79.力の奔流
話を終え、彈と亜莉紗、斉藤と流、そして御門悠乃は別れることとなった。
「斉藤刑事、あなたの協力が無ければ成し得なかったわ。……またお世話になるわ」
亜莉紗の社交辞令のような言葉を軽く受け流す斉藤。
程なくして、集まった四人はその場を後にした。
「どんな非人道的な拷問官でも、無差別でないなら、それはあくまで“仕事”。どんな形であれ、たとえ僅かにでもその先の“結果”に正義があるのならば、手放しで糾弾は出来ない筈だ」
「何を、言ってる……!?」
恐怖を司る悪魔は、一歩一歩、静かに、確かに歩み寄る。
「私の“恐怖”という本能の共通項によって、全人類を等しく統治する。その正当性を説いているのだよ」
病院は既に半壊状態。
美波野誠がいる以上、細心の注意を払い警護されていたが、それもこの男の前では無意味だった。
事前に十人もの“支配下に置いたジンゴメン”を従え、院内に現れた。中のジンゴメン数人を含めた警備達はその圧倒的な戦力に成す術がなかった。側から見ればジンゴメン同士が戦っているようにも見えるその光景は面妖であったという。“警察を使役しえきする犯罪者”。その恐怖は如何様にも大きくなる。
誠は壊れた病院・倒れた警備・そして別室の為、安否の分からない母親のこと。様々な要因から気が動転し、己の鼓動を速めていた。
目の前の男は紛れもない“超人”。
言葉を用いて周囲の人間を混沌へと陥れている。どういうわけか、誠にその力は使われていない。
「美波野……くん……!!」
病室の警護に当たっていた奏屋は同じ仲間であるジンゴメンに押さえられている。
(あの時と、比べ物にならない威圧感っ……! おそらくノイズキャンセル機能が壊れでもしたら一貫の終わり……!)
誠は状況を打破する為に会話から解決の糸口を探る。
「何の為にこんなこと! めちゃくちゃだ……!」
ゆっくりと自らの頬を撫でるアイギャレット。戸惑う青年の様子を深く観察しているように見える。
「……君に何年も付き纏っている黒服がいたろう。“あれは私の組織”だ。末端だがね」
「!」
過去の追手を思い出す誠。
「君のことを頭の隅に追いやって手下共に任せきりになっていた。忙しいを言い訳にする私の悪い癖だ。そうやって何年も放置していた結果、気づけばこんな小さな島国がとてつもない危険性と問題を抱えているではないか。数々の超人に識者、そして異端的な思想者……実に興味深い」
淡々と私見を述べていく。
「普通、君や私のような特異な能力を有している人間は、一国に一人というような希少さだ。しかし日本には数名が確認されている。そんなもの……世界の上に立つ人間ならば目の届くところに置いておきたいと思うのは当然だろう?」
異常だった。
物語に登場する世界征服を企む魔王のよう。しかしそれを実現できるだけの力を持ち合わせている。それがどれほどの事態か。男の振り撒く恐怖を、肌で感じる。
「俺が狙い……? なら俺だけを狙え! あんたの力ならそれも出来る筈だ! 見たところ、人を従える力か!?」
誠に対し、嘲笑で返事をする。
「ふっ……“権威”だよ。超常的能力を与えられた人間は、それを誇示しなければならない。その役目の全うだ。さあ、細かい話はいい。君の力の程を見せてくれ」
言葉以上の意味はない。誠の中のアイギャレットはそう言っている。
拡張者。
そう呼ばれる美波野誠の能力は、自分の干渉出来る範囲を視界の限りまで広げること。
遠隔での“運動”が出来る。遠くのものに触れれる。遠くのものを持てる。持ったものを移動できる。
能力を知られているとはいえ、抵抗しない理由はない。誠は拳を振りかぶりアイギャレットの顔を狙う。だが、その挙動の予備動作を見るや、誠の腕を抑えるジンゴメン。
「ぐっ!?」
“アイギャレットに仇なす者の行動を制限する”。そう、“仕込んである”。
「ごめんっ、ごめんよぉっ!」
さっきまで、奏屋を押さえつけていた者だ。病院の廊下から新たなジンゴメンがぞろぞろと現れ、解放された奏屋を再び押さえる。
「君の力はつまらないな。先手であったり、姿をくらませたりすれば一方的に勝ちに躍り出ることが出来るのかもしれないが……君本体の身動きが取れなくなればそれまでだ」
超人とて攻略法はある。その弱点を突かれれば、“常人との大差は無い”。
「……君。彼の顔を頼む」
アイギャレットの言葉を受け、奏屋を押さえつけているジンゴメンが頭部のマスクを外す。同じジンゴメンならその構造を知っているのは当たり前だ。
「やめっ、ろっ……!」
素顔が露わになり、音を遮断するものは無くなった。
誠はその一連の光景に絶句する。声で力を発現するという能力は聞き及んでいたが、その“幅”は未知であった。
“君”や“彼”といった曖昧なニュアンスで伝わるのか。まさか、言葉に意思を乗せれるとでも。
「命令だ。美波野誠を気絶させろ」
「!!」
奏屋は体中に見えない鎖でも巻かれたように動けなくなるのを感じ、続けて、体中に糸のついた操り人形にでもなったかのように強制的に動き出す。
「はっ! はっ、す、済まない……!!」
力を最大限まで加減し、誠の腹部に鈍痛を響かせた。
「……ふん。つまらん。国に持って帰れば、ダニエル信者のウチの者どもが狂喜乱舞するだろうか」
明くる日。
「心配しないで。必ず、助ける」
そう答える彈の面持ちは重く、固い。電話の先には、誠の母親の肩に手を回す光子の姿があった。
「ラプトル様……信じてます。ラプトル様なら誠くんを絶対救い出してくれるって」
“信じる”。
不安や焦燥に駆られる中で、必死に体の震えを声には出さぬよう努める光子。
「息子を、息子をどうかお願いしますっ……!」
聞こえてきたのは、家に入った際に面識もある誠の母親。
自分は母親という存在にどれくらい会っていないだろう。ふとそう思った。
今こんなことをして悪目立ちしている以上、おいそれと会うことは出来ないし、時間も作れないだろうが。
息子を想う母親の悲哀が伝わってくる。彈は拳を強く握りしめる。自らの握力で血が流れてしまうかもしれないというほどに。
「大丈夫。直に終わるよ。終わらせる」
夜更け。
行動は迅速に。全身を“ラプトル”に包み、“震条彈”は眠りにつく———。
埠頭。手配された小型船に乗り込む。横にも数台同じものが並んでいる。使い方は亜莉紗から細かく教えられた。
見据える水平線上に聳え立つは、打ち倒すべき“敵”の超大型客船。
「大仰なクルーズだ……」
客船というより“空母”と形容した方がその様には合っている。
美波野誠の救出、アイギャレット・シェルシャルルを含めたインプレグネブル・ゴッズの打倒。
強大過ぎる相手に立ち向かう人数ではない。超人でもない。莫大な金を用意しているわけでも、交渉が目的でもない。
ヒーローと持て囃され、自惚れているわけではない。悪人を憎むという私情を起点とし、己の技量を持って成し遂げる。頭にあるのはそのただ一点のみ。
彈はダニエルの作った、新たな完全遮音性通信機を両耳につける。
「…………よし」
船に等間隔で配置されているインプレグネブル・ゴッズ構成員達。その手にはサプレッサー付きのアサルトライフルが握られている。
「腹減ったな〜……」
「酒をやりてえとこだが流石に仕事中だ。せめて酒じゃなくても何か腹に入れてえとこだな」
「知ってるか? 日本の言葉で“腹が減っては軍はできぬ”ってのがあるんだぜ?」
「はっ、平和ボケしてる今の日本人に聞かせてやりたいぜ。腹が減る心配がねえから戦いに備そなえる必要も無いんだろうな」
「違えねえ」
船の明かりに僅かに照らされる海面を下に、夜の闇が空と水平線を曖昧にしている。
そんな暗がりの中、小さな光が視界に入る。
「ん?」
男の一人が目を凝らす。
「何だあれ? サツか?」
すぐに光は見えなくなる。
「海面近くの魚の反射かなんかじゃあねえか?」
「うーん……」
男は奇妙な感覚に頭を傾げる。
「ん? おかしいな……」
操舵室。航海士の一人が、レーダーやGPSの画面に一瞬はしるノイズを見つける。機器は正常に作動している。
「?」
見間違いと高を括り、作業に戻ることにした。
「まあ、水上警察や普通の船舶が近づいたら報告がくるか」
そう視線を下ろした瞬間。船体下方向から飛び出る影。
「!?」
片手で柵を掴み、男の頭に蹴りを入れる彈。
「なっ!? てめっ!」
隣の男を問答無用で気絶させる。床に放られた銃。
「ぐっ!」
彈の横の金属板に銃弾が当たる。耳元を甲高い音が劈く。物音を聞きつけた構成員達がこぞって集まってきたのだ。元より、コソコソとする気は無かった。正面突破上等。
「ふう……。さて———駆除だ」
マスクについた四つのライトが漆黒の世界に彩りを加えた。




