第10話∶亡国の王子、誓う
※大賞エントリーに伴い、8話〜10話の内容を再構成・追加しています。
重厚な扉が静かに閉じられ、厳かな空気が広間を満たしていた。
玉座に座するのは、剣を振るわずとも国を治め、長き平和を守り続けるルーヘルム王である。
その前にひざまずくのはゼファルド。ルーヘルムの宮廷魔導師でありながら、未だに多くの謎に包まれた男だ。
広間には王族たちが居並び、第二王子レオン――俺もその一人として立っていた。
ただの報告のはずなのに、妙な緊張感がある。
(ゼファルド……何を企んでいる?)
数年前、突如としてルーヘルムに現れ、瞬く間に宮廷魔導師の地位を得た男。その過去を知る者はいない。
それでも圧倒的な実力ゆえに王家から離宮を与えられ、自由を許されている。
(そして──あの少年)
剣の腕、底知れぬ魔力。ゼファルドの弟子、キース。
あれは……ただ者じゃない。昨日の手合わせで確信した。あいつの剣の腕、魔力量、そして龍。
ゼファルドの弟子という肩書きだけでは説明できないほどに異質だ。
「ゼファルドよ」
「はっ」
王の低く響く声が広間に満ちる。ゼファルドは静かに頭を垂れた。
「先日の帝国の刺客が宮廷内に入り込んだ件について、聞きたい」
「なんなりと」
ゼファルドは淡々と答える。だが、次の瞬間──王の問いかけに、広間の空気が張り詰めた。
「お前の元に──亡国エルヴァントの王子はおるのか?」
俺は思わず、ゼファルドに視線を向ける。
(エルヴァントの王子……? まさか)
エルヴァント王国が帝国によって滅ぼされたことは記憶にあたらしい。しかし、王族は皆殺しになったと聞いていた。
ゼファルドはゆっくりと顔を上げ、堂々と告げる。
「はい。確かに、エルヴァントの王子はここにおります」
扉の奥から足音が響く。
一人の少年が歩み出た。
(……やっぱり、お前か)
黒髪に茶色の瞳。キースだった。
だが、その雰囲気は、昨日までのものとはどこか違っていた。肩には、白銀の小さな龍がちょこんと乗っている。その姿が異様なまでに堂々としていて、広間の空気を支配しているようにすら感じた。
ゼファルドが手を翳すと、少年の髪が銀へと変わり、瞳が深い青に染まる。
その瞬間、"疑念"は"確信"に塗り替えられた。
(……本当に、エルヴァントの王子だったのか)
レオンは言葉を失う。
エルヴァント王族特有の銀の髪、深い青の瞳。そして、まとう魔力の密度が、さっきまでとはまるで違う。
「エルヴァントの、至宝……」
誰かが呟く。
魔力が広間に満ち、王族たちが言葉を失う中、王は冷静に問いかけた。
「亡国の王子よ──そなたは、何を望む?」
王の視線は鋭い。もし、この少年がルーヘルムにとって脅威となるならば、帝国に引き渡す選択も視野に入れているはずだ。
だが、キースは動じない。静かに片膝をつき、頭を垂れた。その動きには、確かな気品がある。
「私は……」
静かな声が広間に響く。
「我がエルヴァントを滅ぼした帝国を、この世界から消したいと考えています」
その言葉に、広間の空気が凍りつく。
(帝国を消す……本気でそんなことを言ってるのか?)
怒りだけでそんなことを口にしたのではない。キースの瞳に宿るものは、復讐の激情ではなく、確かな意志だった。
王はじっと彼を見つめ、低く問いかける。
「帝国を……消すか。その言葉が軽いものではないと証明できるか?」
キースは迷わず頷いた。
「そのために、私は力を集めます。帝国は強大ですが、私は独りではありません」
その言葉に、俺はハッとした。
(独りではない……?)
視線を動かすと、キースの肩にいるのは白銀の龍。まるで主を守るかのように、じっと王を見つめている。
「……レギオン」
遥か古よりエルヴァントの王を護る伝説の龍王。胸に熱く湧き上がるものを感じ、レオンは思わず拳を握りしめる。
「帝国を倒したあと、そなたはどうする?」
王がさらに問いかける。
普通なら「復讐を遂げたらそれで終わり」って答えそうだが、キースは違った。
「私は、新たな王国を築きます」
「ほう……面白いことを言う」
きゅるる、と誇らしげにレギオンが鳴く。
広間にいた誰もが息を飲む中、キースは静かに続けた。
「エルヴァントは滅びました。しかし、我々の誇りも、意志も、まだここにある。
帝国の支配に苦しむ者、行き場を失った者、そして、未来を掴みたい者たちのために……私は、新たな国を作る」
その言葉に、俺の背筋がゾクリとした。
「新たな王国を築く」
それは、亡国の王子の戯言か。それとも──新たな歴史の幕開けか。
まだ、この時の俺には分からなかった。
「……ゼファルドよ」
ルーヘルムの王が静かに問いかける。
「はっ」
「お前は、この少年の実力をどう見る?」
ゼファルドは、不敵に笑った。
「王よ、あなたが思うとおりかと」
「ほう?」
ゼファルドは、堂々と告げる。
「目の前にいるのは──」
「王の器を持つ者です」
その瞬間、広間の空気が変わった。
レオンは息を呑む。
(ゼファルドが王の器と認めた……)
ならば、こいつは──本気で、帝国を滅ぼすつもりなのか。
しんと静まり返る広間。誰もがキースの言葉を待っていた。
やがて──
「なるほどな」
王が、低く笑う。
「そなたの意志は理解した。だが──それだけでは、王の器とは言えぬ」
「……?」
キースが眉をひそめる。
次の瞬間、王が手を挙げると、広間に魔法陣が浮かび上がった。
「ルーヘルムは、この国の未来を脅かす者を迎え入れるほど甘くはない」
「そなたが“王の器”にふさわしいか──資質を見極めさせてもらう」
その言葉に、キースは微かに口角を上げた。
「……望むところです」
静かな声が、広間に響いた。
そして、空気が張り詰める。
"試練"──それがどんなものなのか、俺たちはまだ知らなかった。
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