83.布石
開いたパソコンの画面には、何処かの防犯カメラの映像が映し出されていた。
「いい? まずは、あなたの能力の詳細が知りたいの。質問に答えてもらうわよ」
「はあ? あのな……」
亜莉紗は悠乃の言葉を遮る。
「アイギャレット・シェルシャルルとあなたの力。似てはいるけど、上位互換下位互換って関係ではないわ。酷似した別物。つまり、あなたの力を詳しく調べれば、彼に勝つ切り札になる筈よ」
「……」
会った事もない見知らぬ男と比較されることは癪だったが、一先ずはその言い分に納得した悠乃。
「アイギャレットの力はとても強力で、一番の脅威は、頭では敵と分かっていても、彼に対する敵意は体には反映されないということ。どんなに嫌っていようが憎んでいようが、その大小に拘らず、彼に拳を向けることさえ出来ない」
改めて男の能力の異常さを伝えられる。しかしそれは何もその男に限った話ではない。
御門悠乃。目を使って人を傀儡にするその能力は、凶悪無比と言える。
亜莉紗はそれを再度確認した上で、目を輝かせて質問する。
「けれど……彼は恐怖を植え付けたり、恐怖心を煽るだけ。言わばそれは、“怖ーい上司”。その延長線上よ。対してあなたは、人を、心無い人形として操ることが出来る! 夢よねえ〜」
「楽しそうだな……」
本題から逸れそうな物言いに、呆れる斉藤。彈が後ろで口を開く。
「伊瀬智樹。“拡張者”美波野誠を襲わせた高校生が居ましたよね。化粧品の販促イベントと同時開催された、あなたのサイン会に来た子です。多分ですけど、“その時”にあなたは能力をかけた。後日、彼を含めた三人の高校生の帰り道、公園横の住宅地の通りで、伊瀬君は操られた状態に陥った。あの時、あなたは既にあの場にいたけど、伊瀬君と目を合わせてはいない。遠くの陰に隠れていた。つまり……時間差で人を操れるんじゃないですか?」
斉藤は腕を組んで話を聞いている。
「あら、あたしが言いたかったのに」
亜莉紗の軽口も、そのまま宙に舞う。悠乃は頭を軽く掻きながら言った。
「私はアイギャレット? って奴の劣化版なんかじゃない。あたしの人を操るという力は、唯一無二にして最強。あたしはあたしだけの兵隊をつくれる。“一度力を使えば、いつ操るかは時間を問わない”」
期待通りの答えが返ってきた。
彈と亜莉紗は顔を合わせる。光明の見えた瞬間だった。
「よしっ」
「さ。そうと分かれば、あたし達の案を聞く前に、超人としての条件を知りたいから、整理させてもらうわ」
亜莉紗は机に両肘をつき、前のめりになる。
「条件?」
「そ。条件」
この面会、及びアイギャレットとの決戦にあたって、彈と亜莉紗、斉藤と流は考えを共有した。
彈達が関わってきた超人達は脅威的な能力を持つが故に、その能力の及ぶ範囲等の把握が重要になってくる。
“拡張者”美波野誠の能力は、自らの触れたり干渉の出来る範囲を“実際の体より遥か遠くまで拡張出来る”。
制限は、見える範囲。視界の外や、あまりに遠すぎるものには干渉出来ない。
カイアス・エヴォルソンなら、能力は自らの手の中に、触れたことのある“物体”をある地点から“移動させ出現させる”こと。場所はどれだけ離れていようが可能。
制限は、生き物、そして自らの持てない重量の物は不可能ということ。
そして今回。
アイギャレット・シェルシャルルと御門悠乃の能力について。
声で人に恐怖を植える能力と、目で人を操る能力。
彈の話や体験を元に考察を行った。
ジンゴメン達が襲われたコインランドリーや病院での襲撃。近くの側近であったり、美波野誠に対しては能力をかけずにいたという。
つまり、“声”という、空気を介して不特定多数に伝播し得るものでも、“その作用する対象は選択できる”。
加えて、被害に遭った奏屋を始めとしたジンゴメン達によると、言葉がどれだけ曖昧な言い回しでも、“声”にその細かな命令や意図を含ませることが出来ていたと。普通ならば、彼の力を受ければ、彼の情報を提供するような行為は憚られるのだが、彼ら警察は苦しみながらも強靭な精神力をみせてくれた。
そこで三人が一際気になったのは、アイギャレットの力を初めて受けた際のことだ。声を能力とする彼は、“電話越しで”力を使った。この事象の持つ意味は大きい。
ならば御門悠乃は? これが糸口になった。
“似ているアイギャレットの能力に紐づけることが出来る”。
彼女の能力。その及ぶ範囲のこと。
「そこであたしは仮定したわ。あなたの能力の詳細。一つ、力の“発動”条件は、直接視線を合わせること。二つ、力の“作用”条件は、視界に入れること。三つ、一人への命令は一つ。そこまで複雑な命令は出来ない。けど、命令を実行している間は、それを遂行するか指示を上塗りするまで止まらない。それか、坊やのやり方みたいに気絶させるか。細かく操りたいなら個人に対して都度能力をかける必要がある。四つ、能力をかけた操り人形に自我や心は無い」
恐らく殆ど合っているのだろう。悠乃は目を丸くしていた。
自分が言わずともここまでの推理を見せたことにではない。それも一割程の理由にはあたるかもしれないが、大半は別にある。
その“材料”を集めるだけの、彼らが歩んできた怒涛の歴史に驚いたのだ。超人という希少価値の極めて高い存在に、何人にも会い、その人生を交錯させている。それは天文学的確率と言える。
そして、その数奇な運命の中心にいる人間が、震条彈という何の能力も持たないただの人間。
裏社会の人間でもなく、大富豪でもなく、警察でもなく、体を改造っているわけでもなく、超人でもない。元はただの一大学生だったという。思えば、自分が思いを寄せた人間も、何の能力も持たない人間だった。
亜莉紗は二本の指を立ててみせた。
「あたし達の案は、ズバリ二つ目の条件よ。以前、アイギャレット・シェルシャルルは電話越しに能力を使ってみせた。“声という条件はそれでも満たされたってことよ”。あなたの作用条件は、視界に入れること。アイギャレットの力を比較・参考にするならそれが、“映像でも構わないかもしれない”ってこと。それなら遠隔でサポート出来る。……伊瀬って高校生にしたように、予め能力をかけておいて、窮地に陥った時に作用、いや“作動”させる。あなたの能力下になれば、四つ目、自我や心の介在する余地の無い、獣を超えた機械のようになる。つまり、“恐怖”という動物的な感情を支配するアイギャレットの能力は、“通用しないってこと”」
四人が出した答えだった。
上手くいく保証は無い。最後まで協力してくれる保証も。
だが、賭けるしかなかった。
レッドスプレーに。御門悠気に。過去の全てを知り、現在の敵を知った、御門悠乃に。
「今からそれを試して欲しいの」
パソコンの画面の意味を理解した。
悠乃は深く溜め息を吐き、項垂れた。アテが外れたのか。数秒にも満たない間だったが、時間の流れは長くなるほどに四人に不安を募らせた。
悠乃が口を開いたのは、実に五秒ほど後のことだった。
「…………おら。“お望みの力だ”」
「え、それって」
答えを聞く間もなく、彈の視界は眩い紫色の光に包まれた。
直感は、脳よりも速く“反射”として体を動かした。
「っっ……!」
アイギャレットは半歩後方に跳び、彈との間に二人の部下が割って入る。当然の如く二人は瞬く間にやられてしまった。
だがその刹那が、アイギャレットの前に厚い肉の壁を作り上げる。
「どういう……」
先程まで言葉を交わし、剰え恐怖を植え付けていた人間が、牙を向いている。見たところ正気では無いようだ。
「や……『やれ!』」
部下の全てに始末の指示を出す。
「Hi〜♪ 聞こえるかしら」
「!!」
困惑の最中、船内放送用のスピーカーから女の声が聞こえる。
「あなたを守るような指示も出していたのね。ラプトルを倒すことだけだと思ってたわ」
それは、機械の乗っ取りを意味していた。想像するに、ラプトルの仲間だということが分かる。
「私を守る命令など、初めから手下全員にかけている……!」
“らしくない”、苛立ちのこもった声だ。透き通る汗が、額から一筋の道を作り上げている。女、辻本亜莉紗の、挑発を乗せた声がそうさせたのだろう。
アイギャレットはジャックされた船内放送を聞き、ふと、迷いなく進んできていた彈を思い浮かべる。
「……やはり船内の構造も知っていたのか。見取り図はデータ上には存在しない。書面が盗まれた? そんな筈は」
スピーカーの声の主、亜莉紗との問答がご所望のようだ。
船内の間取りが何故筒抜けになっているのか、疑問をぶつける。亜莉紗はしっかりと“アイギャレットの声に返事をした”。先程まで、能力を恐れて船内側の音声を切っていたのが嘘のようだ。
アイギャレットの問いに、結果として返ってきたのは信じ難い答えだった。
「あなたの組織には、“あたし達にお世話になった人間が居た”。それだけ」
「……は?」
理解には、僅かに時間を要した。
「恩は売っておくものよ。縁もね」
余裕で覆われた声色は、確信した優勢を物語る。
諜報員や内通者の存在を仄めかすような言い草だ。
「まさか!」
周囲を見渡すアイギャレット。新参でありながらも信頼を寄せる側近の姿が無い。
「嵩久……!!」
闇組織の元締めは、普段の用意周到さを失っていたのか。
仕事の出来る日本人だった。
立ち回りが良く、世渡りの上手い人間だと評していた。情報通で、日本のことを詳しく教えてくれた。
使えぬ部下に比べ、細かな気配りが出来、一を聞けば十が帰ってきた。十を命令すれば、百を持ってこようという気概の感じられる男だった。
コーヒーだって、随分と口に馴染んだ。あの香りは、風景と共に記憶に刻まれている。
連れてきた人間も、実力の高い男だった。特別に部隊を編成してやることも厭わなかった。
帰国してからだって、やってもらうことは山ほどあった。
それなのに———。
想いに耽る時間を切り裂いたのは、腹立たしい女の声だった。
「あなたの敗因は、“有用な人間には能力を使わなかったこと”。真意は測りかねるけど……お友達でも欲しかったの?」
出来るなら、粘り気のある音を発生させるその喉元を食いちぎってやりたかった。それほどまでに、冷静沈着だった男は沸騰していた。
傍若無人で、傲慢さを体現したような彼の目に、楽観の二文字は消え、焦慮が見え隠れしていた。
耳に入る音だけが要因ではない。目の前の光景も、容認出来ぬ、“非現実”と言える。
五感が警鐘を鳴らしていた。
意思疎通の叶わぬ姿へと変貌を遂とげた彈。まさに、“超人の恩恵”を受けし状態と言えた。
「うぅ……うがぁぁっっ!!」
一切の澱みなく、向かいくる敵を無差別に迎撃する。
戦闘において、体力の消耗は避けられない事柄。彈の戦法での運動量なら尚更のことだ。
人間には精神的な限界と肉体的な限界が存在する。自らの体の為、通常なら脳がセーブし、身体の自壊を防ぐよう、精神的な限界が先に来る。
しかし、今の彈にそのブレーキは無い。肉体の完全なる限界が来ない限り、ベストパフォーマンスの動きを維持し続ける。
群衆を次々と薙ぎ倒していく。
「な……」
再び船内放送用のスピーカーから声が聞こえた。“今度は違う女の声だった”。
「そうなった以上、身体能力は持てるポテンシャルを最大限に発揮し、感情や思考は消え、痛覚という“たが”も外れる……。そこに居るのは、文字通りのバーサーカーさ」
先程と違う女。
こんな場所に通信を送る人間。加えて、それが男ではなく女というだけでも珍しい。そして、恐らく超人の仕業であるこの状況を説明している。つまり、“能力の詳細を把握している”。
以前から集めていた情報のうち、日本の超人の存在を思い出す。
他にも化物のような存在は幾つか確認していたが、自らと同じ“超人”にカテゴライズされる者は、拡張者以外にもう一人居た。女優やモデルをやっている女だ。
悠乃は斉藤が用意したノートパソコンの画面を見ている。
亜莉紗はいつもの廃墟の中から彈をサポートしていたが、その最中、同時進行的に斉藤の元へとハッキングした船内カメラの映像を送っていた。画面に映る彈を見て、見事能力の作動を成功させたのだ。
「その盤面は仕向けた通り。空間内に“ラプトルの味方は一人も居ない”。あたしがした命令はシンプルだ。———“一人残らず意識を絶て”」
青ざめる顔に従うように、後退りをする脚は、後方の扉を目指した。
プライドが形を成したような人間であるアイギャレットが、無意識とはいえ、逃避を選択したのは生まれて初めてであった。
これ以上ない屈辱と言えるだろう。
しかし、その速度は緩やかで、自尊心と本能のせめぎ合いが体に出力されているようだった。
「く……っ」
ヒーローは悪者を待ってはくれない。
まさに暴走機関車。意思なき鉄の塊を止める手立ては無い。
一人、また一人と気絶させ、アイギャレットの元へ近づいてくる。
「『私を守れ! 起きろ! やつを……ラプトルを殺せ!! 殺すんだ!!』」
これまでで最大級の声量。
その恐怖の力はどんな生物でも逃れ得ない強力さを誇るだろう。しかし、構成員達は、気づけば全員が地面に伏していた。
意識のない者に、彼の言葉は届かない。
「『く、来るな!!』」
“意識のない者に、彼の言葉は届かない”。
眼前に“凡人”が迫り来たのは、ほんの一瞬のことだった。
「…………“犬”以外にも、この私に天敵が存在したとはな……」
彈の右拳は、男の顎を振り抜いた。




