26 煤かぶり姫と束の間の平穏
「ベル、ティア………!?」
女子寮の前に佇むエドワードの上擦った声に、ベルティアはにっこり微笑む。
強気で清廉、それでいてどこまでも謙虚な微笑みは、周囲の視線を全て攫う。
「おはようございます、エドワードさま」
いつもよりも丁寧に、ゆったりと頭を下げる。
異国の踊り子であった母の親友として父の側近に嫁ぎ、共に辺境の地に残り、そしてベルティアの乳母を務めた女性の教えに従い、最も優美に見える所作を披露する。
普段のお手本通りのような教科書通りの所作ではない。
けれど、その所作はいつもの数倍は美しく、そして妖艶に映った。
「ど、どうしたん、だ?」
「ふふっ、少し、エドワードさまの隣に立っても恥ずかしくないよう努力しただけですわ。化けるでしょう?わたくし」
未だに驚きから抜け出せず目をぱちぱちとしているエドワードに、ベルティアはまた笑ってしまう。
顔を赤らめてひどく動揺している様は、見ていて気持ちがいい。
けれど、ベルティアはこれが彼の本心ではないと知っている。
彼との恋人関係は偽物であり、彼のベルティアへの告白は罰ゲーム。
ベルティアと彼の運命が交わることは決してない。
「約束通り、朝食を作ってきたよ」
「まあ、食べるのが楽しみです」
週末、彼の家で過ごす中で、ベルティアは彼が料理上手で、この前いただいたたまごペーストの朝食が彼のお手製であったことを知った。
そして昨日、今日からの食事は全て彼のお手製のものをいただくことになったのだ。
ベルティアは元来施しが嫌いだ。
人からの好意は裏があるのが常であり、受け取ると碌な目に遭わないことを知っているからである。
けれど、好きな人の用意する食事を食べるチャンスを自分の意固地で潰してしまうほどにバカでもない。
故に、ベルティアは彼からの施しを受けることにした。
空いた食費を父や領民のために持ち帰れるというのも大きい。
無論、これが、エドワードによるベルティアの胃袋を掴もう作戦であり、大好きな人に好かれるための必死の行動であるなどということは、ベルティアには全くもって伝わっていない。
こうしてエドワードは、ベルティアと3食共にする権利を手に入れた。
異常なまでにベルティアの味覚にぴったりな朝食と昼食を、彼の「あーん」攻撃を必死の攻防の末に回避しながら食べ、悪化したベルティアへの嫌がらせ攻撃をバレない程度に反撃しながら授業を受けていると、あっという間に放課後になった。
放課後は放課後で、彼の用意したひとくちサイズの焼き菓子にて「あーん」攻撃を受けることになったのだが、有意義な勉強時間を過ごすことができた。
ただひとつ大きな問題があるとすれば、彼が非常に、そう非常に甘ったるいことであった。
(何が楽しくてバカップルみたいなことをやらせようとしてくるのよ!!)
行動全てがいちいちいちいち、非常に甘いのだ。
砂糖を吐き出してしまいそうなほど甘いそれは、卒業までに貞操の危機を迎えそうなほどであり、ベルティアは若干身の危険を感じていた。
けれど、これまでにないほど楽しい学園生活だった。
身だしなみを少し整えるだけで、男からの攻撃が減った。
女からのやっかみはやはり未だに多いが、エドワードが庇ってくれる分、自分で注意しなければいけないことが減り、気分もすり減らなくなった。
こんな順風満帆な日々が卒業までずっと続くと思っていた。
けれど、現実はそう甘くはないのだった――。




