80.海上決戦
「耳栓で乗り込む? ……阿呆の極致だなっ」
戝の侵入を聞いたアイギャレットが独りごちる。騒がしく部下達が船内を走り回っているのが聞こえる。
「嵩久。君も行っていい。彼らの手助けをしてくれ」
それはこのアイギャレットのいる部屋を一人にする。ということを意味していた。
「しかし……」
「行くんだ」
能力こそ使っていないものの、二度アイギャレットに同じ言葉を言わせることがどれだけのことか。王前は一礼をし、即座に退室する。
「“遠距離”は終わりかな。こうして君から会いにきてくれたのは嬉しいよ。来日の一因。いや、唆られた興味では一番と言えよう。ラプトル……実力の程を見せてくれ。“神に叛旗を翻す人の子よ”」
自らに訪れた久しい感覚に、アイギャレットは心を躍らせていた。
次々と湧き出る雑兵。
しかし、フル装備であり、体調を万全に整えた彈の前では誰一人として歯が立たなかった。
小回りの効く彈。圧倒的な人数差とはいえ、一対一の状況に持ち込むのは得意のものだ。船の柵や障害物の数は多い。敵の銃撃を躱し、翻弄するには事欠かなかった。甲板は随分と丈夫なもので、彈の跳躍を手助けした。
「ふっ!」
「ぐあっ!」「ぐえっ!?」「ぶっ!!」
殴り、蹴り、投げる。銃火器は可能なら分解し、難しければ海へと投げ無力化した。
「逃すな!」「この! ちょこまかと!!」
彈の“立体的な立ち回り”は、雑兵には捉えられない。格闘技術では、最早、生物の種としてのレベルが異なった。
「無限に出てくるな……!」
目的のアイギャレットの所在までは距離がある。彈はなんとか大勢の敵を相手しながら前へ進む。
御門悠乃の“青色の右”の力によって、アイギャレットを打倒することへの抵抗は無い。デメリットはゼロと言えた。体だって自由を奪われることなく、“最適”に調整した成果が出ている。
対アイギャレットの通信機は精神面でも大きく安心をさせてくれた。生じる音の殆どが聞こえないというのは不便極まりなく、通常の人間ならその違和感にかなりのやり辛さを感じるだろうが、彈はこの日の為、無音での戦闘訓練を相当量積んでいた。
環境音が無くとも、普段と変わりはない。それに、通信機からのサポートは手厚い。右耳からは亜莉紗の音声が聞こえ、左耳からは斉藤との通信が繋がっている。
「屋外での戦闘はそのくらいにしてっ、中に入って! キリがないわっ!」
「了解っ!」
「気張れよ、ラプトルっ!」
「はいっ!!」
仲間の声が彈の背中を後押しする。
「確か……この先がっ」
狭い空間でもその機動性は失われることはなく、横道から現れる構成員達の攻撃を避け、背中を蹴るなどして、障害を排除していく。
「そうっ、そっちよ!」
やがて見えて来た部屋の扉。思い切り蹴り破ると、ある広間に出た。客船内レストランのようだ。目的の場所はまだ深い下方にある。
インプレグネブル・ゴッズが警察を呼ぶわけもなく、時間制限があるわけではないが、こんなところで油を売っている時間は無かった。
目の前には久しい顔。彈としては、お目通りは遠慮願いたい人間であった。
「よォォ……テメェの面ァ見るだけでムカムカしてくるぜェ……なあ! ラプトル!!」
赤い髪という派手な出立ちの男は、両の手中にサブマシンガン『スコーピオン』を出現させる。
「カイアス……エヴォルソン……!」
怒りに震えるカイアスの瞳。
傲慢な彼の今の姿を見て、あの時と違う点に気づく。怒りっぽい性格の彼は同じに見えたが、僅かながら“発汗が多い”。
「死ね! アホ鳥!!」
躊躇なく二丁の銃を撃ち放つ。激しい音と共に周囲が削られていく。彈は避けながら、近くのテーブルを立て、軽い防壁にする。被弾をするわけにはいかない。実際、現在も無傷でいられている。
攻撃中のカイアスを観察する。
(手先も僅かだが、震えてる……?)
その様子を見て、考えられるのは一つ。カイアスもアイギャレットの能力下にあるということだ。
(そうか……)
ふと、以前斉藤から聞いた話を思い出す。逮捕されたインプレグネブル・ゴッズの刺客であるARMORYの三人。その取り調べで分かった、“彼ら五人は能力を受けていないということ”。
女曰く、「アイギャレットは有用な人間には能力を使わない」らしい。
カイアスは独断行動を咎められている節があった。帰国し、そのペナルティとして従わせられたというのが妥当だろう。
彼のことだ。能力を払拭する手立てが無く、抑えられない苛立ちがあるに違いない。それが彼自身の技量を少しばかり低下させている。
当たる心配は無いが、カイアスの奥の扉を進まねばならない以上、この位置関係では難しい。このまま徒に時間を浪費するのは避けたいところだ。
「お前が下っ端共にやられてたらどうしようかと思ったぜ!!」
彈は牽制の為、椅子を投げる。
「っ!? おらっ!」
二丁の機関銃の同時掃射は、高価な椅子を瞬く間に木片にした。
もし激情が加速し、爆発を伴うグレネードランチャーのようなものであったりを出されれば、こちらの肉体が木端になるのは必然。室内だからといって楽観は出来ない。
考えを巡らせる彈。すると、一つの通信が入る。
「坊や! “二人”っ、そっちに向かうわ!」
亜莉紗からだった。言葉の意味が分からない。
(二人? 何の……)
殺意。思わず彈は目を見開く。
通信に気をとられた瞬間。近くのテーブルの上に乗り、新たに出現させた狙撃銃を手にしている。そのライフルの威力は恐らく、相当のものだ。
(まずい……っ)
「死ね」
放たれた銃弾は一直線に彈に向かう。
“だからこそ予測は容易だった”。
ちゅんっ。耳をつく高い音が彈の無事を知らせる。
「……チッ。弾道をずらしたのか。その風体、忘れねえぞォ……!」
黒衣の警察が彈の前方に二人佇む。
弾道を逸らす。簡単に言うが、並大抵のことではない。高威力、高貫通力のライフルなら尚更だ。
「ラプトル。こういうの、二度目ですね」
助っ人など、聞いていない。亜莉紗のサプライズであることは明白。
彼の声が、“通信機から声が聞こえてきたからだ”。スーツの外部の音声遮断を使っているのだろう。発される声は同じ回線を使っている。
「どうやって……!? 船は一つだけだった筈だ。それに、俺のせいで海面の警戒もされてるっ」
亜莉紗が笑いながら言う。
「何の為のジャミングやクラッキングよっ! プライベートジェットを使ったの」
「!」
一頻り驚いた後、ため息混じりに笑う彈。
「驚くのは後にしてよね。ほら、来るわよ」
常良燦護、鑑灰寝。戦闘能力には申し分無い人選だった。
力いっばいの踏み込みで距離を詰め、カイアスへ蹴りをお見舞いする。後方に跳び、ライフルを犠牲にすることでエスケープするカイアス。
「はっ! いいねえ、一気にリベンジの対象が増えるのは、願ったりだ!」
軽口で挑発をしているのだろうか。こちら三人には聞こえていないというのに。
カイアスはさらに新たに銃を出現させていく。攻撃面でも防御面でも優れたスーツを来たジンゴメンが来たのは心強い。そう思い、次の手を模索していると、その答えが出るより先に、鑑の声が届いた。
「先、行きなさい」
「え?」
鑑は首を鳴らし、腕ごと掌を前方に、伸びをする。
「ここは任せなさいって言ってんの。あんたと私は割と久しぶりだし立場上仲良くするもんでもないけど、今回のインプレグネブル・ゴッズ逮捕の手柄は私達のモンだから。協力を怪しまないでよね」
(なるほど、亜莉紗の交渉の賜物か。いや、警察ならば斉藤さんかも)
彈はどちらにせよ、利害の一致であることに感謝した。
「俺と鑑さんなら大丈夫ですっ。それに……俺だってあいつには因縁ありますし」
前回、手榴弾にて重傷を負った燦護を思い出す。そして斉藤の声。
「信頼していいぞ。お前は先へ進め」
「……わかりました」
彈は扉への最短ルートを導き出す。即断即行。飛び出した彈。
「!」
同時に、カイアスへ幾つもの椅子が飛んでくる。迎撃をすると、その中を潜るような燦護と鑑二人の猛攻が追撃をかける。彈は先へ進むことに成功した。
「チィっっ! クソが……!!」
カイアスの沸点はとうに超えていた。
「さて。やるわよ、燦護」
「っス!」
アイギャレットは部屋にある船内モニターから彈達の様子を窺っていた。その表情には翳りが見える。
「移動に迷いが無い。まるで、船内の構造を知っているようだ」
暫し頭を動かす。
「嵩久。船内の見取り図はデータ化していない。そうだね?」
「ええ」
王前も同様に首を傾げている。
「ハッキング等に心配は無い筈だが……どう思う?」
「さあ……」
走る速度を全く緩める様子の無い彈をモニター越しに見つめるアイギャレット。
「……」
階段を降り、目的地へ足を速める。廊下に顔を出す構成員を薙ぎ倒しながら。後一つ、大きな部屋があったと記憶している。
すぐにそれは現れた。先程と違い、あまりに色濃い殺しの匂い。扉一枚を隔てた向こう側から、はち切れんばかりの殺気を感じる。
息を整え、彈はゆっくりとドアノブを捻った。
「! ……はあ。マジか」
彈にとって、あまりに衝撃的な男の姿。その真白いスーツを忘れた事はない。
「あら。早かったね。待ち侘びてたからよかったよ。……ラプトル」
腰を下ろしているソードを中心に、取り囲むように二十人程の部下がこちらを睨みつけている。
「発言、訳そうか?」
亜莉紗が気を遣うように言う。
「いや、いい」
皆、時代にそぐわない日本刀を手にしている。もちろん、抜刀済み。
ソードが持っているのに関しては、鍔や柄を拵えていない白鞘に入った状態のものだった。
震条彈。もといラプトルが、初めて相対した強者であり悪人。
真宮寺雅隆と手を組んでいた人間であり、生粋の快楽殺人者。
あれから彈は、素手での戦闘で負ける事は全く無いと言っていいほど成長した。だが、それがもし、“相手も同じ場合”。この人数差では不利という他ない。
カイアスのように周囲を巻き込み銃を広範囲に撃ち放つタイプなら、対処のしようがある。しかし、個人の強さで、身一つでどうにかしてきたタイプ。故に、強い。
「……脱走の話は前に聞いた。その後の……多分お前がやった殺傷事件も耳にした。面倒だと思ったけど、今ここで“やれる”のは、好都合だと思うことにするよ」
一方的だと理解しながら、彈は煽るようにも聞こえる言葉を並べた。
互いに臨戦態勢に入る。
(大丈夫、耐刃性は以前より高い。他の装備だってあの時と比べ物にならない。もちろん、“俺自身も”)
いざ、戦いが始まろうという時。
「ストップだ。両陣営」
目の前の集団が動きを止める。視線は、斜め横の方向だ。音の聞こえない彈には分からない。
「……両陣営止まれって」
亜莉紗が発言を補うように伝える。
こんな状況に割って入るような人間がいるだろうか。それに今の口ぶり。まるでインプレグネブル・ゴッズの人間ではないようだ。ジンゴメンとも違うのだろう。それでいて、亜莉紗が協力を仰いだ人間。
乱入者は、反対の入り口から悠長に階段を降り、姿を見せる。
「!?」
唖然とした。
「ど・う・し・た? ラ・プ・ト・ル」
読唇術という技を持っていない彈にも分かるように大きく口を開け、ゆっくりと述べる男。
かつての師の旧友であり、二度に渡り拳を交えた相手。由眼家吉質の専属用心棒という経歴を持つ。
それがこの、“パラサイトキラーと呼ばれる男”。
加えて、もう二人が降りてくる。パラサイトキラーに続くは、ガスマスクが特徴的な二人の大柄な男。崩壊兄弟と恐れられる、“裏”での実力者に数えられる兄弟だ。こちらも由眼家のビルでの戦闘ぶりと言える。
「何? 邪魔するなら君達も殺すよ?」
見るからに不機嫌になるソード。
パラサイトキラーはその余裕の表情を崩す様子はない。というよりも、彼らも彈と同じくダニエルの作った“耳栓”通信機を付けていた。
「先に行けよ、ラプトル。そういう“依頼”だ」
腰のトンファーを構えるパラサイトキラー。後ろの二人も得物を敵に向ける。
「亜莉紗、一体どうやって……」
亜莉紗は端的に説明を行う。
「単にあの騒動の後、接触を試みたのよ。あれだけ仕事に徹してた人間よ、味方になれば心強いわ。雇用主が死んだ以上、狙わない手はない。だからあたしはすぐに雇った。“こういう時の為にね”」
相変わらず亜莉紗の用意周到さには驚かされる。それに、隠していたというのも意地が悪い。
戦力という面では頼もしく、レッドの知人であることは信用に値する。実際、パラサイトキラーの人となりは、戦った彈がよく知っている。
「……頼みました。パラサイトキラーさん」
彈は、再び先へ進むことを決心する。横から歩み寄り、彈の側に並ぶ三人。彈達はソードとその部下達の真正面に立つ。
「一点突破。その三人の用心棒さん達が道を開いてくれるわ。そこを進みなさい」
亜莉紗からの作戦指示が入る。
睨み合う、二つに分かれた状況で、互いがぶつかる。
「おおおおおおおおおお!!!」
パラサイトキラーは、いの一番にソードを狙う。トンファーと刀が接触し、激しい金属音を響かせる。
「行けぇ!!」
崩壊兄弟も、刀を持った構成員達を圧倒的な膂力で打ち払っていく。
刃物行き交う中、彈は残り少ない扉を蹴破る。
「もうすぐで着く! 待っててくれ……!!」
「私が時間を割くだけの価値があったのか。さあ……見せてくれ」
感情の昂ぶりという久しい感覚に顔を歪めるアイギャレット。
刻々と、“二人”の出会いは迫る。




