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◆凶行◆
泣き崩れたベッキー様だったが、王子様は意外にも慰めようとしなかった。傷付いた様な目で、ただ見詰めている。
「エイドリアン。どういう事なのだ?」
王様の怒りを押し殺した様な声が、エイドリアン様を振り向かせた。
アポロニアを呼び出したのは、ベッキーです。私は知らなかった。
ベッキーとアポロニアがこの部屋に入るのを見かけたと友に聞き、アポロニアがベッキーに何かするのではないかと心配になって駆け着けました。
そうしたら、アポロニアが刺されて倒れていたのです。亡くなったばかりのようでした。
ベッキーは、アポロニアに殺されそうになって抵抗している内に殺してしまったと説明しました。
それを正直に報告すればベッキーは厳罰を免れないと思い、細工しました。
王族を守る為に殺してしまったのなら、無罪になるかもしれないと思ったのです。
私も同席していた事にする為にカップにお茶を注ぎ、私を守ってくれた事にする為に左手を斬りました。
鞘の事には思い至らなかった。
全ては、ベッキーを守る為でした。
「それなのに……お茶に毒か薬を入れていたってどういう事なんだ! 最初から、アポロニアを殺すつもりだったのか!?」
「だって! アポロニア様が悪いんです! 嫌がらせして! 階段から落として殺そうとしたわ! 私は殺されたくなかった! だから!」
「だから?」
王様の冷たい声がベッキー様を凍らせた。
「嫌がらせされ・階段から落とされた程度で、男爵令嬢に過ぎない其方が、侯爵令嬢を・王太子妃となる筈だった令嬢を殺して許されるとでも?」
「で、ですが!」
「日陰の女で居れば良かった。王太子妃になろうと欲を出した為に階段から落とされたのだろう。もし、それすらも偽りで有ったならば、斬首では済まぬぞ」
「ヒッ!」
斬首と聞いて、ベッキー様の顔色は紙のように白くなった。
「ギロチンですか……」
呟くと、アナスタシア様に尋ねられた。
「ギロチンって何かしら?」
「え? えっと…柱と柱の間に吊るした大きな刃で首を切断する処刑道具ですけど、この国には無いんですか?」
「ええ。死刑執行人が斧で斬るのよ」
「それって、確か、下手な人だと何回も斬られるんじゃ……」
「そうね。ベッキーは下級貴族だし、技量の高い人は雇えないでしょうね」
死刑囚が自分で雇うんだ……。まあ、家族でも良いんだろうけど。
「父上! せめて、私の私財で腕利きの死刑執行人を雇う事をお許しください」
「フォーサイス侯爵が許すのであれば」
そんな中、ベッキー様が立ち上がった。
「……まえが、お前さえいなければ!」
エイドリアン様が手に持ったままだったナイフを奪い鞘を抜き捨てると、ベッキー様はナイフを手に私に駆け寄ろうとした。
「あ」
驚いて声を上げたのは誰だったか?
ベッキー様がアポロニア様のご遺体に躓き、床に倒れる。
ウォルトさん達が捕まえ、起き上がらせようとした時には手遅れだった。
手にしていたナイフが、彼女に刺さっていた。
◆後日談◆
あの後、ベッキーが受けていた嫌がらせの調査がされたが、裏付けは取れなかったらしい。
そもそも、エイドリアン様とベッキーが交際を始めて以降、アポロニア様とベッキーが同じ茶会に招かれた事は一度も無かったとか。
階段から突き落とされた件も、何時何処での事だったのかエイドリアン様すら聞いていなかったので、捜査は直ぐに打ち切られたそうだ。
ベッキーの家はお取り潰し。ご両親は自殺したらしいが、本当に自殺なのかは分からない。
エイドリアン様は廃嫡され、アナスタシア様が次期国王となる事に決まった。
そのアナスタシア様の婚約者に選ばれたのは、アポロニア様の弟である。
あ、そうそう。エイドリアン様が、何故、アポロニア様と揉み合って殺したのは自分だとしなかったのかだが、元々、嘘を吐くのは得意じゃないらしく、その所為か思い着かなかったのだそうだ。
嫌がらせの調査が始まる前は、殺す前に相談して欲しかったと悲しんでいたらしいが、今は、ベッキーの言動は愛も含めて全部嘘だったのかと傷付き、アポロニア様を疑い・責めた事を後悔しているらしい。
私はと言えば、あの後、アナスタシア様の話し相手と言う仕事に就けられたのでお城に住んでいる。
現在、私が王女様に話した地球の話を元に、色々行われているらしい。
例えば、指紋採取の方法や、死亡推定時刻の割り出し方を研究しているとか。
最近、アナスタシア様に日本の歌を披露したら、コンサートを開く破目になってしまった。下手くそな独唱を無伴奏で大勢に披露するとか何の罰だ。歌手に歌詞を教えて上げるから、そっちを聞けば良いのに。
尚、日本語の歌詞がこの世界の人に解るのかだが、私が召喚された部屋には、天井にも壁にも床にもびっしり呪文(?)が刻まれていたから、その中に、お互いの話す言葉の意味が解るようにする呪文が含まれていたみたいだ。これまでの会話も、知らない言葉で聞こえていて、でも意味が解っていたのだ。
「楽しみね、コンサート。どんなドレスが良い?」
アナスタシア様が笑顔で尋ねる。
「……華美でない物を」
「色はピンクが良いかしら?」
「それも良いとは思いますが、緑色が好きです」
「そうだわ! 以前聞いた貴女の国の伝統衣装を作らせましょうか?」
「いえ。着付けが解りませんので遠慮します」
「良いじゃない。色々試してみましょう」
珍しい服を流行らせたいのかもしれない。既に扇子が流行っている。女性貴族達は、若くして歯が抜けたり・歯茎の色が悪かったりするらしいので、それを隠せると喜ばれた。
「そう言えば、化粧の材料って何ですか?」
嫌な予感がして尋ねる。
「鉛白とか水銀とかだったかしら?」
「毒じゃないですか!」
「毒?!」
アナスタシア様も侍女達も驚いた。
「でも、白粉をしない訳にはいかないわ」
「健康にも悪いですけど、美容にも悪いです。歯が抜けるのも歯茎の色が悪くなるのも、毒の所為ですよ」
もしかして、アポロニア様もそうだったのだろうか? だから、エイドリアン様はベッキーに惚れたのでは? あの人は下級貴族だから、化粧代を節約して薄化粧だったから毒のダメージが少なくて口内が綺麗だったとか。
その後、鉛白と水銀の研究が行われて人体に有害である事が証明されたらしく、白粉は廃れた。
代わりに、食事を抜いたり夜更かしをしたりして肌の色を青白くしようとしたり、瀉血が流行ったのだが、どうしたら良いだろうか?