某俺様、萌えに想いを(後編)
※引き続き、腐女子知識がございます。苦手な方はご注意を。
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【翌日のエレガンス学院】
宇津木ワールドの住人になりきろう!
実践(実戦):今日から宇津木ワールドの住人だ(これはすべてフィクションです)
前略、今日も汗水垂らして仕事に精を出しているであろう父さん、母さん。
あなた方の息子、豊福空は今日から宇津木ワールドという戦場に飛び込みます。
決してそっちの道に行くわけじゃなく、あ、そっちの道を馬鹿にしているわけでもなく……、とにもかくにも宇津木ワールドの住人になるわけです。
嗚呼、どんなに今日という日を迎えたくなかったか。
昨日のグダグダお勉強会を通して、今日実戦をするわけで……、誤字ですね、言い直します。勉強会を通して、今日実践をするわけです。
打破策として、友情路線でめちゃくちゃ仲良くするという結論に達したわけですが…、正直なところ、上手くいくのか心配です。
だけどやるからには気合を入れていかないと! 如何せん、ケーキを二個奢って貰えると約束っ、ゴッホン、宇津木先輩に元気を出してもらうためです。
どうぞ息子の勇姿を陰ながら見守ってやって下さい。
「で、大丈夫なの? 二階堂。豊福」
登校時、昇降口で声を掛けられた俺は川島先輩の誘導で人気の無い廊下に連れ出されていた。
そこで鈴理先輩や大雅先輩と合流。
昨日、途中指導放棄でとんずらしちまったものだから二人が気掛かりに思って声を掛けてきたみたいだ。本当に勉強をしていたのか、単に逃げただけじゃ、訝しげな眼をと飛ばしてくる川島先輩に心外だと大雅先輩は不貞腐れ面を作った。
ちゃんと勉強をした。それこそ本屋に行って勉強をしたのだと意気揚々に語る大雅先輩、俺に同意を求めてくる始末。
あれを勉強会と名目して良いのかどうか、まあ一応勉強はしたから頷いておくことにする。
「まあ俺等に任せておけって。バッチシあいつの心を掴んでやるから」
その自信、どっから出てくるんっすか。
昨日のスンバラシイ答えを出したことで自信をつけちゃってからにもう……、はぁーあ、俺様ってメンドクサイな。
「おっと、そうだ。鈴理、お前、今しばらく豊福と戯れるの禁止な」
大雅先輩はキスも駄目だからとぞんざいに言い放つ。
カチンと鈴理先輩が石化、すぐに息を吹き返した彼女は大慌てで異議申し立てをする。
「……なっ、なぁああ?! ど、どういうことだ! なんであんたに禁止令を出されなければならないんだ! あたしと空は恋人同士でっ」
「宇津木ワールドっつーのは雰囲気が大切なんだろ? だったらテメェが猪突猛進して、豊福を襲ってくるのはKYもKYじゃねえか。あいつを立ち直らせるには、俺と豊福の宇津木ワールドオーラが必要なんだぞ」
うぐっ、それはそうだが……、鈴理先輩は不意打ちともいえる禁止令に身悶えた。
あぁああ、鈴理先輩がオアズケなんてできるんだろうか。
一日に一回はキスや押し倒し等々攻めを仕掛けてくる彼女だ。そう簡単にできるかどうか。
「豊福からも言ってやれ」
悪人面でご命令してくる大雅先輩。
どうやら昨日、面白半分に自分を弄くってくれた仕返しらしい。
大雅先輩はともかく、俺まで意地悪なんてしたら追々どんな仕打ちに遭うか。
だけど彼の言うことも正論だから。
「鈴理先輩、ちょっとだけの辛抱っすから。ごめんなさいっす。宇津木先輩を元気付けるためっす」
「うぬぅうううっ、そうだがっ、そうなんだがっ……、そ、空がそこにいるのに触れることもできないなんてっ! 生き地獄じゃないか!」
「すーずーり。我慢しねぇと書いてもらっている攻め女小説、読めなくなるんじゃねえの? んー?」
ニッタァッと悪魔な笑みを浮かべる大雅先輩に、鈴理先輩、敢え無く敗北。
壁に手を添えて、「くそっ」あたしとしたことが大雅に負けるとは、とブツブツ文句垂れている。フフンと鼻を鳴らして笑う大雅先輩は、許婚が暴走しそうになったら止めてやってくれと川島先輩にフォローを要請。
すっかり指揮官に成り上がっていた。頼もしいとはいえ、ちょっと調子付いた感もするけど気のせいかな。
「あ。話をしていれば百合子じゃん。ほら、二人とも」
川島先輩から出動命令が下った。
返事をする大雅先輩は、俺に声を掛けて歩き出す。慌てて俺は彼の後を追った。
あぁあ、だ、大丈夫かな……、宇津木先輩を元気付けられるような言動、これっぽっちもできる自信なんてないんだけど。
オドオドする俺に、「普通にしてろ」昨日話しただろ、大雅先輩は軽く頭を小突いてきた。
「あいつは仲の良い野郎同士を見て、脳内変換、物の見事にカップリングを作り上げるんだ。俺達は普通に仲良くしてりゃいいんだよ。ちょっち親密度は上げなきゃなんねぇけどな」
「仲良く……っすか。そうっすね、意識しないよう普通にしておくことにするっす。変に意識してもぎこちないっすもんね。宇津木先輩のために頑張りましょう」
目尻を下げれば、「ああ」先輩もクシャリと端麗な顔で綻んでくる。
ついつい俺は微笑ましくなった。大雅先輩、宇津木先輩に元気になってもらえるよう張り切ってるんだなぁ。
背後から見守っている鈴理先輩や川島先輩の視線を一身に浴びつつ、俺と大雅先輩は靴を履き替えている宇津木先輩の真横を通り過ぎた。
「あら」珍しい組み合わせですね、声を掛けられて俺達は立ち止まる。しめた、彼女から歩んでくれた。
声音からしてまだ落ち込んでいるようだけど、目は完全に興味津々。
これは初っ端からきたんじゃ……、俺達は彼女に挨拶して一笑する。
「さっきそこでバッタリ会ったんっす。と言っても、俺が待ち伏せをしていたんっすけどね。昨日、俺、大雅先輩にハンバーガーを奢ってもらったんでそのお礼を言おうと思って」
「まあ、大雅さんが?」
「昨日、豊福と話すことがあってさ。駄弁る場所が欲しくてファーストフード店に行ったんだ。ったく、金がねぇのなんだの気にするんだぜ? そんくれぇ奢ってやるっつってるのに、気にしやがって」
「だって悪いじゃないっすか。後輩として気にするっすよ」
「バーカ」テメェだから奢ったんだよ、グシャリと頭を撫でてくる大雅先輩は、ちっちゃなことで一々気にするなと言って歩き出す。
「あ、ちょっと」待って下さいよ、俺は宇津木先輩に会釈して彼の後を追う。
そのまま階段に差し掛かった俺達は、和気藹々と昨日のことを駄弁る。否、駄弁る振りをして背に受ける熱い視線を感じ取っていた。
「(これは食いついていますね、大雅先輩)」
「(ああ。スッゲェ熱い視線を感じる……、ノッケからこんなにも食いついてくるとは思わなかったけど)ってっ、あ、バッカ!」
おっとっと、俺は背後を気にし過ぎて足元への注意を怠った。
段を踏み外しそうになって転倒する俺の腕を掴み、「トンマ」何してるんだと大雅先輩が上体を起こしてくれる。
すみませんと頬を掻く俺に、心臓に悪い奴だと大雅先輩は溜息をついて腕を引いた。
と、同時に。
キラキラキラキラ、超すっごいキラキラオーラを向けられる。
「もしかしてお二方は無自覚に好意を寄せあ……、ダメダメ、空さんには鈴理さんがいるのですからそんなことは。嗚呼、だけどこれはとても美味しいっ……、どうしましょう。どうしましょう」
わたわたと興奮している宇津木先輩は、これは調査する必要があるかもしれない、と盛大な独り言を口ずさんで胸を躍らせていた。
予想以上の手ごたえに俺達は喜びを通り越して冷汗だ。本当に宇津木先輩、落ち込んでいるのだろうか?
疑心を向けてしまうほど、彼女の喜びようは凄まじい。冷静になろうと深呼吸をしている始末。
「怖いっすね宇津木フィルター」「まったくだ」小声で俺達は会話を交わし、小さく空笑い。彼女の脳内では今、どんな妄想が繰り広げられているのだろう? 想像するだけでも恐ろしい。
ぶっちゃけ朝のやり取りだけで宇津木先輩を立ち直らせた感がするけど、折角勉強したので本調子になってもらうまで俺と大雅先輩は『あくまで俺達は友情以上恋愛未満な関係なんだぜベイベ』作戦を続行することにした。
朝のやり取りだけじゃ本当に元気になったかどうか分からなかったしな。
来るべき昼休みになると、俺はわざわざ大雅先輩のいる教室まで赴いて一緒に学食堂へ。
偶然を装って鈴理先輩達と落ち合い、ひとつの席で飯を食うことにする。
なんだか鈴理先輩が欲求不満なのだよオーラを醸し出していた気がしたけど(食いたいのだよオーラが半端なかった!)、気付かぬ振りをして俺達は昼食を取り始める。隣に腰掛けてくる大雅先輩とアイコンタクトを取りつつ、向かい側に腰掛けている百合子お嬢様の視線をどう受け流すか思案。
嗚呼、期待されている。
仲良くしないといけないのは分かるけど、此処まで熱い視線を向けられるとやりにくいのなんのって動けないっつーの!
だがしかし、和気藹々と会話を交わしているよう演じている川島先輩と鈴理先輩から頑張れオーラ(と少々の欲求不満オーラ)を向けられるため、このまま黙々と飯を食うわけにもいかず。
俺は弁当を食いながら、目をあちらこちらに動かし、話題づくりに精を出す。
ふと大雅先輩の定食に目がいき、俺は瞠目。うっわぁあ、大雅先輩、焼き魚の食い方、下手くそっすね。
「先輩、もうちょい綺麗に食べましょうよ」
焼き魚の食べ方を指摘すると、「骨が鬱陶しいんだよ」食いにくいと投げやりに返された。
骨が鬱陶しいって除ければいいでしょうにっ、あーあーあーっ、見てられないっす。身がまだ超残ってるじゃないっすか!
「貸して下さい」俺は皿ごと焼き魚を取って、身を解し始める。
「勿体無いっすよ。身を差し出してくれたお魚さんのためにも、綺麗に食べてやらないと」
「ついでに小骨も抜けてくれ。取るのメンドイ」
「あーもう、我が儘っすね。骨くらい自分で取って下さいよ。しょーがないから、見える小骨は取ってあげますけど」
一生懸命に身を解していると、「俺の世話を焼けて幸せ者だな」なんてお言葉を頂戴する。
ホンット幸せ者ですよ。まさか他人の焼き魚の身を解す羽目になるなんて思いもしませんでしたから。俺は貴方のお母さんですか? けど、放っておくと身が余っちまうからなぁ。此処は俺が折れて身を綺麗に…、と。
「豊福って器用だな。箸使い上手いっつーか」
「んー? ああ多分、性格が出てるんっすよ。何事も食べ物は綺麗に食べないといけないって使命感から、箸使いが上手くなっているのだと。はい、解れましたよ」
皿を差し出すと、「サンキュ」大雅先輩が嬉しそうに受け取って魚を食べ始める。
まったく子供みたいな芸術的解し方をするんっすから、御曹司って不器用なんっすね。
これだから坊ちゃんは……、憮然と肩を竦めていると、「今度からは」豊福に魚を解してもらうかっと、大雅先輩がのたまった。
ウゲッ、なんっすかそれ。俺は貴方の世話係じゃないっすよ、ジョーダンじゃないっす!
「毎度こんなことをさせられたら堪ったもんじゃないっすよ。綺麗に食べるよう努力して下さい」
「いいや、俺はもう決めた。今度から焼き魚は全部テメェに解してもらう。これは命令だからな。俺はテメェの世話を焼いてろ」
うーっわ、出たよ俺様。
全国の夢見る女子の皆さん、これが俺様の真骨頂っすよ。
こんなことを言われて萌えのきゅんになるんでしょうか? 俺には分からない世界っす。
「世話を焼くって」俺は貴方の奥さんっすか、ツッコミを入れると、「それもいいかもな」大雅先輩が悪ノリをかました。
ははっ、言ってくれちゃったよこの人。
こんなことを言われてさ、俺は喜びも何もしないのですが……、しないのですが……。
「あれはプロポーズでしょうか。いいえ、でも空さんには鈴理さんがいますし。だけど、どけど……、あぁああ……、いつからお二人はあんなに親密にっ」
………。
俺と大雅先輩は川島先輩と鈴理先輩に目で訴える。
もう元気になったようだから、この役目、終えていいっすか? と。
二人の視線はNOだった。もう少し頑張って役を演じてくれ、まだ彼女は本調子じゃないから。……マジっすか、これでまだ本調子じゃないんっすか!
鈴理先輩に至っては“あたしも全力で我慢するから頑張れ。ちなみに大雅の奥さんにはなるなよ”と視線で訴え掛けてきた。なるわけないじゃないっすか……、彼は悪ノリをかましただけっすよ!
「だけど……、なんだか物足りないような」
シュンッと宇津木先輩が萎れた。
う、嘘だろ。元気だった彼女が萎れちまったよ。俺達、こんなにも頑張っているのに!
この後、大雅先輩が俺の頭を撫でる仕草を見せたんだけど、彼女が元気になったのはほんの数十秒。やっぱり項垂れてしまう。クッ、友情路線だけでは満足できないのか腐女子さまっ。脳内妄想は友情路線じゃ物足りないんっすか!
それから二日、友情路線作戦で頑張ってみたけど結果は惨敗。
元気を与えることは出来ても元気付けるまでには至らなかった。
これには大雅先輩も思う事があったらしく、実践三日目を迎えた彼は路線を変えると言ってきた。その路線変更はズバリ、レッドラインギリギリまで関係を深める。友情以上恋愛未満カッコ親密度MAXカッコ閉じる作戦に変更すると言ったのだ。
つまり、一歩間違えば俺達はウェルカム宇津木ワールドの住人に成り下がるという、極めて危険な行為に踏み切ると彼は断言。
マジでやるのか、俺は顔を引き攣らせた。大真面目にやると断言する大雅先輩は、「これも百合子のためだ」苦虫を噛み潰した表情を作って額に手を当てる。
「あいつの腐フィルターを舐めていた結果がこれだ。もうちっとレベルを上げねぇとあいつの心は掴めねぇ。……やるっきゃねぇぞ。いいか豊福、テメェもレベルをMAXに上げろ。心は鋼鉄に、だ!」
「難易度高っ! ……む、無理っすよ。俺、今だっていっぱいいっぱいなのに」
「これが成功したらな。ケーキ五個、俺が奢ってやる。川島から二個、俺から五個、合わせて? おっと、テメェのご家族は三人だったな。じゃあ、七個、俺が奢ってやる。そしたら三人仲良く三個ずつ食える計算になるぞ」
ということは合わせてケーキが九個。
父さんと母さんと俺、満面に三個ずつケーキが食べられる贅沢が味わえる、だと?
「ケーキが九個……、父さん、母さんの土産。や、やる気出てきたっす! 大雅先輩、俺は夢見る女の子のために頑張るっす!」
萌えてきた、じゃね、燃えてきたぁああ!
気合を入れる俺を余所に、「豊福は扱いやすいな」これからもこの手でいくか、大雅先輩は忍び笑いで豊福攻略方式を得ていたという。
ということで、俺達は友情と親密度のレベルをMAXにまで上げてみました。
当たり前のように大雅先輩は俺を呼ぶようになったし、俺は当たり前のように彼の背を追うようになったし。鈴理先輩や川島先輩の協力を得て、わざわざ宇津木先輩が通る場所で偶然を装い、友情のイチャコラというものをしてみました。
鈴理先輩の欲求不満が溜まっていくのを肌で感じつつ、友情deイチャコラしちまったんだぜ!
例えば、そう例えば、「大雅先輩!」俺が廊下を歩いている先輩にキッラキッラした笑顔で呼ぶ。「んー?」気だるく大雅先輩が振り返る。俺、先輩ラブ的オーラで腰にタックル。先輩受け止める。
「ったく」仕方が無さそうに大雅先輩、頭をよしよし。俺、照れる。
どーだ! めちゃくちゃ頑張ってるじゃないか!
もはやケーキレベルじゃない、俺の頑張りはステーキレベルだと思うね! 夢見る女子の皆さん、これでキュンっときたなら俺にステーキを奢ってやって下さい!
ちなみにこの光景を見た鈴理先輩が「ゆ、許せるかぁあ!」猪突猛進してきそうになったのは伏せておく。
更に何をしたかっていうと、それを語るには時間を要するから省略。
とにもかくにも頑張ってみたんですよ、俺達は。恥を忍んで頑張ったんっすよ。
だけどここぞという押しが足りないのか、宇津木先輩は元気なったり、シュンっとなったり。
何かが物足りないと仰ってくれた。うむ、腐女子さんってのも意外とシチュエーションを要求してくるんだな。物足りなさを訴えてくるなんて。どうするれば彼女の心を掴めるか、元気付けられるか、お手上げ状態になった俺と大雅先輩はその日の昼休みに緊急会議。
中庭の木の根元に座って、俺は弁当を食いながら、大雅先輩は購買のパンを食いながら、この状況をどうするべきかと神妙な面持ちで語っていた。
「参ったなぁ。あいつ、やっぱ求めているのは友情じゃなくて恋愛なのか。最後の一押しがどうしても足りないみたいだなぁ」
ヤキソバパンを頬張る大雅先輩は、「押し倒しか?」百合子の目の前で俺が豊福を押し倒すしかねぇのか、ゲンナリして肩を落とす。
それはご免被りたい。さすがの彼女も黙ってはいないと思う。俺は引き攣り笑いを浮かべながら、箸でたくわんを抓んだ。
「大雅先輩って、ほんと、嫌々ながらも宇津木先輩のためによくやりますよね。フツーは此処までやりませんよ」
「俺だって、ぶっちゃけしたかねぇけど……、あいつが落ち込んでるなら何かしねぇとな。一応、あいつは未来の義姉だしな」
ちゃんと自分の立場を弁えている大雅先輩は、自分が彼女に対してできることはこれくらいなのだと吐露。
好きなくせに好きとも言えず、陰で世話を焼いている俺様に小さく瞬いて俺はコリコリとたくわんを噛み砕いた。
「辛くないっすか?」敢えて主語を省いて、世話を焼くことについて疑念をぶつける。素っ気無く否定する大雅先輩は、「テメェと同じだ」ヨーグルトを呑みながら返答。
「テメェだって許婚の俺と普通に友達してるだろ。変わらねぇよ、俺とお前の立ち位置」
随分違っていると思うんですけどね、俺は彼女の好意を受け止め、俺自身も好意を伝えている。
だけど大雅先輩は自分の好意を押し殺し、相手への好意が誰に向いているかも理解している。かんなり違うと思いますっすよ。
「ま、」お前が友達になりたいっつったからなってやったんだけどな。
だから感謝しろよ、庶民の願いを聞き入れたんだから、得意気な顔を作る大雅先輩に、俺はそうですね、と微笑を零した。
「俺、大雅先輩とこうして出逢えて良かったと思いますよ。友達になれて良かったっす」
ギョッと相手が目を剥いて驚いた。んで、「し……シアワセ者なんだからな」目線高く物申してくる。
うん、本当っすね、俺は貴方みたいな俺様系ミートロール男子をお友達に持ててシアワセっすよ。
振り回されることばっかすけど、それでも俺はこの人と友達で良かったと思っている。
食べ終わった弁当箱に蓋をして、俺は相手の体に凭れる。「重ぇ」抗議の声に、「兄弟ってこんな感じなんっすかね」俺は率直な気持ちを相手に伝えた。
「なんか大雅先輩と一緒にいると、兄ちゃんを持った気分っす。俺には兄弟がいないから、よく分からないんっすけど」
正しく言えば、超我が儘ジコチューな兄ちゃんを持った気分なんだけどな。
「豊福のところは、あれだよな。三人家族だもんな。兄弟欲しかったか?」
「欲しかったっすね。うちの両親、共働きだったから帰っても一人が多かったっすし。遊び相手もいなくてツマンナイって思うことも多々…、寂しいって思うことも多かったんっすよ」
だけどそれを言っちゃ申し訳ない気がして……。
大雅先輩は知ってると思いますけど、俺、父さん母さんの本当の子供じゃないんっす。本来は叔父さん叔母さんなんっすけど、本当の子供のように接してくれて。困らせたくないんっす。
何処かで重荷になりたくないって思っているのかもしれません。ただでさえ生活で苦労していますし。
「なあ、そう思うって寂しくないか? 豊福」
不意に会話を止められる。
「分かんないっす」俺は生返事した。本当に分からないんだ、それが寂しいってことが。
そしたら大雅先輩、不器用な奴だと苦笑いして背中に体重を掛けてくる。「重いっす」抗議すると、「んじゃこうだ」大雅先輩が雑草の絨毯に寝転んだ。俺も強引に寝転ばされる。見上げれば、眩しい木漏れ日に合間から見える青空。気持ちが良いな。自然と肩の力が抜ける気がする。
「豊福はさ」
どっかで寂しいんだと思うぜ、大雅先輩が肘を立て、そこに頭を預けると俺を見下ろしてきた。美形は柔和に綻ぶ。
「分からねぇなら分からねぇでいい。気付いたら、俺が教えてやっから。そりゃ寂しいんだろって。寂しい時は、しょーがないから傍にいてやるさ。一人じゃどうにもなんねぇ時ってあるだろ?」
「ははっ。見返りが怖いっすね」
「庶民のテメェの見返りなんざ高が知れてるっつーの。ダチだし、なんかあったらテメェは俺の傍にいときゃいいさ」
なんっすかそれ、口説かれてるんっすか。
笑う俺に大雅先輩も一笑。癖のある人だけど、俺は大雅先輩と知り合えて良かったと思う。ほんっと良かったと「えぇええ?! ナニソレ、百合子!」
………何事?
俺達は顔を見合わせて上体を起こす。
今、川島先輩の声が聞こえたような……、気のせいじゃないよな。
大雅先輩も反応したわけだし。今の声は西校舎からだよな。
もしかして何かあったのか、好奇心を掻き立てられた俺達は弁当箱や水筒、飲みかけのヨーグルトをそこに放置して、駆け足。
声の聞こえた方角へと向かう。川島先輩の声は西校舎曲がり角から聞こえた。飛び込もうとしたけど、目に映った光景に何だか飛び込めなくって俺と大雅先輩は曲がり角陰からこっそりと向こうを覗き込む。
向こうでは川島先輩を筆頭に、困ったように笑う宇津木先輩と、額に手を当てている鈴理先輩。どうしたんだ? 三人揃って。
「ま、まさか元気付けてくれているなんて」
宇津木先輩は申し訳無さそうに頬を掻き、
「そ、そんなことで落ち込んでたの?」
川島先輩は絶叫していた。
「早苗さんには言っていたじゃありませんか。来週の日曜、コミックマーケットがあるから是非それに行きたかったのですけれど、両親や楓さんから危ないから駄目だって止められてしまい、行けなくなってショックだったっと」
わたくしの大好きなBL作家様がそこで同人本を出すのですが、それが会場限定で。
HPにアップもしないそうですし、冊数も少なく……、わたくしはとても落ち込んでいましたの。開催日が近付くごとに落ち込んで落ち込んで。行きたいのに行けない辛さ、それが胸を締め付けてしまってっ……、あぁああ誰か代わりに行ってくれないでしょうか! と、心中で嘆いていたのです。
だけどわたくしネットにお友達もいませんし、BL本を買ってくれるようなリア友いませんし、頼むには少々恥ずかしいですし。
「ずっと早苗さんに言っていたのに、お忘れになっていたのですの?」
「そ、そんなクダラナイことであんなに落ち込んでいると思わないっしょ!」
心外だと宇津木先輩は大反論。
「クダラなくないですわ! わたくしにとっては死活問題ですもの!」
事情を聞いた鈴理先輩は深く、ふかーく溜息をつく。
「……どうするんだ早苗。空と大雅が知ったらっ……、嫌がるあいつ等を無理やりBL展開にさせていたんだ。怒るぞー、これを知ったら。あたしも禁欲させられてっ、はぁ…、まあ友の落ち込む原因が知れたから何も言わんが」
「わたくしのためにそこまでしてくれていたなんて、ホンット、美味しい光景でしたわ。もう少し、二人がスキンシップとしてボディタッチ以上のことをしてくれたらと「あたしが許すか!」
喝破されて、本当に物足りなかったのだと宇津木先輩。
夢見る女子の理想は高かったようだ。やっぱ友情じゃ駄目みたい。
一方で川島先輩はすっごく焦っている様子。
「ま、不味いなぁ。まさか同人本のためにいちゃつかせていたなんて知ったらっ……、鈴理。百合子。これはあいつ等に秘密にすべきこと! 秘密にしておこう!」
「しかし、空達にはなんて誤魔化すんだ」
「今から考えるんだって。大丈夫、小説を書いているうちと百合子に掛かれば、誤魔化しの一つや二つ思いつくし!」
もう手遅れっす。
ズーンっと落ち込む俺は「同人本って」なんかよく分からないけど、クダラナイことで阿呆なことをしていたのだと理解。
傍では同人本の意味を知っている大雅先輩が両膝をついて、「同人本かよ」俺の苦労と心配と捨てた羞恥や自尊心はどうなる、盛大に嘆いていた。もう目に当てられないほど落ち込んでいた。
そうっすよねぇ。
無理やりBLさせられ、アジくんにまで手伝ってもらったり、本屋で自主勉しに行ったり。
グズッ、涙が出てきそうだぞ。俺。
「ふっ…、ふふっ」
某俺様が不敵に笑い始めた。
ギョッと驚く俺が恐る恐る声を掛ければ、「もういい」大雅先輩が吹っ切れたように美形スマイル。
どうせ地獄に落ちた身(地獄?)、とことん落ちるべきだ。
好いている女を喜ばせることをしてやろうじゃないか。
物騒な事をブツクサ呟き始める大雅先輩は、ゆらっと立ち上がり、「な?」一変して満面の笑みを浮かべてくる。
「豊福、俺達はそういう運命なんだ。諦めて落ちようぜ?」
「ちょ、お、おぉおお気を確かに。大雅先輩っ…、どういう運命か、まったくもって、り、理解できなっ「落ちちまうぜ? なあ?」
うっわぁあああああっ、大雅先輩がご乱心したぁああ!
「い。嫌っすぅうう!」逃げ出す俺に、「待ちやがれ!」追ってくる大雅先輩。
至近距離にいたせいか、すーぐ捕まって、あれやこれやの大騒動。
「は、早まったらおっかさん泣くっすよ!」
「るっせぇ!」
こんな大騒ぎをしていたものだから、声を聞きつけた三人がこっちにやって来て。
「ゲッ! と、豊福。二階堂!」
川島先輩は今の話を聞いてしまったのだと察してくれる。
「お、怒ってるよね?」聞いてくる彼女に、どっか螺子を飛ばしている大雅先輩はゼンゼンだとニコリ。
め、目が笑ってねぇよ先輩!
「おかげ様で俺は大事なことに目覚めたみてぇだ。な、豊福」
「おぉおお俺は目覚めていませんっす! 一生目覚めないことだとっ」
「ンだよ、照れやがって。じゃあ目覚め、俺が手伝ってやってやるよ。さっさと人気のねぇ教室に行こうぜ。手取り足取り腰取り、じっくり教えてやるし。泣かせてやるぜ?」
「ウギャァアアアア! ご、ご乱心にもほどあるっすっ! おぉお俺は男であろうと女であろうとスチューデントセックスは認めてないっ……、鈴理先輩、ヘルプっすー!」
「他の奴の名前を呼ぶんじゃねえ! テメェは俺のだ!」
「なんで今更、俺様を発揮するんっすかぁあああ!」
「に、二階堂! うちが悪かったからっ、豊福を鈴理に返してやってっ……、あいつの欲求が爆ぜそう!」
知ったこっちゃないと大雅先輩は、さっさ俺の体を肩に担いでズンズン歩き出す。
黄色い悲鳴を上げている宇津木先輩はあれこそが俺様だと目を輝かせ、青筋を立てる鈴理先輩は握り拳を、川島先輩は深い溜息をついた。
俺は当然「下ろしてくださいっすぅうう!」宇津木ワールドの住人にはなれないと大暴れ、嘆いていたという。
まさしくカオス化したこの現場。
この後、暫くの間大雅先輩の機嫌は直らず、川島先輩はご機嫌取りとして今度は宇津木先輩を使う目論見を立てることにしたらしい。
まあ、その必要は無いと思う。
何故なら、ドドド不機嫌になる大雅先輩に宇津木先輩がお詫びと、それから親身に心配してくれていたことに対してお礼を言った。それだけで大雅先輩は軽く頬を赤くして、「もういい」とそっぽ向いていたのだから。
一方、本当の意味地獄を味わったのは俺だ。
嫌々BLさせられた挙句、禁欲を強いられていた鈴理先輩のご機嫌取り(という名のキス嵐)をしなければならなかったのだから。
「せ、先輩っ……、も、無理っす……、ちょっと休憩……しましょうって。はぁ……、息が続かないっす」
「駄目だっ! あたしは我慢していたのだぞっ! むう、このままシてもいいな。空、スるか!」
「それこそ駄目っすっ! ……いっぱいキスするんで、それで許して下さいっす」
「空、おねだり」
「(犬みたいな命令っすね)あー、先輩キス下さい」
「クダサイは硬いと、いつも言っているだろ。やはり、スるしか」
「(うわぁああもう、ヤダァアア!)せ、せ、先輩。キス……、ちょーだいっす」
「うむ、可愛いおねだりだからキスで許してやる!」
誰が一番の被害者かって、そりゃ勿論俺に決まっているよな。
それにしても川島先輩に大雅先輩、いつ、ケーキを奢ってくれるんだろう? 俺、待っているんだけど。
Fin.