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いち。

 そもそも。わたくしが平民ながら、貴族であられるバート様と婚約するに至りましたのは、バート様のお父様からの申し入れからなのです。此方から申し出た婚約では無くて、彼方から。バート様の家は子爵位を持っていらして、子爵領が有ります。但し、猫の額程の狭い領地。それ故に、子爵領からの税収では、王家に税金を納めてしまうとバート様達ご一家が暮らしていけないのです。昔は、もう少し領地も広くて王都の物価もあまり高くなかった上に、バート様のお祖父様がご当主であられた頃は、借金も無かったので質素ながら暮らせたそうです。

 ですが、バート様のお父様が当主の座に就きまして、領地経営に梃入れをされれば良かったのですが、何を考えられたのか、全くの素人なのに投資に手を出したそうで。投資というのは、先見の明が無ければ手を出して良い代物ではありませんのに、知人の伯爵様から声を掛けられて投資に手を出し、利益が出ればまだ良かったのですが、全く利益が出ないにも関わらず、手を引く時期……所謂潮時を読めずに投資に失敗して穴を開けられたのです。


 その開けた穴を、領地を担保にして補填するお金を借りる相手として選ばれたのが我が家。


 元々、お父様とバート様のお父様が知人だったから領地を担保にしてお金を貸す事を、わたくしのお父様が請け負われました。バート様のお父様は父から借りたお金で投資の穴埋めを行い補填は完了しましたが、我が家に借金は残ります。本来ならば、その領地を我が家に明け渡すことで借金は無しになるのですが、バート様のお父様がわたくしを嫁入りさせることによって、その借金を有耶無耶にしよう、と考えられたわけです。つまり、婚約して結婚することでなし崩しですね。


 わたくしのお父様は根っからの商売人。

 この婚約が成立し、結婚まで済ませれば、子爵とはいえ貴族の妻という立場を得たわたくしを介して、そこを足掛かりに貴族相手に商売が出来ると算段を付けました。

 もちろん、信用第一の貴族相手ですもの。

 相手の方々がわたくしや父を信用するとは限りませんが、父はそれこそ、相手側が何を欲しているのか、きちんと読み取れる商い上手。

 お相手と関わることが出来さえすれば、必ずや信用を勝ち取るでしょうし、まぁ言うなれば痒いところに手が届くが如く、欲しい物を提供するでしょう。

 そこまで考えたお父様は、バート様のお父様からの婚約に了承して、契約書と婚約証明書を両家で作成しました。それだけではなくて。その書類に署名する際は、当然ながら、わたくしとバート様もその場におりましたけれども、更には立会人まで付けました。


 この立会人。

 結婚式や婚姻証明書に署名するには必要で、大概は神殿で結婚するために神官様が立会人になりますけれども、婚約の時には立会人は居ても居なくても良いのです。

 ですから、通常は立会人を定めずに婚約しますが、わたくしのお父様が態々立会人を求めましたの。それも、神官様だけでなく、お父様の知人の方として、バート様のお父様より爵位が上の伯爵様を、です。


 何故か。

 それは、この婚約が重要だということを第三者にも知って頂くからです。


 王城に契約書と婚約証明書を提出して、王城の戸籍部署の文官さんに受け付けて頂き、その書類を保管して頂くだけでは、心許ない、と大袈裟にお父様はバート様のお父様を説得して神官様と伯爵様を立会人にしたのです。尚、この伯爵様は正確に言えば前がつく、既に引退されているお方では有りますが、バート様のお父様よりは立場が上なのは確かですね。

 伯爵様と神官様が立会人として婚約証明書に署名もされていますのよ。契約書の方はさすがに、バート様のお父様とバート様、わたくしのお父様とわたくしの署名のみですが、契約書に署名している所も伯爵様と神官様が立ち会われています。ジッと見られながらの署名は正直、手が震えるかと思いましたわ。

 そんな状況での婚約を交わしたと言うのに、何故、簡単に婚約解消が出来ると思ったのかしら、バート様。

 立会人の署名付きの婚約証明書と契約書は、もちろん既に王城の戸籍部署に提出し、文官様が不備が無いのかを確認しています。ついでに、婚約に立会人が居ることに珍しがっていた、とお父様が仰っておりました。そうでしょうね。最近では、婚約で立会人が居るというのは、高位貴族や王族の婚約くらいだという話ですものね。その書類に不備が無いことで受け付けてもらい、そこから戸籍部署の長の方が受理する旨を一言書いて署名され、その上で保管されるとか。かなり大切な書類にあたりますから、書類を厚紙で挟んで紐で纏めて厚紙には、婚約証明書と契約書と署名人の名前が記載されて棚に保管するそうです。そうして初めて、受理された、と認定されるわけで。つまりもう、その状態で王城にて保管されてます。

 おまけに、珍しく婚約の段階での立会人が二名も居ますから、その立会人の名前まで厚紙に記載されての保管で受理された、とお父様から伺っています。


 サニー様はそこまではご存知無いとは思いますが、バート様はあのような状況で婚約した事を覚えていらっしゃらないのかしら……。バート様とわたくしの婚約は、今から一年前。学園に入学する半年前の事でした。たった半年でバート様が不貞された、という事実も中々衝撃的ですが、たった一年前の婚約締結を覚えているのか不安を抱えてしまいます。


 頭の中はどうなっていらっしゃるのかしら。

 記憶力が弱いのでしょうか。

 それとも、あれだけ大層な婚約締結を大したことない、とご判断されている?

 もしそうでしたら……甚だ迷惑極まりないですわ。

 お父様は婚約を破棄も解消も白紙もしないつもりで、あれだけ大層な婚約締結をしたのですもの。

 わたくし、自分の父親ですけれど、あのお父様を説得する気は爪先程も有りませんし、あんな大層な婚約締結をしたにも関わらず、それを破棄でも解消でも白紙でも言い方は何でもいいですが、そんな状況へ持ち込む手続きが面倒くさいことこの上ないですから、嫌ですわ。やりたくないので、婚約解消なんてしたくないです。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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