草食、逆転を狙ってみる。
番外編。
空の、ちょっとした積極的な話。
〔鈴空/ほのぼの〕
「男の子はやっぱり肉食系だよね」
「わっかる。最近の男子って腰の重い奴が多いよねぇ」
ある日の10分休み。
職員室に用事があった俺は、廊下で駄弁っている同学年の女子生徒達の会話を耳にして興味を抱いた。
わざわざ足を止め、努めて背景を装いつつ彼女達の会話にダンボ耳を作る。
盗聴されているとも知らず、女子生徒達は和気藹々と笑声を漏らした。
どうやら彼女達はケータイ小説のような彼氏が欲しいと会話しているようだ。
ちょっぴり強引に女の子を振りましつつも、キスしてきたり、ハグしてきたり、俺のものだ宣言をして欲しい。夢見る乙女達はキャッキャッと騒いでいた。男の俺には分からないけれど……、女の子という生き物は強引に何かをされることが好きなのかな? リアルに強引なことをしたら張り手でも貰いそうな気がするけれど。
そこまで考えて俺は一人で手を叩き、納得する。前提条件にイケメンが必要か。うん、なるほど。そりゃハードルの高い理想だ。夢物語だよ。
いや、簡単にはいないよな。
イケメンが前提条件で、強引に女の子を振り回したり、キスしてきたり、ハグしてきたり、こいつは俺のものだ宣言をする男なんて。女の子ってどうしてそんなにも高い理想を抱くんだろう?
今のご時勢、男は草食化が進んでいるんだ。
そう簡単には理想を叶える男なんて見つからないだろう。草食男子の俺が言うことじゃないだろうけど。
同じことを思っていたようで、女子達が切ない面持ちを作って「そんな男なんていないよね」と口を揃えた。
「愛理の彼氏は肉食だっけ?」
「ううん。草食くんだよ。もう少し、積極的になって欲しいんだけど……優しいし、一緒にて楽しいんだけどなぁ。せめてキスくらい仕掛けてきて欲しいなぁ。ケータイ小説のように、『可愛いからキスしたくなった』って言ってキスをしてくれないかな」
あれ、よくよく考えてみると俺の身近にそういう方がいらっしゃったような。
「腰が重過ぎるのも論外だよね。あーあ、私の彼氏ってヘタレなのかなぁ。胸キュンなシチュエーションが欲しい」
………。
ダンボ耳を解除し、止めていた足を職員室に向けながら腕を組む。
どう考えても、どう考えてもさ、今の話。俺と鈴理先輩に当てはまらないか? 当てはまるよな。腰が重い男子といい、強引肉食系といい、ヘタレといい。
俺達は逆転カップルだ。カレカノの立ち位置が逆転している。とはいえ、性別は変わらない。俺は男で彼女は女だ。……やっぱり男なんだから、それなりの行動は示したほうがいいのかなぁ。鈴理先輩がそれを望んでいるとは思えないけど、でも、あまりにも消極的過ぎると溜息をつかれることがある。
普通に考えて、好意を寄せている相手に好意を返されたら嬉しいもんな。
俺だって例外じゃない。攻め攻めな彼女に振り回されてはいるけれど、やっぱり向けられる好意は嬉しいもん。……たまには肉食くんになってみるのも手か?
「キス、強引に奪ってみるか。男として」
脳内で結論を出し、握り拳を作った。が、本当にそんなことができるのかとヘタレてしまったのはこの直後。
そうだった。自分で認めるのも虚しいけど、俺ってヘタレの意気地なし受け身草食くんだったよ。肉食ガンガンいくぜ攻め女の彼女の唇を奪えるのかなぁ、ほんっと。
□
「―――…うむ、それでこのケータイ小説では王子と呼ばれた生徒会長に求愛されるのだが。……ん? 聞いているのか、空」
「え、あ……勿論聞いてますよ」
昼休み。
2年F組に遊びに来ていた俺は、ケータイ小説を熱弁していた彼女の問いにへらっと誤魔化し笑いを浮かべた。
簡単に嘘だと見破る鈴理先輩はぶすくれた表情を作って、「あたしの話を聞かないとは何事だ」とお叱りの言葉を飛ばしてくる。申し訳ないと思いつつ、俺はひとりでガッチガチにテンパっていた。
計画を企てた途端、これである。相手を必要以上に意識してしまい、頭上に自分の感情を具体化した黒い糸がもじゃもじゃと絡んでしまった。
あーくそっ、意識するなするなするな! キスを奪うのはもっと人気のないっ、放課後の時間を狙ってだな。
「空、まーたあたしの話を聞いていないな?」
と、お小言を飛ばしていた彼女が一層咎めの声を強くした。
おどろおどろしいオーラを発してくるあたし様に、俺は悲鳴を上げそうになる。やっべ、彼女を怒らせた! きっとあたしが傍らにいるのに、上の空とはどういうことだ! 調教してやろうか! とでも思っているのだろう。目が据わっている。
怖ぇーよ先輩! 下手したら此処で仕置きしてきそうだよ!
(いや、この危機はもはやチャンス! やるっきゃない! いけ俺、少しはヘタレを返上しろ!)
多大な勇気を抱き俺は、周囲をきょろきょろと見渡して比較的に人がいないことを確認。
今がチャンスだと椅子から腰を浮かして、お怒りの彼女に手を伸ばした。
反射神経のいい彼女が俺の腕を掴まなかったら、チャンスは活かされていたのだろう。けれど、ガッチリ腕を掴んでくるもんだから俺はしっかりと硬直。教科書にはない、新たな場面に千行の汗を流す羽目になった。
「空?」何をしているのだ? 意表を突かれた鈴理先輩が間の抜けた顔を作ってくる。
臨機応変な対応を取れない、融通の利かない俺はテンパりにテンパって、あらかじめ用意していた台詞をぽろっと零してしまった。
「せん、ぱい。可愛い、から、キスっ、」
この噛み具合、最高に最悪だ。格好悪いにも程がある。
本当は『可愛いからキスをしたくなった』と言いたかったのに!
羞恥のあまりに耳まで熱帯びてしまう。対照的に真ん丸おめめを作った彼女は、ほぼ無自覚に「キスしたかったのか?」と問い掛けてきた。
何度も首肯する。
「お、れだって、先輩の、こと好きで」
嗚呼もう、いっそ殺してくれ。
計画に失敗した俺は今、世界中の誰よりも恥ずかしい思いをしている!
半べそを掻きたいような気分に駆られていると、逸らしていた顔を強引に戻され、近付いてきた唇に言葉を塞がれる。
不意打ちのキスに目を点にしてしまう俺を余所に、両頬を包んでくるあたし様がふっと笑みを零した。
「空があんまりにも可愛いからキスしたくなった」
―――…どこまでいっても俺達は逆転カップルなんだと思い知った瞬間。
しごく受け身な俺と、しごく攻め身なあたし様じゃあ、結局逆転の逆転、つまり普通のカップル論には当てはまれないんだ。
幸せそうに笑って抱き締めてくれる彼女にへにゃっと笑い返し、「俺は貴方の物だからキスして欲しくなったんです」と告げる。「そうだな」あんたはあたしの物だ。首に柔らかな唇を押し付けてくる所有主。吸引された痛みすら愛おしいと思った。
ここで留まってくれたなら俺達はいい空気で終わったのだろうけれど、遺憾なことにお相手はあたし様。これで終わるわけがない。
何を思い立ったのか、鈴理先輩が腕を解いて強引に俺を肩に抱えた。
ギョッと驚く俺を余所に、彼女は早足で教室を出た。かんなりヤーな予感を抱く俺は降ろして欲しいと乞うのも忘れ、「何処へ?」と恐々質問する。まったく答えようとしないあたし様は、ご自慢の綺麗な茶髪を揺らし、足先を階段に向けた。
おもむろに階段をのぼり始める。
一定の速度でのぼる階段の先に見えたのは、行き止まりの光景。屋上に続く階段まで足を伸ばしたのだけれど、残念なことに一般生徒では学校の屋上には踏み込めない。否、生徒では屋上に入ることすら不可能だろう。
最上階までのぼり詰め、あたし様は踊り場で足を止める。落とすように俺の体を床に放ったもんだから、受け身を取れず、尻餅をついてしまった。
「イッ、タタタ。先輩、何するんっすか。もっと優し、くっ」
人の膝の上に乗ってくる彼女が妖艶に綻んだ。
すかさず脳内でシチュエーションを考えてみる。
ここは踊り場。人気は殆どない。来る生徒は希少。つまりだあれもいない。そこに俺と先輩だけ……、だなんて、そりゃあもう、ね。あれだろ、あれ。そうあれだよ。やばいんだよ、ね!
「せ、せ、先輩。いつも言っていますけど、こういう空気はちょっと」
唇に人差し指が添えられ、言葉が途切れてしまう。
「空が言ったのだ。自分はあたしの物だと。キスして欲しいんだろう? なら、してやるさ。今度は子供だましじゃなく、本物のキスを」
あんたのために場所を移動してやったんだ。
強引に顔を引き寄せ、唇を食んでくるあたし様が口角を持ち上げた。「あんたはあたしのもの」目と鼻の距離で宣言してくる。
まるでケータイ小説のヒーローのようだと他人事のように思った。必然的に俺はヒロインなのだろうか? なんとも可愛くないヒロインなのだろう。……本当なら俺が彼女にこんなことを言うべき立ち位置なのだけれど(性格を考えると、無理だと思うけど)。
少し顔を動かせば、触れられそうな唇の距離に気付く。吐息すら感じるその距離を零にするために、少しだけ顔を前に動かした。
合わさる唇と不意打ちを食らった彼女の面持ち。なんだか得をした気分になる。
「生意気」唇に歯を当てられた。微かな痛覚に眉根を寄せる。それに目で笑い、鈴理先輩が鼻先に口付けした。
滑るように、唇に戻って呼吸を一つにする。子供だましじゃないキスをされるのだと本能で察する。だから微かに唇を開けたし、彼女は舌を割ってきた。本来不快である筈のぬめりが受け入れられるのは、彼女のものだからなのか。それとも。
融解する呼吸が熱く、思わず喉を鳴らす。震える手を持ち上げて、彼女の肩に手を置いた。彼女に触れることで、より繋がっている現実を感じる。
「今日の空はいつもより積極的だな。あたしを求めてくれているのか?」
なら、あたしのして欲しいことを察してみてくれないか。
肩を忙しなく動かす俺の顔を覗き込むあたし様の瞳を見つめ返し、顔を紅潮させた。
どうして、こういう時に限って察してしまう聡い俺がいるのだろう。ああでもっ、彼女の好意を返したい。その一心で、カッターシャツのボタンに指を掛ける。上から三つまで外し、鎖骨を露にした。
「お好きに」俺の精一杯に、「五十点だな」誘いに点数を付けられてしまった。
意地の悪い人だと唸りたくなったけれど、空気を壊すのもなんだと思っていい改める。
ケータイ小説の胸きゅんの一つが俺のものだ宣言なら、俺が言えるのはひとつ。
「―――俺を、貴方のものにして下さい」
間髪容れず、彼女は満面の笑顔を作った。
「満点」
細い指先。ざらついた舌。生ぬるい体温。
人の体に所有の証をつけてくる、微かな痛みと赤い痣。
それらを感じながら、俺は彼女の背に手を這わす。華奢な体躯はすっぽりと腕におさまった。こんなにも小さな彼女だけれど、中身は男以上の肉食獣だなんて不思議なかんじだ。
(俺から攻めても無駄だよな。彼女がそれを望んでいない。でも)
こうしてたまには、積極的に求めるのも良いかもしれない。あくまで受け男として。
「空。エッチしたい」「それはダメっす」「むっ、生殺しなのだが」「いっぱいキスしましょう」「……うーむ」「まだ痕もちゃんとつけてもらっていませんし」「むむっ」「持ち物には名前を書くものでしょう?」「仕方がない妥協しよう」
戯れるように彼女の額が俺の額とすり合わせてくる。
受け止めて破顔を零すと、彼女が本当に嬉しそうな笑みを返してきてくれた。
少しならず、胸キュンなシチュエーションを作れているのかと思うと、やっぱり逆転したままでいいやという気分になった俺、豊福空だった。
Fin.




