クッキーに愛を込めて
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シャルロのお陰で私は無事に家に帰ってくることが出来た。
料理長にお願いしてキッチンの端の方を借りて、分量を間違えないように測りながら愛情をたっぷりと入れて作っていく。
「お嬢様は本当に上手になられましたね」
料理長が私の焼いたクッキーを一つ食べて感想をくれた。
これでシジャル様に食べてもらえる。
シジャル様はいつも執務室でお菓子をくれるし、甘いものが嫌いなはずがないから沢山焼いてお土産に持って帰ってもらおう。
私は一心不乱にクッキーを焼いた。
そして、それからしばらくして料理長が私のところにきた。
「お嬢様、お客様がこちらに向かっているとメイドが来たので裏口の外に隠れてください」
私は慌てて裏口から外に出てドアに耳をくっつけて中の様子を伺った。
私が裏口から出てすぐに、ダレン様の声が聞こえてきた。
「この甘ったるい臭いはなんなんだ? 臭くてかなわん」
「申し訳ございません。お嬢様の要望でお菓子を焼いていたので」
「……そうか、アルティナ嬢は甘いものが好きなのか。では、アルティナ嬢にプレゼントするのもいいかも知れんな」
ダレン様から頂いたものを食べる気にはならない。
その後もダレン様は帰ることなくやれ、アルティナ様はどんなお菓子が好きだとか、どんな色の包装紙が好きだとか忙しそうなキッチンに我が物顔で居座った。
裏口の小さな窓からバレないようにこっそり中を覗いて見ることにした。
最後にオーブンに入れたクッキーが焦げた臭いを出し始めたころ、慌てて見習い料理人のイシスがオーブンから出してくれたが、クッキーは無残な姿になっていた。
「お嬢様のクッキーが」
申し訳なさそうな呟きが聞こえ、私も申し訳ない気持ちになる。
「イシス、それは後でワシらがいただこう」
「でも、炭ですよ親方」
「それも味の勉強になる」
二人の気遣いに感謝しかないが、炭になっているものは食べない方がいいと本で読んだことがある。
たしか、発癌性物質になるのだとか?
それを二人に食べてもらうぐらいなら、今もキッチンに居座り続けているダレン様に食べさせればいいのに!
私がそんなことを考えていると、まさかのダレン様と目が合ってしまった。
「アルティナ嬢!」
悲鳴をあげたいのをグッとこらえ、私は裏口から中に入った。
せっかく逃してもらったのに見つかってしまって申し訳ない気持ちでいると、料理長が優しく笑って見せた。
「お嬢様も甘い匂いにつられて来てしまいましたか?」
料理長は私が今来たところだと思わせるために、気を使ってくれたようだ。
「ええ、ごめんなさい」
私が話を合わせると、ダレン様は早足で私に近づいて来た。
「アルティナ嬢、貴女は甘いものが好きなようだ。俺と一緒に街にスイーツを食べに行こう」
私は料理長の後ろに隠れると料理長の耳を借り、私の代わりに話してもらうことにした。
「お嬢様は、今日、客人が来るのでそれは出来ないと申しております」
「何故直接話して下さらないのですか?」
私がオロオロしている中、料理長は言った。
「お嬢様はシャイで恥ずかしがり屋なので」
それは許される理由なのだろうか?
「そ、そうか、それは可愛らしい」
何が可愛らしいのか意味が解らないが、納得してくれたのならいいか?
「でも、いずれ俺の嫁に来るのにそれでは困ってしまう。今からなれてもらいたい」
そう言って近寄って来ようとするダレン様に私はムッとして料理長の耳に向かって思いを告げた。
「お嬢様は、私にはすでに愛する人がいるので貴方の嫁に行くことはありません。と申しております」
料理長の言葉……いや、私の言葉にダレン様の顔が怒りに染まった。
「その男とは、この前来た司書長とかいう男か?」
勿論である。
私は深く頷いた。
「俺が、その男に劣るとおっしゃるのか?」
私は自信満々に頷いて見せた。
シジャル様以上の男は私には存在しないのだ。
ダレン様はさも可笑しそうに笑い出した。
はっきり言って狂ってしまったようで怖い。
「では、俺がその男に勝てば貴女は私のものと言うことだ」
そんなこと言ってない!
私が慌てて否定しようとするよりも先にダレン様は言った。
「その男より、俺の方がどれだけ力で上回っているか、見せつけてやる!」
そういうと、ダレン様は足早に去って行った。
「お嬢様」
「大丈夫です」
なにせシジャル様が負けるなんて、想像すら出来ない。
「なんだか申し訳ないです」
泣きそうな顔でイシスが私に頭を下げた。
「本当に大丈夫よ。貴方達は知らないでしょうけど、シジャル様はとっても強い人だから。でも、私のせいで面倒ごとに巻き込んでしまった」
こんな面倒な女をシジャル様は嫌いにならないだろうか?
そっちの方が心配である。
「嫌われたくないの」
私が思わず呟けば料理長とイシスは困ったように眉を下げた。
「お嬢様、司書長様はお嬢様を嫌いになんてならいと思いますよ」
「そうです! お嬢様が焼いてくれたクッキーにはそれぐらいの働きをしないと割に合わないだけの価値があるんです! 自信を持ってください!」
料理長とイシスはそう言って笑ってくれた。
「そうだ! お嬢様、チョコレートでクッキーにアイシングしませんか?」
「アイシング?」
料理長の言葉に私が首を傾げると、イシスが冷蔵庫からピンク色の板チョコを出してきた。
始めて見る板チョコに驚いていると、料理長が説明をしてくれた。
「これは、ホワイトチョコレートに薔薇の花の香油と色素を入れたチョコレートで薔薇のほのかな匂いがするあまり世に出回らない貴重なチョコレートなのです」
「そんな高価なものを使っていいの?」
私が心配になって聞けば、料理長は私の手にチョコレートを置いた。
「元々、お嬢様のために買い付けたものです。お嬢様の口に入れば喜んでいただけると思ったので。ですが、お嬢様の思いを司書長様に伝える方が最優先な気がいたします」
私は手の中のチョコレートを見つめた。
「お嬢様、これでハートを描いたり、LOVEとか繋げると意味になるように書きましょう! 直球は素直に嬉しいですから! ね!」
イシスは私の想像の上を行く案を出してくれた。
「わ、私、やります!」
ピンク色の可愛らしいチョコレートを湯煎で溶かして絞り袋に入れ固まる前にクッキーに描いていく。
最初から上手く行くわけもなく、少しいびつなハートに悔しくなり必死にやった結果、最後の方は可愛らしいハートが描けるようになった。
LOVEも一個に一文字入っているバージョンと全部の文字が入っているものを作った。
チョコレートが乾くのを待ち、袋詰めとお皿の上にLOVEと読めるように並べたものを用意した。
こんなことでシジャル様の面倒ごとが薄れるとも言えないが、頑張って作ったクッキーが少しでも気持ちを繋ぎとめてくれたらいいと思ったのだった。
決闘はクッキーの後で シジャル目線
アルティナ様の部屋に結界を張りに行った日、アルティナ様の父親が連れてきた婚約者候補の二人を見て自分は少なからず嫉妬した。
アルティナ様の父親に認められた高爵位の二人。
自分の自信のなさは、自分が一番良く解っているつもりだが、一度手にしてしまったアルティナ様の愛を手放すことなどもう、考えたくもないことだと思った。
自分に笑いかけてくれるアルティナ様は本当に可愛らしく、自分だけ特別扱いしてもらえていると勘違いしたくなるものばかりで、毎日が幸せに溢れているのだ。
アルティナ様と婚約できたことすら、夢物語で朝目が覚めたら無かったことになっていてもおかしくなくて、毎朝起きるのが怖いと言ったらアルティナ様に笑われてしまうかも知れない。
それぐらい、アルティナ様との関係は自分の中で不安定に感じていたのだ。
その不安定さからか、アルティナ様に新たに二人婚約者候補が出てきたのだと自分だけが思ってしまっていた。
だからこそ、婚約者候補だという二人に自分は嫉妬したのだ。
自信がありそうな二人の雰囲気と美丈夫然とした見た目、ひ弱な見た目に自信の無さの滲み出た自分とは違う二人。
アルティナ様がこの二人のどちらかがいいと言い出したら、自分にはアルティナ様を止めることなどできないのだ。
そう、思った。
だが、アルティナ様の態度は自分への愛に溢れていた。
不埒な真似ができないように部屋に入れるのはユーエン様だけにしようと言ったらアルティナ様は自分も入れるようにしてほしいと言う。
不意にベッドに座らされた時は何が起きたのか解らず、ただただ焦ってしまった。
アルティナ様は本当に危機感が無いというか、自分に対しての警戒心が無さすぎる。
自分の中にあるドロドロとした欲望を知ったら、アルティナ様は自分を気持ち悪いと思うかも知れない。
なら、大事にして自分はアルティナ様へ対しての欲望など持っていないような顔をしていたいと思うのはいけないことなのだろうか?
自分がそんなことを考えているなんて知りもしないアルティナ様は無邪気に自分を煽ってくるのだ。
抱きしめてキスしたい。
そんな欲望に頭が支配されそうになる。
迂闊な行動で、一瞬にしてアルティナ様が自分の元から去っていく気がして遣る瀬無い。
欲望のままに行動しないように、ベッドには入念に結界を張った。
食事に誘われてマジマジと婚約者候補の二人を見たが、負けたく無いという気持ちの方が強い。
さらに、アルティナ様から彼らへの嫌悪感が見て取れた。
アルティナ様が彼らに興味が無くて自分がどれだけ救われた気持ちになっているかなんて、アルティナ様は知らないだろう。
あれから数日の間、アルティナ様は図書館に来なかった。
不安がつのる中、ユーエン様がやってきて理由を教えてくれた。
理由は簡単だった。
婚約者候補の二人がアルティナ様が図書館に来るのを妨害しているらしいのだ。
ユーエン様が毎回アルティナ様を護っていると聞いて自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
「ユーエン様、申し訳ございません」
「何を言う。司書長が部屋に結界を張ってくれたおかげでアルティナは平和な時間が過ごせているのだ。礼を言うことはあっても謝られるいわれは無い」
ユーエン様の優しさにさらに不甲斐ない気持ちでいっぱいだ。
「アルティナが司書長に会えないせいでイライラしている」
「は?」
「だから、アルティナは司書長に会いたくて仕方がないようだ」
それは、自分のことであって……。
「自分もアルティナ様に会いたいです」
素直に言えば、ユーエン様は呆れたように言った。
「それは、アルティナに言ってやれ。凄く喜ぶと思う」
アルティナ様に会いたいと言っていいのか?
ユーエン様は自分の頭を乱暴に撫でた。
「司書長が思っている五十倍アルティナは司書長に会いたがっていると思っていい」
「それは、大袈裟では……」
「思っていい」
それだけ言ってユーエン様は去っていった。
ユーエン様が会いに来てから二日後、幼馴染のクリスタがアルティナ様に会わせてやると呼びに来た。
タイミングが掴めなかった自分には天の助け以外の何者でも無かった。
クリスタに促されてやって来たのは第一王子の執務室で、そこにいたアルティナ様は数日前より美しく見えた。
こんな美しい人が自分以外の婚約者候補という名の男達と一つ屋根の下にいると思ったら腹わたが煮えくり返る思いである。
それも、アルティナ様が自分の名を呼び笑ってくれただけで浄化されてしまうのだ。
アルティナ様に新しい本が入荷された有無と返却期限の本の話をすれば、ユーエン様に頼むと言う。
それではまたアルティナ様に会えなくなってしまう。
それは、嫌だ。
気づけば、家にお邪魔してもいいか聞いていた。
アルティナ様は嬉しそうに了承してくれ、安心した。
はっきり言って、ただゆっくりとアルティナ様と話がしたかった。
だからこそアルティナ様と一緒にいられる時間が出来ると解って、その後の仕事の時間も苦にならないどころか、幸せな時間になったのだった。
その日の仕事終わり、リルに乗り急いでモニキス公爵家に向かった。
アルティナ様に会える。
一週間近くまともに会えていない愛する人に会えるのだ。
「旦那、浮かれすぎじゃ無いっすか?」
「うるさい。黙って走れ」
ニシシっと笑うリルの脇腹を蹴って文句を言われたが知るか!
自分は、幸せな気持ちでモニキス公爵家に着いた。
門の前でリルから降り、子犬サイズになるように言ってから屋敷に向かう。
屋敷の扉の前には人影がありアルティナ様かと思ったが、シルエットが全然違う。
「よく来たな!」
声から言ってユーエン様でも無く、婚約者候補の一人だと推測できた。
「え〜と、自分をお待ちだったのでしょうか?」
理由が思い浮かばず、聞いてみれば彼は鼻をフンと鳴らした。
「そうだ! お前、俺と決闘しろ! そして、お前を倒したらアルティナ嬢は俺のものだ!」
自分は眼鏡を外し拭いてからもう一度掛け直した。
「え〜と、それはアルティナ様からの許可を得てから言っているのでしょうか?」
「当たり前だ!」
アルティナ様が了承したのだとすれば自分を信じてくれたからか、それともこの男が良くなったのか?
後者は考えられない。
考えたくも無い。
アルティナ様は昼間、自分に会えたことを喜んでくれていた。
会いに行くと言ったのも自分からだった。
そう考えれば、アルティナ様は自分にこの男を倒してほしいのだ。
アルティナ様本人に〝やっつけてほしい〟と言ってもらえたら、躊躇うことなく倒す。
「あの、アルティナ様に確認を取ってもよろしいでしょうか?」
自分がそう言えば、彼は呆れたように息を吐いた。
「情けない男だな。アルティナ嬢の許可で戦わなくて済むとでも思っているのか?」
なんだこいつ、イライラさせる天才なのかな?
「確認したところで結果は変わらない!」
まあ、彼をボコボコにする未来は変わらないか。
「そうですか。では、直ぐに始めますか?」
彼の実力は解らないが、負けるつもりもない上にイライラさせられたからボコボコにしよう。
自分の中の好戦的な部分が出て来そうになっていたその時、玄関のドアが開きアルティナ様が顔を出した。
「シジャル様」
可愛らしい愛しい人の声に口元が緩む。
「アルティナ様」
自分がアルティナ様の名を口にすれば、アルティナ様は自分の元にお皿を抱えてやって来た。
「シジャル様。あの、私のせいでシジャル様に面倒なことを押しつけてしまう状況になってしまい申し訳ございません」
「アルティナ様が謝ることではありませんよ」
アルティナ様の雰囲気から言って、彼が勝手に言っていることだとなんとなく解った。
「私がちゃんと否定できなかったからなのです」
うるうるとした瞳が美しくて吸い込まれそうだ。
「勝ってもよろしいでしょうか?」
自分が聞けば、アルティナ様は蕩けるような笑顔で頷いた。
アルティナ様が自分を選んでくれた状況に幸せな気持ちで満たされた。
「では、勝ちますね」
そう言って彼の方に向かおうとすると、アルティナ様に服の裾を掴まれ止められた。
何事かと思って振り返ると、アルティナ様は抱えていた皿にかかった布を外して言った。
「私の気持ちですので、ひとつでも食べて行っていただけませんか?」
皿の上にはハートのマークやLOVEと書かれたクッキーが並んでいた。
アルティナ様は顔を真っ赤にして皿を自分に差し出している。
なんなんだこの可愛いで作られた可愛い生き物は!
「駄目ですか?」
不安そうなアルティナ様に自分は笑顔を向けた。
「勿体無くて食べれません」
自分の言葉にアルティナ様は安心したように息を吐いた。
「たくさん焼いたので、お土産用もちゃんとあるんですよ」
「焼いた? まさか、アルティナ様が?」
いやいや、流石に貴族のしかも公爵家のご令嬢が料理なんてするはずがない。
そう思いながらも聞けば、アルティナ様自ら作ったクッキーだと言われ驚いた。
「味見もしたので大丈夫なはずです。シジャル様のためだけに作ったので食べてほしいのです」
自分に拒否権なんて存在するのか?
こんな幸せなお願いがいまだかつて、あっただろうか?
自分はハートのマークがあるクッキーを一つ摘むと口に運んだ。
香ばしい香りの中に薔薇の優しい匂いが混じって不思議と癒される味がした。
「どうでしょうか?」
「凄く美味しいです。ありがとうございます」
自分のお礼の言葉を聞くとアルティナ様は幸せそうに笑った。
可愛い!
見ているこっちが心臓止まりそうなほど可愛い!
これは、勝つしかない。
負ける気もしない。
「アルティナ様、必ず勝ちますね」
自分がそう宣言すればアルティナ様は小さく頷いてくれたのだった。
モニキス公爵家の中庭に案内された自分は模擬刀を、渡された。
勿論、相手も模擬刀である。
相手は模擬刀を持ったまた手首を回して刀を振り回している。
道具を大事に出来ないやつは腕も大したことがなさそうだ。
「アルティナ嬢、こいつを倒して貴女を手に入れてみせる!」
彼はアルティナ様に向かって叫んだ。
アルティナ様からは嫌悪のようなものが浮かんで見えた。
「アルティナ様を、そう簡単に渡すつもりはありません」
「ほざいてろ!」
そう言って彼は刀を構えた。
自分は笑顔で彼を見つめた。
「自分はアルティナ様が一番大事ですので、貴方が自分よりも強くてアルティナ様を護るに相応しい人物であるのなら、婚約者の座はお譲りするつもりでいます」
彼は高らかに笑いながら自分に走って突っ込んできた。
「自信が無いなら婚約者なんて辞めちまえ!」
自分はそれを右に受け流すと彼の足に足をかけた。
盛大に転んだ彼は直ぐ様立ち上がると額に青筋を立て叫んだ。
「貴様! 俺を馬鹿にしてるのか!」
「馬鹿になんてしていませんよ。そんな勘違いするなんて、脳筋ですか?」
彼は目を血走らせて自分に斬りかかって来た。
はっきり言って棒を振り回す子どものような太刀筋だ。
自分の実家の回りでは直ぐに死んでしまいそうなぐらい下手くそだ。
クリスタの方が強いと思う。
自分は、彼の攻撃を全て受け流し左足を蹴り上げた。
まあ、軽くなので折れてはいないだろう。
痣は確実に出来ているに違いないが。
「貴様、剣術の試合中に蹴りを入れるとは卑怯な!」
「ああ、申し訳ございません。自分は実践型で型通りの試合というものがよく解らなくて。ちなみに、剣術の形式ばったものに囚われていると、実践では直ぐに死にますよ」
「うるさい黙れ」
彼は本当に子供のような剣筋で模擬刀を振り回した。
「うるさくて黙ってほしいのはこっちの方ですよ」
自分はそう言って彼の模擬刀をはらいのけ、右足を蹴り上げた。
模擬刀とは言え武器を使うと上手く手加減できる気がしなかったため蹴ることにしたのだが、彼はそれが気に入らなかったようで言った。
「真面目にやれ!」
自分はそのまま彼の首元に本気の蹴りを入れるマネをした。
いわゆる、寸止めというやつだ。
「真面目にやったら、貴方を殺してしまうと思いますが……本気でやりましょうか?」
彼は自分の本気の蹴りの軌道が見えなかったのか、青い顔をして尻餅をついた。
戦意喪失というやつだろう。
気持ち的にはもっとボコボコにしてやりたいのだが、アルティナ様の目の前で心のままに動いて嫌われるなんてことになったら目も当てられない。
そんなことを考えていたら、背後に何かがぶつかった。
何かと思えば、自分の腹回りに腕が回される。
この可愛らしい手は……。
「シジャル様、素敵です」
小さなアルティナ様の声にありありと、背後からアルティナ様に抱きしめられているのだと実感してしまう。
「ア、アルティナ様」
アルティナ様の額と胸が自分の背中に触れている感触がする。
なんだ、このご褒美は!
「アルティナ様」
内心凄く焦ったが、自分は平静を装ってアルティナ様の手に自分の手を重ねた。
それというのも、アルティナ様の手はプルプルと震えていて、怖かったのか不安だったのか解らないがとにかくアルティナ様を怯えさせてしまったのだと気づいたからだった。
アルティナ様の目の前で彼をボコボコにしなくて良かった。
危うく嫌われていたかも知れないと思うと自分の方が震えそうだ。
「怖がらせてしまいましたね。すみません」
「いいえ。シジャル様に怪我がなくて良かった」
ああ、本当にアルティナ様は天使のような方だ。
自分はこんな時にそんなことを思ったのだった。
これからもよろしくお願いします。