#01 中堅芸人のお仕事
晴天の空の下、地方TV局のロケバスが、車の少ないのどかな国道を進んでいる。
まったりとした空気が流れる車内、中ほどの席で仲良く並んで座る二人の男。着慣れた派手なスーツにチェックの蝶ネクタイ姿。
一見コミカルに見える衣装、だがよく見るとくたびれた生地には皺が目立ち、蝶ネクタイも所々、糸がほつれている。何やらみすぼらしくもあり、その派手さがどこかスベっているようにも映る。
窓側の席に座る小太りの男が一冊の漫画を、だらしなく広げていた。ページに描かれているのは、古いヨーロッパを思わせる街並み、商家や馬車、剣を携えた冒険者風の男……
「なんの漫画読んでるんだ?」
隣に座る痩身の眼鏡をかけた男が、さして興味がなさそうに聞いた。
「あ〜これ? イセワンだよ~」
気の抜けたような口調で返事をする小太りの男。
「イセワン?」
「知らない? 『異世界行ったらお笑いグランプリでNo1になった件』だよ〜」
「なんだそりゃ……面白いのか?」
「ぶっちゃけ、びみょ~」
「微妙なのかよ」
呆れたように乾いたツッコミを返す眼鏡の男。
小太りの男はページをめくりながら、どこか他人事のように続けた。
「いや~、最近どこの舞台でもスベってばっかりだし、これ読んでお笑いの勉強でもしようかな~って」
「いやいやいや!」
小太りの男の返事を聞き、眼鏡の男が脊髄反射の速さで否定した。
ロケバスに乗るこの二人は、売れない中堅芸人コンビ。小太りのノンタと眼鏡のキリオ。高卒でお笑い養成所に入り、芸人を始めて早10年。30歳を前にして、二人はここ最近、どの舞台でも手応えが掴めず、もやもやとした日々を過ごしていた。
今日は珍しくテレビの仕事。とは言え地方番組の一コーナー。大きなチャンスとは言い難い、しかし失えばさらに厳しくなる──そんな状況で二人はロケ地に向かっていた……
眼鏡の男、キリオが、ノンタの勉強発言に噛みつく。
「漫画で勉強って……勉強するなら売れてる芸人のネタ動画見るとかさー、他にする事あるだろ」
キリオの言葉にノンタは少しだけ顔をしかめた。
「え~、でもそういうの見ると自信なくすし~」
ノンタの言葉に、キリオは小さくため息をつく。
「はー……たく、しょうがねーな。そんなんで今日のロケの仕事、大丈夫か? ベテランの大物タレントと共演だぞ」
「それね~、オレ、大物タレント苦手だな~」
「まあ気持ちは分かるけど。正直笑いのツボとかわからないしな」
「あと、突然キレたりするし~」
「それな」
二人は顔を見合わせ、乾いた笑いを漏らした。
しかしその笑いも、すぐに消える。ノンタは膝の上に漫画を放るとシートに沈み込み、ぽつりとつぶやいた。
「はぁ~憂鬱。いっそのことこのバス、事故にでもあわないかな~」
「おまっ、なんちゅうことを!」
キリオが慌ててツッコんだ、その瞬間──
キィィィィィィィッ!
車内の空気を切り裂く鋭いブレーキ音。
前を見ると、フロントガラスの向こうに、フラフラとバランスを崩した大型トラックが、反対車線から飛び込んでくるのが見えた。
そして。
ガシャーン!
大きな衝撃、続く浮遊感。まるでスローモーションのように……ノンタが読んでいた漫画、その開いたページがゆっくり宙を舞っていく。
次の瞬間、視界がぐるりと反転。
「うわぁぁぁぁ~!」
「ぬぅぉぉぉぉー!」
横転するロケバス。二人の目の前が真っ暗になり、そのまま何処かへ引きずり込まれるように意識を失った。
「……はっ!」
あわてて目を覚まし、体を起こすキリオ。ずれた眼鏡をかけ直し、周囲をキョロキョロ見回す。
「えっと……ここは?」
上空に広がる広い空。周囲を覆う草木が生い茂る大地。その先に広がるなだらかな丘陵の向こう、城壁のような塀に囲まれた石造りの家々、カラフルな屋根が連なる街並み。
見知らぬ世界……いや、どこかで見たことがある──というか、ついさっきも見たような……まるで古のヨーロッパのような風景が広がっていた。
あっけにとられていると、隣からノンタの声が聞こえてきた。
「いや〜、来ちゃったみたいだね~、異世界」
それはまるで、電車に乗ってて「なんか乗り過ごしちゃったね〜」ぐらいの軽い口調だった。
「え、異世界? どういうこと……?」
キリオの質問に、ノンタがにやりと笑いながらキリオの体を指差す。つられるようにキリオも視線を落とした。
自分が着ているもの……先ほどまでの漫才用のスーツではなかった。粗末な布に雑な縫い代のシャツと擦り切れた革のベスト、使い込まれた革のブーツ、まるで見習い冒険者のような粗末な身なりだった。
「ちょ、いつのまに……」
現実とは思えない展開。混乱したキリオが、ノンタを問い詰める。
「一体どうして? 俺たちどうなったんだ?」
「まあ~、異世界転生もののお約束だよ~」
「えっ? お約束?」
「この手の話、いつも突然、異世界に飛ばされるし、『どうやって飛ばされたのか』、そのへん割とどうでもいいからね~」
「な、なんだこいつ。急にメタいこと言いだして……」
キリオは困惑顔でノンタを見ながら言葉を続ける。
「でも転生ってことは……俺たち、死んだのか?」
ノンタは肩をすくめた。
「あ〜そこ? 転生か転移か……それも大した問題じゃないよ。ま~大事なのは、異世界に行ってから何が起きるのか、だからね〜」
「なんなんお前、その"全て受け入れました"みたいな感じ。理解が早すぎて怖いんだけど……」
だがノンタは、どこか楽しそうですらあった。
「まあぶっちゃけ、今日はもうスベらなくて済みそうだから、ラッキ~って感じかな~!」
「ポジティブか!」
鋭くツッコミを返すキリオ。だが、それに構わずノンタは額に手をかざし周囲を見渡す。
「さ〜て、この世界はどんな魔法があって、どんなモンスターが出てくるんだろうね~」
「ずいぶんベタな異世界だな……。でも大丈夫か? 俺たちこんな軽装で、何の武器も持ってないのに、ヤバい奴と出会ったら……」
キリオの不安をよそに、ノンタは自信満々に言った。
「そこはほら〜、オレたちには"笑い"があるじゃないか~」
「は? おまゆう? 散々スベり散らかして、すっかり自信なくしてたくせに」
「まあまあ〜、心配ないって! 笑いはモンスターを倒してドロップするのを待つだけだよ~」
「はぁー? 何て?」
キリオは小首をかしげて更にツッコむ。
「えーっと……『ドロップ=落ちる』でオチをつけました、みたいなこと? ドヤ顔してるけど、全然面白くないぞ」
だが、ノンタは一切気にした様子もなく口を開く。
「とりあえず〜、まずは、どこを目指そうかね~?」
そう言って街の方を見渡しはじめる。
「いや、俺のツッコミはスルーかよ!」
キリオの叫びが虚しく空に消えていった。




