの弟子……そう聞けば、この魔力量も納得がいく。だが……)
どこか違和感があった。
ゼファルドの弟子にしては、こいつは“普通”すぎる。
(……試してみるか)
俺は剣にそっと手をかけた。
「キース。手合わせでもしてみるか?」
「へえ、王宮の魔導師ってのは剣も使うんだな」
キースが面白そうに俺を見る。
「まあ、護身のために剣術も学ぶさ」
「俺もちょうどいい相手が欲しかったところだ」
キースは楽しげに笑い、剣を抜いた。
「おまえ、どこで剣を習った?」
構えを見た瞬間、胸に妙な違和感が走る。
──古い。
現代の剣術とはまるで異なる構え。
まるで、戦場に生きた古の戦士のような……そんな型だ。
(……この構え、見たことがある……)
思考の奥を探り、ある名に行き当たった。
(エルヴァント建国王、シグル──!)
“傭兵王”と呼ばれた建国の祖の剣術。
貴族の洗練された流派とは異なる、荒々しく、実戦的な剣。
その構えに、目の前の少年は酷似していた。
「ゼファルドに教わっただけだよ」
キースは何気なく言う。
だが俺の中の違和感は、むしろ強まった。
(ゼファルドの剣じゃない……やはりこいつ、ただの弟子じゃない)
「では、いくぞ」
キースが一歩踏み込んだ、その瞬間──
──ガキィン!
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
(……ッ!?)
たった一撃で分かった。
こいつは“生まれた時から剣を握ってきた者”の剣だ。
王族や騎士のような、格式ある剣ではない。
戦場で、生き延びるために磨かれた剣技。
キースの剣は、まるで舞うように流れる。
無駄がなく、研ぎ澄まされた動き。
(まるで……戦乱の時代を生き抜いた、伝説の剣士みたいじゃないか)
「おいおい、宮廷魔導師のわりにはやるな」
キースが笑う。
俺も、思わず口元が緩んだ。
「お前こそ、まるで“剣士”のようだな」
軽く剣を交えながら、互いの力量を探る。
(……やはり、こいつ)
確信する。
この少年は“ただの魔導師の弟子”じゃない。
(本当に、ゼファルドの弟子なのか?)
目の前の少年は、まるで歴史の中から抜け出してきたような……
そんな、不思議な存在だった。
やがて、互いに剣を収めたとき。
胸に妙な感覚が残った。
(……こいつと、また手合わせしたい)
そう思わせるほど、俺はこの少年に惹かれていた。
(こいつとなら──俺は、“変われる”かもしれない)
そしてこの出会いが、
俺の運命を大きく変えていくことになるとは、
この時の俺にはまだ、知る由もなかった──
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