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第36話∶穏やかな日々

城が燃えていた。


帝国軍の侵攻は予想以上に早かった。燃え盛る玉座の間で、抜き身の剣を手に、俺は微かに口角を上げる。


目の前では、玉座にしがみつく兄王が怯えきった顔で俺を見上げていた。


「ルーベンス……! 帝国はなぜ、我が国を……!?」


(お前が愚かな王だったからだよ)


その言葉を飲み込み、冷ややかに言い放つ。


「王たるもの、敵の刃にかかるくらいなら、いっそ自害でもしたらどうだ?」


兄の顔が青ざめる。


「なっ……ルーベンス……助けてくれ……弟だろう……!」


「弟? 俺はただの“王弟”だった。お前の影に押し込められ、都合よく利用されるだけのな」


「ま、待ってくれ……っ!」


必死にすがりつく兄を冷たく見下ろし、静かに突き放す。


「せめて、最後ぐらい“王らしく”死ね」


---


「……ッ!!」


息を詰め、目を開けた瞬間、琥珀色の瞳と視線がぶつかった。


「大丈夫か? 随分うなされていたぞ」


額に押し当てられた冷たい布の感触に、思わず息をつく。アズィールが心配そうに俺を覗き込んでいた。


「……ずっと俺の側に?」


呪いの影響で体調が不安定とはいえ、こんなふうに誰かを近くに置くのは久しぶりだった。


「あんなにうなされてたら、放っておけないだろ」


頬を膨らませるアズィール。その仕草が妙に人間臭くて、つい唇の端が持ち上がる。


すると、アズィールはじっと俺を見つめた。


「お前、もっとそうやって笑ったらいいのに」


「……なんだと?」


怪訝に顔をしかめると、アズィールは頬杖をつき、まっすぐに俺を覗き込んだ。


「なんだろうな? でも私は、お前のそういう顔がもっと見たいなと思ってさ」


心まで見透かすような琥珀色の瞳。思わず目を逸らす。


とっくの昔に忘れた、あたたかい気持ち。

こんなもの、今さら抱く資格なんてないはずなのに——。



---


朝の光が森に差し込む。


昨日よりも体は軽い。


呪いの影響はまだ抜けきらないが、動ける程度には回復したようだ。


俺は簡素な寝台から身を起こし、庵の奥で何かを焼いているアズィールの背を見つめる。


……煙が上がっている。


嫌な予感がした。


「おい」


「ん?」


アズィールは振り向かずに、ヘラで何かを転がしている。


近づいて覗き込むと——黒焦げの肉。


「……お前、料理できないのか?」


「は?」


アズィールは不機嫌そうに俺を見上げる。


「食えればいいだろ?」


その瞬間、鉄板の上でジュッと肉が炭化していく音がした。


「……これを食えと?」


俺は呆れながら、フォークで焦げた表面を軽く押す。すると、パリパリと音を立てながら崩れ、黒い破片が鉄板の上に散った。


「……お前、本当にこれを食うつもりだったのか?」


「なら自分で作れよ」


アズィールは腕を組み、頬を膨らませてそっぽを向く。


(……まるで人間のようだな)


「わかった……俺がやる」


なぜか不器用に肉を焼き始めた。


アズィールは無言でそれを眺めている。


「何だ」


「いや、意外だなって」


「何が」


「お前、王弟として育ったくせに、こういうことはちゃんとできるんだなって」


「……俺は昔からよく命を狙われてな。毒殺を避けるために料理もするようになった」


淡々と答えながら、肉の表面に軽く塩を振る。


その一言で、アズィールの表情が一瞬変わる。


「毒殺って……なんだよ、それ!」


眉をひそめるアズィール。


「お前、もっと怒れよ!」


その言葉が、ふと脳裏に蘇る。


──『お前、もっと怒れよ!』


(……セシル)


かつて、何度も同じ言葉を聞いた。


「怒りなんて、とうに捨てた。怒っても、奪われたものは戻らないからな。」


淡々と答え、焼き加減を確かめる。


だが、向かいのアズィールは俺の言葉に少し悲しそうな顔をする。


「そんな顔するな。もう気にすることじゃない」


かつてのセシルとは違う。 だが、それでも——。


表情豊かに、まっすぐに、理不尽なことに怒り、悲しむ。


その表情が、眩しく感じた。


肉の焼ける音が、静かな庵に響く。

香ばしい匂いが立ち上り、空腹を刺激する。


「食え」


皿を置くと、アズィールは無造作に肉をかじり始めた。


俺も一口、ゆっくりと噛み締める。


不思議なことに、いつもの宮廷料理よりもずっと美味しく感じた。


「……何だ」


思わず声が漏れる。


「ん?」


アズィールが、こちらを見上げる。


「いや、なんでもない」


今までの食事は、ただ生きるためのものだった。

だが、目の前で肉を頬張るアズィールを見て、初めて"食事"をしていると感じた。


(……なんだ、これは)

ふっと、頬が緩むのを感じる。

それが何かを悟られまいと、俺はそっと視線を逸らした。


――――――



「グレイスが……死んだ」


レギオンが、キースの腕の中で震えた。


「グレイス?」


キースが眉をひそめる。


聞いたことのない名前。

だが──胸の奥が、急激に締めつけられた。


「……知ってる?」


レギオンが、金の瞳でじっと見上げる。


「いや……でも……」


何かが脳裏をよぎる。

"青い鱗"、"静かな瞳"、"燃え盛る炎"。

知らないはずの記憶が、頭の奥に流れ込んでくる。


(……なんだ、これは)


「お前の中に"ある"んだよ」


レギオンの声が、ひどく不安定だった。


「俺の……中?」


「……グレイスは、俺の"記憶"の一部」


レギオンの羽が震える。


「お前は……"俺の契約者"だから」


だから、俺の持つ記憶の一部が"伝わる"。

グレイスの死は、レギオンの血を継ぐ者にも影響を及ぼす。


「……そうか、俺は"感じた"んだな」


キースは静かに息を吐いた。


「……アズィールも」


「……!」


口にした瞬間、今度は"黄金の髪"と"琥珀の瞳"が脳裏をよぎった。


(……誰だ)


知らないはずの少女。

だが、"知っている"気がする。


「アズィール……」


レギオンはキースの胸の中で小さく鳴いた。


「……もう、時間がない」



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