#13 冒険者の嘘
冒険者や職人たちで賑わう食堂でテーブルを囲む三人、ノンタとキリオ、そしてクライフ。
彼らの隣の席についたのは、若い女性二人組の冒険者。それぞれ革の装備に身を固め、腰には剣を差している。一人は肩まで伸びた金髪、もう一人は栗色のショートヘアで、髪の間からぴょこりと猫耳が飛び出している。
もれ聞こえる話からして、これから東のダンジョン攻略を予定しているらしい。
「君たち、東のダンジョンを目指すのかい?」
耳ざとく聞きつけたクライフが、すぐに声をかける。
「そうなんです、でも初めてなので、色々情報を集めていて……」
金髪の女性がためらいがちに答える。
「そういうことなら、力になろうじゃないか」
そう言うと、席を立ち、彼女たちの元へと足を向けるクライフ。白い歯が光るさわやかな笑顔を浮かべ、茶髪をかき上げながら、
「困っている人を見過ごすわけにはいかないからね」
「えーと……」
ごり押しのクライフに、やや引き気味の彼女たち。
だが、
「何しろ我々は、先ほど攻略を終えてきたばかりだからね」
「まじすかー!」
猫耳の女性が、興奮した様子で話に食いついた。
気づけば、クライフはジョッキを手に、彼女たちのテーブルに並んで座り、ノンタとキリオの存在など、忘れてしまったかのように話に興じていた。
「やれやれ」
しらけた思いで、キリオが小さくつぶやき、ノンタと顔を見合わせていると、
「任せたまえ! あのダンジョンのことなら全てを知り尽くしている」
クライフが豪語しながら席を立つと、ノンタとキリオの席に近づき耳元で囁いた。
「済まないが、これから彼女たちのダンジョン攻略の準備を手伝ってくるよ」
去り際にそのセリフと謎のウインクを残し、クライフは女性冒険者二人を伴い、颯爽と店を出ていった。
生ぬるい目で見送るノンタとキリオ。
「『ダンジョンの全てを知り尽くしている』だってさ~」
呆れたようにノンタが言う。
「あれだけ俺たちを振り回したくせにな……」
同調するキリオ。さらに、
(『今後は慎む』って、さっきの言葉は一体なんだったんだよ……)
心の中で、そっとつぶやく。
「たく、あの子は変わらないねー」
お代わりのジョッキを持ってきてくれた、女主人のマルタが、呆れたように笑う。
「クライフとは、昔からの知り合いなんですか?」
キリオが尋ねる。
「あー、あの子が孤児院でピーピー泣いてる小僧の頃からね」
なんでもないことのようにマルタが言った。
「孤児院~?」
驚いた顔でノンタが聞き返す。
「赤ん坊の頃から身寄りがなくて、孤児院に預けられてたのさ」
「冒険者・ガルドの息子なのでは?」
キョトンとした顔でキリオが尋ねる。
「ガルド? アハハハ!」
笑い出すマルタ。
「『伝説の冒険者・ガルド』、それはクライフが子供の頃読み聞かされた絵本の話だよ」
「「絵本!」」
思わず声が重なる、ノンタとキリオ。
「ガルドの息子ってのは、親のいないあの子が作り上げた、言わば夢物語みたいなもんさ……まあ、クライフの中じゃ、本当の話なのかもしれないけどね」
そう言って、マルタは空いた皿やジョッキを下げると、厨房へと戻っていった。
彼の嘘の正体──それは、妄想というより、強い願望をこじらせた末のものなのかもしれない。そう思うと、あまり責める気にもなれず黙りこむ二人。しばらくして、
「やっぱりさ~、悪い男じゃないんだよね~」
自分の言葉に、うんうんと頷きながらつぶやくノンタ。
「とか言って、お前、あいつのこと追放しようとしてたけどな……」
「あれ~? そうだっけ~……あはは」
ノンタのその乾いた笑いを潮に、店を出ようかと、席を立つ二人。
「あれ~? 本がないよ~」
テーブルに置いてあったはずの『ダンジョンの歩き方(VIP用)』が、見当たらない。皿の影やテーブルの下を探しても、どこにもなかった。
となると、考えられることは、ひとつしかない。
「「クライフ!」」
同時に顔を見合わせるノンタとキリオ。
そして脳裏に蘇るのは──『ダンジョンの全てを知り尽くしている』、豪語した彼の言葉。確かに、あの本があれば、「知り尽くしている」という言葉に偽りはないかもしれない。
「とりあえず、嘘はやめたみたいだね~」
呆れたように、ノンタが言った。
「いや、それって……」
そこで言葉を切ったキリオ。
(虚言癖の代わりに、盗み癖ってか……)
それはさすがに言い過ぎかと、続きを飲み込んだ。
そのまま二人は席を立ち、会計に向かう。
「お代なら、もういただいてるよ」
女亭主のマルタが、何でもないことのように言った。
「え?」
「クライフが、あんたたちの分まで払ってったよ」
キリオとノンタは、しばし顔を見合わせる。
「……あいつ、本のお代のつもりか?」
キリオがぽつりとつぶやく。
ノンタは少しだけ笑って、
「やっぱりさ~、悪い男じゃないんだよね~」
顔を見合わせるノンタとキリオ。
「「はー」」
二人で大きなため息をつき、店を後にした。
外へ出ると、街は夕暮れに染まりはじめていた。
美味い酒と料理を堪能し満ち足りた思いで、二人はふらふらと通りを歩く。昼間の喧騒が少しずつ落ち着き、石畳には家路を急ぐ人々の影が長く伸びていた。
見上げれば、空は茜色。ここ数日ダンジョンの暗がりにいたせいか、その色がやけに目にしみた。
しばらくして、気づけば二人は、街の停車場にたどり着いていた。
「南行きの馬車、いらんかね〜」
出発を告げる、馬車の呼び込みの声が響く。どうやら、この街を出る最後の便のようだ。
ノンタとキリオは、どちらからともなく顔を見合わせた。
「いくか!」
「そだね~」
迷いの無い返事を返すノンタ。
二人が馬車に乗り込む。すぐに、車輪がゆっくりと軋みはじめ、馬車は茜色の空の下を、新しい街に向けて走り出した。




