プロローグ
プロローグ・エピローグ含めて六話で終わります。
目の前には、わたくしの婚約者・バート様。
そしてその隣には男爵家の令嬢・サニー様。
「何故、わたくしの婚約者で有るはずのバート様の隣に、学園のご学友と仰られていたサニー様が寄り添うように我がレンブラント家にいらっしゃるのでしょうか?」
わたくしは心底不思議に思い首を傾げて尋ねました。バート様は苦しい、とでも言うような表情を浮かべてわたくしを見、サニー様は目を潤ませて更にバート様に寄り添っています。……あら、淑女教育では婚約者でも無い殿方にそのように寄り添うのは、はしたないのでは無かったかしら。
「ルナ。済まない。君との婚約を解消したい、と思う」
黒に見間違うような濃い茶色の髪の旋毛が見えますわ。つまりバート様は頭を下げておられます。下げる直前に見た榛色の目は苦悶を表していました。
「それは、何故でしょう?」
「それは……」
「あのっ! ルナちゃん、ごめんなさいっ。私がね? 私がバート様を好きになっちゃったの! だからバート様を責めないで!」
バート様に婚約解消の理由を尋ね、バート様が答えようとなさった矢先に、バート様の発言を搔き消すようにサニー様がそのように口出しをされました。
「サニー。君が悪いわけじゃない。悪いのは私だ。ルナ、サニーを責めないでくれ! 責めるなら私を!」
何の演劇を見せられているのでしょうね。
婚約解消を了承していないわたくしの前で、二人寄り添い合いながら互いを庇い合う。まるで愛し合う二人を演出しているようですわね。……わたくし、演者になどなる気は有りませんのですが。
溜め息を吐きましたら、サニー様が怯えたように肩を震わせられました。その肩を撫でて宥めるバート様。貴方、お立場をご理解されていらっしゃいますの?
「お二人とも、少し離れて下さいませな。未だ、婚約を解消する事に同意していない以上、わたくしが正式な婚約者でしてよ? それなのにその距離感はお二人が不貞をしている、と知らしめているようなものですが」
何しろ、此処は我がレンブラント家の敷地内ですの。当然、わたくしの周囲には我が家の使用人も居りますし、抑々本日は、わたくしとバート様との定期交流会では有りませんの。その事をバート様はご理解していらっしゃるのかしら。
バート様とサニー様は、ハッとして慌てて離れました。
今更気付きましたの? 遅過ぎましてよ? というか、わたくしの指摘が入るまで気付かないという事は、普段からそのような距離感でお二人は過ごされている証になりますわ。何処で誰が見ているか解らないのに、普段からそのような距離感では不貞をしています、と周囲に知らしめて回っているようなものですわね。
「不貞だなんて……いくらルナちゃんでも失礼だわ! 私とバート様は愛し合っているの! 不貞なんかじゃないわ!」
サニー様は、太陽のように赤い髪を振り乱して夕日のようなオレンジの目を更に潤ませて憤ってます、と全身で表しているようです。ですが、婚約者が居る身で別の女性と愛し合うのは、間違いなく不貞でしてよ?
「婚約者とは、結婚を約束した者、を、意味します。ですが、ただお互いの言葉だけで約束した相手では有りません。サニー様はご存知のはずでは?」
わたくしは更に大きく溜め息を吐いて基本的な事を発言します。
「もちろん知っているわ! 婚約者と言うのは、我が国では互いの家同士と本人同士で同じ契約書を交わし、更に婚約証明書にお互い名前を書く。三通の契約書と婚約証明書は、二通はお互いの家で保管。もう一通は王城に届ける物。王城に届け出た契約書と婚約証明書は、審査を受けて受理されれば結婚するまで王城の戸籍部署で保管されるもの。結婚する時に再び契約書と婚約証明書が出されて婚約証明書から結婚証明書へ変更される。その審査が通って受理されて初めて結婚した事になる。けれど、婚約証明書と契約書を届け出た時点で余程の事が有って婚約が白紙や解消にならない限り、婚約者は結婚したと同然と見做す。……きちんと知っておりますわよ!」
当然でしょう? と、ドヤ顔で仰いましたけれど。
そうです。つまり、わたくしとバート様は結婚したと同然の関係ですわ。
我が国は国王陛下を筆頭とした王家も貴族も平民も、皆が一夫一妻です。
また、男児女児関わらず、第一子が跡取りで。子の出来ない夫婦は五年を過ぎると、子が出来ないまま夫婦で有る事を望むか、親戚筋から養子を貰うか、離縁して互いに別の相手と結婚をし直すか、選べます。
つまり、婚約白紙か解消は、余程の事が無いと成立しないわけです。
ご自分でお気付きになられないのかしら。
「そこまでお解りならば、現状、バート様の婚約者はわたくしですわ。そして余程の事が無いと成立しない婚約白紙若しくは解消。それにも関わらず、我が家に婚約者以外の女性を連れて来たバート様。どこからどう見ても不貞ですが?」
「違うわっ! ルナちゃんの意地悪っ! 私達は相思相愛なのっ! あなたが邪魔者なのよっ!」
「バート様も同じ考えで?」
サニー様との会話は通じませんので、わたくしはバート様を見ます。バート様は「あ、いや、そのっ」 と焦っていますが、婚約者同士の交流会に、それも婚約者の家に、バート様の身内の女性以外を同伴している時点で不貞行為です。貴族には貴族の、平民には平民の、婚約方法が有りますが、近年、貴族と平民の婚約も成立するようになった事から、婚約証明書及び契約書は、かなり細かく規定された文書となりました。それを王城へ提出している関係。
それが、わたくしとバート様が世間にも堂々と言える婚約者の関係です。
そのわたくしとの交流会に別の女性を連れて来る時点で、不貞ではないのでしょうかね。
それにしても、婚約解消を求められても、嫌ですわ。手続きが面倒くさいですし、婚約を破棄でも解消でも白紙でもするのには条件が有りますのに。その条件に当て嵌まっていないのでしょうから、出来るわけないじゃないですか。条件に当て嵌まらないのに婚約解消とか、言い出さないで欲しいですわぁ。
わたくしのお父様を説得するのは面倒くさいし、手続きも面倒くさいので。
お読み頂きまして、ありがとうございました。