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際限なき裁きの爪  作者: チビ大熊猫
新編 第4章.再起
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84.局面


 記憶を繋ぎ止めるように、先程まで見ていた床が、視界いっぱいに広がる。

 途切れた“時”と現在の“景色”を擦り合わせる。立ち位置はかなり前に進んでおり、奥の扉前まで来ていた。

 現状の自分の体の隅々に意識を向ける。(こうべ)を垂れ、猫背になっているらしい。だから視界は二度目の床を映したのだ。

 その認識を終え、“奥の手”が成功したことを確信すると、それと同時に体中に乳酸が溜まるのを感じた。未だかつてない疲労感と言えた。

「……っっ! ……はあっっ!!」

 肺がばくばくと音と立てている。心臓が耳元にあるように感じた。吹き出る汗は、纏う衣服に嫌悪感を齎した。

 息を整え、辺りを見回す。

 大量の気を失った人間が倒れている。自分のすぐ側には目的の男が居た。やはり安心して一息をつける状況と見て間違いない。

 疲れに身を任せ、尻餅をついた。

「っふう……」


 囚われ、気絶していた誠を救い出し、上を任せていた五人と合流した。

 全員体はくたくただったが辛勝したらしかった。

 亜莉紗の調達したプライベートジェットへ向かう道中、各大広間を通った。どちらも熾烈を極めたのは想像に難くなかった。少しだけ驚いたのは、“皆が生存していたことだった”。

 ジンゴメンの二人は理解出来る。パラサイトキラーも殺しはしない人間だと既に知っている。しかし、崩壊兄弟という常に呻き声を発している巨漢の二人に関しては、正直なところ若干の不安を抱えていたのだ。パラサイトキラーにそれとなく聞いてみたところ、亜莉紗から事前に殺しは絶対にしないよう依頼に組み込まれていたらしい。破れば契約破棄とし、支払いはしないとも。

 どこまでも頼りになる相棒だ、彈はそう思った。


 帰りはさほど広くは無い機内に“八人”で乗った。

 見知らぬ、というわけでは無いが、今の今まで敵対していた人間が同乗しているというのも、中々に奇妙なものだ。

 王前嵩久。アイギャレットの腹心であったこの男は、以前の主であるソードと合わせて二人を裏切った。

 以前亜莉紗から話を聞いた時、極めて高い合理主義者なのだと思った。“仲間意識”や“情”というものを優先して動く人間ではない。現金な性格で、金と自分の身の保全を第一とする。

 上手く生きてきたタイプの人間なのだろうが、実際、この空間で信用は得られていない。恐らく彼にとって、居心地の悪い空間の筈だった。

 そんな彈の考えとは裏腹に、王前の表情はリラックスそのものと言えた。結果として勝ち馬に乗ったことが、彼の心を満たしているのだろう。皆、疲れで体が溢れそうな中、わざわざ他人に意識を向けることはしないでいた。

「……王前、さん」

 沈黙を破ったのは彈だった。

「こうやって話すのは初めてだけど、この中で一番古い顔があなたってのもおかしな話ですよね」

 場の緊張を解く為だろうか。冗談を言う状況ではない。

 一番疲弊しているのは彈の筈。黙って聞いている五人はそう思った。

「僕がシングウジインダストリーに居た時か。確かに、ヒーローの活動当初を特等席で見させて頂いたのには感謝するよ」

 軽口で返す王前。意外にも、多少のユーモアは持ち合わせているようだ。

「あなたは俺と真宮寺との一戦をカメラに収めていた。それで、命からがら逃げた先でも金を得た筈だ。事前に計画していないと出来ない迅速な行動。今回の件といい、裏切りが十八番みたいですね」

 やけに切り込んだ言葉を投げかける彈。

 亜莉紗が頼んだなら間違いない。そう思いたいが、亜莉紗とて食えない性格をした女性だ。彼女を理解するには時間を要したのを覚えている。

 つまり、こんな大事な場面で状況を二つ返事で受け入れる程、彈は寛容でもなければ馬鹿でもなかった。震条彈自ら品定めする必要があった。

「……自分の人生だよ?」

 王前から発された言葉は自己正当化というよりは、忌憚なき私見だった。

「皆自分の人生すら思い通りにいかないこの世界で、他人のことを考える余裕があるのかい? 生涯かけても、夢一つ叶えられない人間が無数に存在するんだ。僕は、“僕の人生の面倒で精一杯さ”」

 頭をとんかちで殴られたような衝撃が走った。

 あまりに新鮮なものの見方だったからではない。その理屈が、“限りなく自分の意見に近しいものだったからだ”。作文を書けるような長いだけの考えではなく、一文で終えるような単純さが指針となっている。

 故に、すぐに反論は出なかった。

「自分が生き抜く為なら何だってする」

 偽りない言葉だからこそ、言い淀むことなく口から紡がれている。

 燦護は戦闘の影響のせいか、体の痛みや疲れからいつもの口数ではない。脅威は去った為、頭部のメットは鑑と共に脱いでいるが、そのせいで、呼吸をする度にしんどそうな表情が垣間見えた。

 鑑やパラサイトキラーは冷静で大人な性格らしく、王前の主張を否定することなく聞いている。流しっぱなしのラジオに返答をしないように。

 崩壊兄弟は機内に乗るや否や、子供のように眠りこけていたままだった。

 彈は自分と対峙し、勝てる見込みがあるのか、そんな考えをよぎらせつつも思いを音に乗せた。自分だってすぐに答えの出てはこなそうな質問で。

「そんな生き方……点々として、あなたはそれでいいんですか? 世渡りの上手さで受け入れられても、いざという時の“本当の仲間”は出来ない。信用も、思い出も、全て捨てて“今”を生きる……死ぬまで、細い綱の上で生きているようなものだ」

 危なっかしい子供を諭すような口ぶりだな、パラサイトキラーは感じた言葉を飲み込んだ。

「……“居場所を作るのは得意なんだ”」

 それが一時的なのか、恒久的なのか。一方的なのか、相互的なのか。

 彈は、自分が王前に対してどんな感情を抱いているのかすらもが分からなくなった頃、対象の定まらない言葉を霧散させた。

「それって……寂し過ぎませんか……?」


 警察には既に通報済みであった。

 プライベートジェットと入れ違うように、船は大量の警察で溢れかえった。

 煌びやかな数多の照明。一帯の海上は深夜ながら昼間のような明るさになっている。

 最重要危険人物であるアイギャレット・シェルシャルルを筆頭に、インプレグネブル・ゴッズ構成員の全てが身柄を拘束された。不法滞在が判明している為、刑事裁判で有罪判決の後、強制送還となるだろう。どれだけの罪に問われているか、想像するだけでも両手では収まらない。

 斉藤の指示・手回しにより、手足はもちろん、アイギャレットには厳重な口枷が着けられた。鼻からの呼吸のみ許される。

 重ねて、専用に作られた縦二メートル横一メートルの長方形をした完全遮音の箱の中に幽閉。

 身動き一つ取れないまま、彼は透明なアクリルガラスの中から睨み続けていた。視線の先は警察ではなく、漆黒の空に向いている。ガラスの向こうにいる警察の人間達には分からなかったが、後悔と憎悪の入り混じった複雑な眼差しをしていた。

 構成員達が次々と連行されている。

 明るく騒がしい闇の中で一際耳を劈くのは、怒り狂い暴れているカイアス・エヴォルソンだった。

 能力を使わせないよう彼の両手には特殊な拘束具が取り付けられていた。手を覆うようにして着けられたそれは、物を出現させるどころか、握ることも掴むことも許さぬ、五指の動きを完全に封じていた。

「てめェらっ! ぶっ殺してやる!! 許さねえぞっ!」

 母国語で放たれる罵詈雑言は、言葉こそ伝わらなくとも意味は伝わる。呆れ果てたような視線の数々が彼に注がれていた。

 彼のような強者がジンゴメン二人に敗北したのは構成員達から見ても意外と言えた。アイギャレットの能力下による冷静さの喪失・常に付き纏う動悸。加えて敵地ではなく、彼の客船内での戦闘。あらゆる要因がカイアスにとって不利に働いた結果だった。

「負けちゃったな〜。……言い訳出来ねえわ」

 機械人形のぜんまいが止まったように大人しくなっているソード。

 自慢の白いスーツを赤く染めることは叶わなかった。同業に近い裏の人間、パラサイトキラー。自分と同じ馬鹿げた名前だが、実力は本物だった。“二度”、刃を持たぬ者に敗北を喫した。それは何よりも彼の心に“効いた”。

 刀は、鞘に収まることを抗わなかった。


 このまま寝よう。そう思い、ベッドに倒れ込んだ。

 ほんの数時間前まで死の淵を彷徨っていた。空想と思い違いそうになる。

 うつ伏せのまま、意識を預けようとした。睡魔という言葉すら必要無い。ものの数秒で、瞼を閉じれば意識は遠のき、開ければ時間が過ぎていることだろう。

 だが、ふと思い直した。睡眠で疲れを取るよりも、今やりたいことがあった。

 体を休ませるのは後にし、彈は上着を羽織って家を出た。

 忙殺の苦しさを忘れてしまうほど、“彼女”に会いたかった。


「また……ボロボロじゃん……」

 安心と心配の同居した瞳を向けられている。

 申し訳ない気持ちになりつつも、こうして無事に彼女を視界に収められていることに喜びを覚える。

「今回もちょっと大変だったよ」

 まるで上司から多めのノルマを出されたかのような物言いだ。

「またニュースで知ることになるんでしょうねっ」

「あはは……」

 はぐらかす、というよりはあまりその話題に触れて欲しくないというような淡い返答。

「ラプトルとして活動してる時って、辛くないの……?」

 ふと、円環の視線が自分の目ではなく、顔や体に向いているのが分かる。

 彈は、寝る前の状態、半袖のまま来てしまっていた。体中の痛々しい“戦いの跡”が露わになっている。打撲や裂傷もそうだが、雷撃傷など周りにそう溢れているものでは無い。

 当面は長袖はもちろん、手袋やマスクで素肌をなるだけ隠す必要がある。彼女のこんな視線で改めて気づくなど、情けない。露出の多くなる夏だったというのに、帰国してからあまり気に掛けることをしていなかった。

「全然、へっちゃらだよ」

 怪我という表面的な意味合いだけではない。円環のそれは、伴う心傷を危惧しての質問だった。彈の返答は的外れと言うに近かった。

 彈は円環の部屋に居た。居心地はあまり良いとは言えない。醜い自分の姿を想起してしまうからだ。

「……正直、立ち直ったからといって、心身共に“強く”なったからといって、彈が傷つくのを楽観出来る理由にはならないよ?」

「……」

「こうしてまた会えたからいいものの、いつ、会えなくなってしまうか……考えたら夜も眠れない。この前みたいな寂しさはもう味わいたくない……!」

 以前に聞いた円環の過去。両親を無くし、心を塞ぎ込んだ。氷を溶かしたのは自分だと沙世は言っていた。香港に拉致されている間、そんな彼女を再び悲しませてしまった。

 今はただ一緒に居る。その時間を大切にする。そのことに努める。

「死ぬようなことにはならない。必ずだ。俺だってこうやってずっと君と居たいんだ」

「信じていいの?」

「……ああ」

 そう言って彈は唇を重ねた。


「そういえば、聞きたかったことがあったんだけど」

「?」

「今って、彈は働いてるの?」

「え」

 痛いところをつかれてしまった。

 帰国してから一ヶ月の療養期間では、やむを得ずレッドの資金を使うこととなった。亜莉紗にばかり迷惑をかけるわけにもいかなかったからだ。

 ラプトルの活動を再び始めてからは、貯金を切り崩しての生活になっており、日々の忙しさから、アルバイトを探すことすら出来ていない現状にあったのだ。

「あ〜えっと、その、消息を立ってた時期にバイトをクビになってさ……。今は少し忙しかったりで」

 歯切れの悪い彈を見てそれ以上の詮索を止める円環。

「まあ、なんでもいいけど。丁度おばあちゃんとも話してたんだけど……良かったら、“ウチで働かない”?」

「え?」

 円環から発された提案に、彈は思わず声を漏らしてしまった。

 小春家の窓から暖かい光が窺える。


 その様子を、フードを深く被った男が遠巻きから眺めていた。


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