突きつけられる現実
「湊、おい、起きろ! 湊! 」
「う、うぅん」
『ほらほら、呼ばれてるわよ〜そうだ! 』
「うわあああああああああ」
「お、起きたか……食事ができたって、食堂に行こうぜ」
「あ、ああ」
僕は夢うつつでフラフラしながら着替えを行う。同室の神崎はすでに着替えを終えている。こいついつも僕よりも早く起きて準備をしているんだよね。どうやって起きているのか聞いたら「いつも妹を起こしているから」と返ってきた。なるほど、それは強い。まあ、それはいいとして、それよりも、
「お前なんで僕に悪夢を見せるんだよ!」
『だってあんた起きないから』
「もっとマシな起こし方があるだろうに」
この神様だ、あろうことか僕がかなり死ぬ夢を見せてきやがった。しかもかなりリアリティーのある夢を。なんだよチンピラに剣で斬り殺される夢って……そう文句を言ってはいるが、それでもこの神様には感謝している。いつもはきちんと朝起きることができたけれど昨日の訓練がキツ過ぎて今日は寝過ごすことになりかけていた。
僕たちがこの世界に召喚されてからもう一週間が経とうとしていた。僕たちはこの王宮で、この世界についての知識や実際の戦闘訓練などを行っている。クラスメートの詳しい能力は教えてもらっていないけど戦闘系が多いのだということはなんとなくわかっている。それもあってか最初は戦闘訓練が多かった。非戦闘系の人も最低限の戦闘能力を持つようにということらしい。
『それで筋肉痛になってるわけね』
悲しいことにそうなんだよね。地球にいた時に運動を全くしていなかったわけじゃないけど帰宅部だったし運動は苦手なんだよね。まさか最初からあそこまでハードな訓練をするなんて思ってもみなかったよ。
『最近邪神教の活動が過激になっているからね〜それに魔王の候補までもが現れたって話だし』
魔王の候補って……まあ確かに邪神の復活を考えるのならば魔王とかが現れても仕方がない……のか? そこはよくわからないけど、神様が言っているしきっとそうなのだろう。嘘つかないって言っていたし。
「湊? どうかしたか? 」
「いや、なんでもないよ」
隣で食べていた神崎が心配して聞いてくれたけど、僕ははぐらかす。そのことで僕は少しだけ心が痛い。神崎にも、何も話せていないから。
「さて、聞いてくれ」
この王宮に勤めている騎士たちの団長が声をかけたので僕たちは彼の方向を向く。彼からその日の訓練内容を聞くのが毎日の始まりだった。今日はどんな訓練があるのだろうか。
「今日の訓練は休みだ」
「え? 」
「そろそろ訓練の疲れが溜まってきているのではないか? そんな状態で訓練などしても効率はかなり悪い……それに、少しぐらい自由な時間があったほうがいいだろう」
まじか!まさかの休日が与えられたよ。よかったー、ここがブラックじゃなくて。食事も美味しいし案外いいところなのかもしれない。
「まじか、それじゃあ今日城下町っていうか、外の世界を見てみようぜ? 栞も誘ってさ」
「神崎さん? 彼女は彼女で女子たちとの関わりがあるんじゃない? 」
「私は大丈夫だよ? 皐月ちゃんもいるし」
「あ、はい」
神崎栞、神崎夏樹の双子の妹でこのクラスのマドンナ的存在。長い黒髪が特徴的な美少女だ。神崎と一緒にいることが多いので必然的に彼女ともそれなりに会話することがある。もう一人は市ヶ谷皐月、神崎さんと仲のいい女子生徒でこれまた美少女。ちなみに弓道部員で一部の男子には和服姿が人気、らしい。
「ん? 湊くんも一緒? 」
「ああ、湊もいいか? 二人が一緒で」
「構わないよ」
「そうだ! 忘れていたが、最近王都では通り魔の殺人が起きている、外に行くものは気をつけてくれ」
え?それちょっと不吉な内容なんですけど。団長さんも最後にシレッと爆弾を放り投げてこないでほしいな。でもまあ多分だけど、大丈夫だよね。
そして僕たち4人は外に出た。外に出る費用として一人辺り銀貨を1枚ずつもらった。これでお昼を買ってこいというところらしい。ちなみに貨幣は金貨銀貨銅貨で100進法で進んでいくみたいだ。しばらく外を歩いているといい時間になったので神崎が僕たちに提案した。
「そろそろ昼ご飯食べないか? 」
「それもそうだな」
僕たちは近くの出店で軽食を買った。地球でいうところのハンバーガーみたいな感じの食べ物だ。パンみたいな生地の間に野菜とお肉が挟まっている。うん、美味しいな。
「美味しいね」
「ああ、美味いな」
そしてまた散策を続ける。しばらく歩いていると、花を売っているお店があった。今度は市ヶ谷さんが提案をする。
「あ、ここでちょっとした花買っていかない?」
「いいね」
「あー俺はパス」
「えーお兄ちゃんも行こう? 」
「いや……」
「三人で行っておきなよ……僕はちょっと疲れたからそこで休んでおくよ」
「あ、ああ、気をつけろよ」
三人と別れて僕は一人で木陰で休んでいた。はぁ、やっぱり昨日までの疲れが残っていたのか歩いているだけでかなり消耗してしまった。なんで同じ訓練をした神崎はあんなに元気なんだよ。
『彼は戦闘系の能力を持っているみたいだし、その恩恵じゃないかしら?』
「そういうものなのかよ」
能力の種類によってそんな変化があるんだな。それじゃあ僕にどんな恩恵があるっていうんだ?
『え? 私と話せること』
それもそうでしたね。つまり僕の能力のリソースはそこに割かれているんだね。そんな風に神様と会話をしていたらふと、足に何かがぶつかった感触があった。
「あっ」
「す、すみません」
ぶつかった方向に視線を向けてみればそこには少しボロボロの衣服をきた、少女がいた。説明されたからわかる。この子は、奴隷だ。
心の中でモヤっとした感情が広がる。今まで日本で生きてきて全く縁のなかった人たち、奴隷。それを見て違和感というか拒否感、嫌悪感を感じるのだけど……だからと言って僕に何かができるかといえばそういうことでもない。それにこの世界ではこれが当たり前だから……そう言われてしまえば何も言い返すことができない。
「あ、あの……」
少女の方を見れば、こちらをおずおずとした表情で見上げてきている。ぶつかってしまったから怒られると思っているのかな。僕は何でもないことを示すために手をひらひらと振る。そんな僕の態度を見て、安心したのか表情が和らいだ。
「し、失礼いたしました」
「いいよいいよ……ん? 」
ここで僕は少女が手に幾つかの花を持っていたことに気がついた。その視線に気がついた少女はその花を僕に向かって差し出してくる。えっと……?
『花を買ってくれると勘違いしたのね』
えぇ? 僕、特に買いたいと思っていないんだけど……でも少女の必死そうな顔を見ていると断るのも忍びない気がして結局花を買った。銅貨2枚、これが相場の値段なのかな?
『相場から見ても安いわよ……ただ質も悪いけどね』
安かろう悪かろうっていうところらしい。でも、僕が買ったことであの子は幾つかお金を手に入れることができたというわけか。
『まあ彼女の主人にほとんど取られるでしょうけどね……ってか今のも当たり屋の可能性もあるし』
当たり屋ねぇ……僕立ち止まっていたんだけど。
『じゃあいいカモかと思われたんじゃない? あんたお上りさんみたいだし』
割と間違っていないから言い返せないんだけど……ていうか今日はよく喋るんだな。普段王宮で生活をしているときはほとんど話しかけてこなかったくせに。
『別にいいでしょ……どうせすぐ死ぬ命だし誰かに覚えてもらっていた方がいいでしょ』
…………え?
今、なんて? すぐに死ぬ命? それは……僕のことだろうか。いやそんなわけがない。ならばその後に続く言葉の意味がわからなくなる。つまり、死ぬのはあの子……?
『ええ、そうよ。もうすぐに、彼女は殺されるわ』
だ、誰に?
『誰に? そうねぇ…最近話題の通り魔に、ってところかしら』
通り魔、か。そういえば団長さんが言っていたもんな。最近王都に通り魔がいて、殺人事件が起きているって。
「そんな…」
今すぐに警察……じゃなくて騎士団に教えないと『何を? 』え? 何をって少女が殺されそうになっているんでしょ?それを伝えないでどうするっていうんだよ。
『騎士達が動くと思う? 事実だけどあなたには何も証明する手はないのに』
「……」
神様の言葉は正しかった。僕は神様と話をしているから嘘ではないと言い切ることができるけど、騎士達は僕の言葉だけで信用してくれるとは思えない。
「……」
僕はその場で立ち尽くしてしまう。何も考えることができない。どうするのが正解なのか、これからの行動を移すことができない
『あ、終わった』
「え? 」
『もう、どうあがいても無理ね…あの子が殺される未来が確定したわ……そうね、案内してあげる』
僕の足は自然と導かれるように歩き始めた。いやだ……いやだよ。やめてくれ。そう思っているのに僕の足は言うことを聞いてくれない。どんどん王都の外れへと向かっていく。人通りが全くなくなった路地にて……さっき出会った少女が殺されているのを見つけるまでは。
「うっ」
突然嘔吐感を感じ、腹からこみ上げてきたものをその場にぶちまけた。朝食でいただいたものを全部吐き出すまで、僕は嘔吐感をずっと感じていた。少女は……両手と両足を切断された状態で、殺されていた。多分生きていながら全部切られたのだろう。少女の顔はかなり苦悶に満ちていた。かなりの苦痛を感じながら死んでいったのだろう。
「うっ……うぐっ」
『ふふっ、これで少しは現実を見ることができたかしら? 』
現実? これが……現実だっていうのか?
『ええ、そうよ……ああ、一応教えてあげる。私が彼女の死を教えた直後に走り出していれば、この子は助かったわ』
「……え? 」
それってつまり……この子が死んでしまったのは僕が助けに行かなかったから? それを言いたいのか?
『別にそこまで言うつもりはないわ……でもそうね。この世界はあなたの知らないところでたくさんの人が死んでいる……それを教えてあげたかっただけ。ちょっとした気まぐれよ。それに……行かなくて正解よ』
「どういう意味だ」
『助けに向かえば、あの子は助かった……でも代わりにあなたが死んでいたもの』
「……」
神様の言葉にどこかホッとした自分がいた。そして同時にそんな自分自身に対して強烈に嫌悪感を抱いてしまった。死んでいたかもしれないと知ったら、これでよかったのだと、思ってしまった。
『ふふっ』
「……意地が悪いな」
『そうかしら? 』
「だって……」
僕には、何にも力がない。確かに神様と話しができるのは優れた力であることは否定しない。でも、それだけだ。
『へえ、じゃあ……あなた力があったら助けに行っていたの? 』
行っていたさ! そう心の中で叫ぶ。助けることができる力があったのなら、僕は助けに行っていた。きっとそうさ……たぶん、きっと、
『本当に? 』
その声は……そう尋ねてくる声は、今までで一番冷たく、そしてこちらを軽蔑している声だった。
『力があれば、助けた。つまり力がないから助けない。そう、あなたはその程度の人間だったのね』
そうだよ……だって、それが現実だろ。僕に何ができるっていうんだ。
『できることぐらいあるわよ。ああ、そういえば、あなた願ったものね、最強の力を。それで人々を助けたい……いいえ、違うでしょ? あなたはどうして力を願ったの』
それは……。
『異性からモテたい、みんなの人気者になりたい、心の底ではそう願っていたでしょ。別に構わないわ……ただ、そんな心構えでついてくる人はいるのかしら』
……きっと、いないだろうな。僕だったらそんな人に絶対について行きたくない。僕の心に秘めていた感情を読み取られて僕は恥ずかしくて仕方がなかった
『ま、それを自覚している分だけマシなのよね。あなたみたいな転移者ってどうしてこうもムカつく行動をするのかしら。力を手に入れた途端、急に人助けなんて始めたりあちこち行ったり。特にいじめられてたりした子が力を持ったときなんて最悪、今までいじめてた子やクラスの人気者たちを次々に叩き潰してその上でハーレムを作り上げるんだもの』
確かに、そんな話しはよく聞く。ていうかたくさん読んでいる。でも……別にきちんと理由が明示されていることが多いしおかしくないんじゃないのか? それに、最初は弱い能力でも盲点をついて最強になること多いし必ずしもそう言えないと思う。
『そうよ…まあ、言いたいことはあるけど、努力をしているわ。何もしなくて何かが手に入れられることって何もないわよ』
……じゃあ、どうすればよかったんだよ。動いても死ぬ、動かなくても苦しい、どっちに転んだって苦しいじゃないか。
『いいえ、違うわ……あなたが苦しいのは何もしていない自分自身についてよ』
「……」
『それに少し縋っているのかしら? 神である私が一緒ならなんとかなるんじゃないのかって思っていないかしら? 』
僕は神様が言っていた内容に関して、一言も言い返すことができなかった。全部、そのとうりだと思ってしまった。僕は醜い。僕は…最低な人間だ。そんなことを思いながら神崎たちが待つ、花屋へと戻っていった。




