外伝 魔王イリヤ 第2話
「ヘレミアス、ヘレミアス!ちょっと来てくれる!?」
僕はこの城の執事である魔人族のヘレミアスを呼んだ。
「はあ、魔王様、どうかなさいましたかな?」
僕の前に現れたヘレミアスはのんびりとした声で言った。気の抜けた声に僕は内心ガクっとしてしまう。
ヘレミアスは最近年を取ったからか大きな声で呼ばないと来てくれない。ヘレミアスが父上に仕えていた時は、人族との戦争で多くの武功を立てた優秀な将だったらしいが、戦争が終わり、僕の執事となってからは、かつての栄光は嘘だったと思うぐらい、仕事にやる気がない。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど、まずは今月の鉱石の生産高について。前月よりかなり下振れしているみたい。これじゃあ、とてもじゃないけど今年の目標値は達成できないよ!」
僕はイラつきながらヘレミアスに言うが、ヘレミアスは「何だそんな事か」とでも言いたげな顔をした。
「昨年の鉱山の落盤事故によって技術を持った多くのドワーフ族が死にました。ドワーフ族も現在、後継者を育てているとのことですが、それでも人手不足はすぐには解消できないとのことです。さらには生き残ったドワーフたちの中には鉱山での仕事を辞め、西側に移住している者も多いと聞きますのう。」
「それは分かっているけど、このままじゃ西側への鉱石の輸出量が減ってしまい、作物を輸入できなくなってしまうよ。それについて何か対策は?」
「・・・成るように成るとしか言えませんな。どうしようもない問題じゃ。」
「・・・」
どこまでも他人事なヘレミアスに対し、怒りを通り越して何だかこっちまでやる気が無くなってきてしまった。老い先短いヘレミアスは自分の存命中だけ何とかなれば良いのかもしれないが、僕を含め、魔王領の若者たちは何十年、種族によっては何百年もこの地で生きていかなければならないのだ。成るように成るではダメだ。
しかし、僕はそんなヘレミアスを咎めることもできない。ヘレミアスの言う通りで、打つ手なしの状態だ。昔から作物の取れにくい土地ではあったが、鉱石や魔獣革など人族が簡単に手に入れられないモノを輸出していたおかげで、何とか食べ物を手に入れていくことができたのだ。しかし、今は貴重な魔獣革は少なくなってきており、鉱石も取れない。働き手も減少しているため八方塞がりである。
「まあ、鉱石の取引量は今後さらに減ってくかもしれませんな。」
「ん?どういうこと?」
「何でも最近トランテ王国にて人工的にエネルギーを持った鉱石、通称「魔法石」なるものが発明されたようでしてなあ。これが量産化されれば、いずれ鉱石など必要無くなると聞いておりますぞ。」
「・・・ははは。」
ヘレミアスからの報告に僕は乾いた笑いしか出てこなかった。鉱石は武器や日用品の原料となるものの他に魔力を持ったものもある。そのような鉱石は魔法具などを造る際に必須のものであり、魔力が少ない人族にとっては重宝されるため、取引価格も高額であった。それが将来的に価値がなくなるというのだ。魔王領はより窮地に追い込まれるだろう。
「はあ、なんでこんな時代に魔王になってしまったのだろうか。」
「まあまあ、あまりご悲観なさいますな。昨年のように四天王たちに援助してもらえばよいではないですか。」
「あのさ・・・あんなことが毎年できるわけないだろう。」
僕はヘレミアスの能天気な言い方に呆れながら言った。昨年、どうしても魔王領の食糧不足を解消することができず、最終的に西側に拠点を持つ四天王たちに援助をお願いしに行ったのだが、正直あんなことは二度とやりたくない。
「魔王様、四天王は魔王様の配下なのですぞ。こちらが何も言わなくても全てを差し出すのが当たり前。お父上様がご存命の時は支配関係をはっきりさせていたものです。」
「何百年前の話をしているんだよ・・・」
確かに父上が若かりし頃は戦争中ということもあり、四天王たちが進んで食糧や人材を差し出していたと聞く。しかし、それは人族との戦いの中、戦局を一変できるほどの父上の圧倒的な力があったからだ。実際、戦争が停戦した後は誰も父上の元に援助ところか来訪すらしなかった。
「まあ四天王たちの援助のおかげでこの先数年ぐらいなら節約していけば、何とか持ちこたえられましょうぞ。しかし、その先はまたお願いしに行かなければなりませんな。」
「はあ・・・確かにそれ以外方法はないけど。」
四天王といっても様々だ。西側のトランテ王国の一画に領土を持つ水王オルズベック、聖地バリナを支配する土王アレクサンドラ、商業都市エゼムと魔人都市アンドラグに経済的基盤を持つ風王サキバルト、後は火王リーノといったか、僕が魔王になった時と同じ頃に火王を継いだ獣人リーノ、彼に関してはどこで何をしているのかも分からない。
ともかく、火王を除いて全員西側で富を築いた大富豪なのだ。それなら少しはこっちを援助してくれというヘレミアスの言い分も分からないでもない。
「援助してもらう話はともかく、それだと長期的な魔王領の問題解決にならない。そこで一つあることを考えたんだけど、それが呼び出した二つ目の用事。」
「考えとは何ですかな?」
「僕はね、魔王領の最大の問題は人手不足だと考えている。現に西側に移住する人が後を絶たないしね。だけど思ったんだ。発想を変えてさ、ここに住む人を減らさないようにするんじゃなくて、外からたくさん人を呼び込んでいけばいいんじゃないかな?」
「ん?外とは?」
「もちろん、西側の人族の事だよ!」
僕が自信満々に言うと、ヘレミアスは難色を示した。
「うーむ、あまり賛成できませんな。人族をこの地に呼び込むなど、ご先祖様たちに申し訳が立ちません。それに人族がこの地に来たいとは思えませんぞ。」
「そりゃあ、簡単には行かないだろうけどさ、きっと人族の中にだってその地に居場所がないような者もいるだろう?そういう人たちにここに移住してもらってさ、人族の技術を教えてもらおうと思うんだよ。」
「ふむ、人族の技術とは?」
「ずっと気になってたんだけどさ、ここ最近の寒冷化、それは西側だって同じなんじゃないかな?ここよりいくらか温暖であるっていったって少なからず影響は受けているはずだろ?だけど西側で食糧不足なんて話は聞いたことがない。恐らくこちらが知らない肥料とか耕作技術があるはずさ。それを教えてもらうためにも人族を積極的に呼び込みたいんだよ。」
「うーむ、そんな有用な情報を知っている人族がわざわざこの地に来ますかな?」
「一筋縄ではいかないだろうけどさ、地道にやっていくしかないよ。それにさっき話題に出た人族が作った魔法石の話だって、こっちにいるドワーフと協力すれば量産化が進んで一大産業にできるかもしれないよ?」
「まあ実現すれば大層なことではありますが、人族を魔王領に移住させるなど西側の大国が了承するとは思えませんな。」
「それはさあ、その・・・、頭を下げ続けてなんとか納得してもらおうかなと。」
ヘレミアスは僕のこの案の一番ついてほしくない所を突いてきた。魔王領に人族を連れていくなど西側の国々が簡単に納得するはずが無い。それをどう乗り越えるかは、まだ思案中である。
「はあ・・・全く魔王様ともあろう方が。いいですかな、魔王である者が簡単に頭を下げるなど仰ってはなりませんぞ!あなたは魔人族や獣人族、その他多くの亜人族の王なのですから!」
ヘレミアスの言い方に僕は少しカチンときた。そもそも僕は魔王だの亜人族などという呼び方が好きではない。どれも人族によって付けられた蔑称ではないか。そんな蔑称も何百年と使われればいつの間にか定着してしまうものなのだ。
「まあいいや。ヘレミアスが何と言おうがこの案は絶対に成し遂げて見せるからね!・・・っと、最後に一つ聞きたいことがあったんだ。」
「ふむ、まだ何かあるのですかな?」
このことは僕自身よく分からないことなので、ヘレミアスに話すかどうか悩んだことだ。しかし何だかとても重要なことのような気がして仕方ないので、ダメ元で心当たりがあるかヘレミアスに聞いてみることにした。
「昨日の晩、夢の中で"啓示"ってものを受けたんだけど、何だかただの夢とは思えないくらい不気味でさあ。なにか心当たりない?」
どうせまた「魔王たるものが、そんなつまんらないこと気にするな」といったような小言を言ってくるのだろうと思いながらヘレミアスの顔を見ると、先ほどまでの気の抜けた顔から一変、精力を取り戻したかのような凛々しい顔つきとなり、しまいには涙まで流し始めた。
「・・・なんと、なんと素晴らしいこと!先代魔王様ですら生涯啓示を受けることはなかったというのに。」
ヘレミアスは次第に号泣し始めた。思いもよらないヘレミアスの反応に僕は混乱してしまった。
「えっ?この啓示ってそんなすごいことなの?」
「なんでも、啓示を受けた魔王は歴代でも祖王と呼ばれる初代魔王様だけらしいですぞ。そのため啓示を受けるということはとても名誉なことと聞いております。」
ヘレミアスは感動に浸っているが僕はどうもピンとこない。
「えっと、祖王以来ってことは数千年ぶりの啓示ってこと?そもそも誰がこの啓示を出しているの?」
「それは私にもよく分かりませんな。啓示の話もおじい様がよく話していたのを覚えていたくらいなもので・・・」
なんだか急にうさん臭い話になってきた。父上から魔王を引き継ぐときも啓示の話なんて無かったし、祖王が本当に受けたかどうかも怪しい話だ。
「まあいいや、ともかくその啓示の内容なんだけどさ。「イセカイジンを殺せ」っていう物騒なものなんだよ。なによりまず、このイセカイジンっていうのが分からない。少数種族か何かかな?」
「・・・イセカイジン?はてどこかで聞いたことがあるような・・・」
ヘレミアスは頭を抱えながら考え始め、数秒の後突然ハッとした表情を浮かべた。
「思い出しましたぞ。これも確かおじい様がお話しくださったことじゃ。その話によれば、世界はここだけではなく、さまざまな世界があるらしく、その世界を異世界と呼び、そこに住む者たちをイセカイジンと呼ぶとのことだったと思いますな。」
「よく分からないけど、海を超えた先にまた人が住んでいるとかそういう話?」
「全く違いますな。人の力では超えられない壁のようなものがあり、そこを超えた先にまた別の世界があるらしく、そこが異世界と呼ばれるところらしいですぞ。」
ヘレミアスが何度か説明してくれるが、何だかよく分からない。まあ、簡単に言えば、遠い国からこの地にやってきた人間がそのイセカイジンということなのだろう。
「まあ、わかった。そのイセカイジンというのがなんでもカーレイド王国にやってきたらしくてね。世界の秩序を崩壊させる存在らしいから殺してほしいとのことなんだ。何だか薄気味悪いだろう?」
「うむ、話は分かりましたぞ。しかしそれが啓示ということであれば成し遂げなければなりますまい。」
「成し遂げられないと何かマズいの?」
「それ以上はこの私にも・・・ただ啓示を無視すると、とんでもないことになると聞いております。」
ヘレミアスがバツの悪そうな顔をして言った。どうやら詳しいことはヘレミアスにも分からないようだ。数百年と生きてきて、なおかつ博識なヘレミアスでも知らないこととなると、啓示についてこれ以上の事はもう分からないだろう。
「だいたい、これだけの情報じゃそのイセカイジンとやらがどこにいるのかも分からないし、これじゃ何もしようがない。」
これではお手上げである。
「それに僕はこれから人族と上手く渡り合って何とか魔王領を立て直していかなければならないんだ。そんな時に人族の領土で殺し合いなんてできないよ。」
「・・・水王オルズベック殿にお願いしてみては?」
「オルズベックに?」
ヘレミアスが突然オルズベックの名前を出してきた意図がよく分からなかった。
「オルズベック殿の領土はトランテ王国の一画にあります。カーレイド王国は隣国ですし、商売の関係でカーレイドを訪れる機会も多いでしょう。」
「確かにオルズベックが地理的に一番適任だとは思うけど、水王が武力で活躍していたのなんてもう大分昔の話でしょ?今は漁業を中心とした商いしかやっていないっていうし、そんな人がイセカイジンの殺害なんて引き受けてくれるかな?」
「・・・あくまで今はイセカイジンのことを調査するだけでいいのではないでしょうか。その調査結果でイセカイジンが危険人物だということであれば、その時に新たに手を考えましょう。調査ぐらいであればオルズベック殿も快く引き受けてくれるはずです。」
「まあ、それならば・・・ただ問題の先送りなような気もするけど。」
何だか納得できないが、現状それが一番良い手である気がしたので、ヘレミアスの案に賛成することにした。
「ならば、早速オルズベック殿に使いを送ることにしますぞ。では失礼!」
ヘレミアスはすぐに部屋を飛び出して行ってしまった。いつものやる気のない姿が嘘のようだ。それほど僕が啓示を受けたことが嬉しかったのだろうか。
「・・・はあ。」
僕は一人ため息をつく。なぜ夢の話などしてしまったのだろうか。たかが夢と思って無視しても良かったのに何だかそれは許されないような気がした。理屈ではない。啓示を無視してはいけないと心の奥底から警告されているようであった。
「・・・よし!」
僕は気持ちを切り替え、机にたまった書類に目を通し始める。しばらくは啓示の事は忘れよう。僕にはやることがある。人族との本当の意味での争いを終結させ、お互いに手を取り合い、魔王領の人々が安心して暮らせる国をつくっていかなければならないのだ。
「うわあ、道路と橋の修繕も進めていかないとなあ。物流が滞ってしまうよ。」
僕は陳情書に目を通しながら新たな悩みを増やしていった。次第に啓示のことなどすっかり忘れてしまっていた。




