第二十五話 番を手に入れて起死回生を目指す悪役令息
「――で、また気を失ったのね」
紗良は、鉄格子に手をかけながらため息を吐いた――。
彼らは、地下牢にいる。目の前で床に倒れているフランツを眺めていた。
フランツの悲鳴とヴォルフの合図で地下牢に走ったジョバンニが見たのは、すでに床に倒れて気を失っているフランツと、鉄格子に手をかけて困惑した表情をしている河童少年だった。
「おじちゃん、僕の事をみたら『ひやー!』って言ってね。また、おねんねしちゃったの。
おじちゃんが鬼さんなのに、見つけてくれないから、僕、おじちゃんに、いっぱいヒントを出したの。
紗良もかくれんぼする時に、ヒントって言うでしょ――」
早く起きないかなとフランツを眺める河童少年。ヴォルフが事情を説明しようと口を開いた。
「河童くんは、透明お化けになってフランツ……兄さんとかくれんぼしてると思っていたみたいで、それで兄さんに見つけてもらおうとして『あああ』って声を出したり、『ここだよ』って小さい声で言って、目を開けたり閉めたりしてヒントをだしてたんだけど……」
困った表情をして顔をあげたヴォルフの言葉を今度はジョバンニが継いだ。
「フランツのやつ、暗闇からの河童にめっちゃくちゃ怯えたみたいだぞ」
クククとジョバンニは、肩を揺らした。
「フランツ兄さん、河童くんのことを『なんだよ? なんなんだよ? どっから聞こえてくるんだよ。話が違うぞ!』って、すごく怖がってて、あ、でも怒ってて、河童くんのこと、全然見つけられなくて――それで、河童くんが『僕!! ここ!!』って叫んで、兄さんに走っていったの」
「で、河童に突進されたフランツが、悲鳴上げて――また気絶したらしい」
マジで俺の予想通りと腹を抱えて笑っているジョバンニに、紗良はため息を吐いた。
「笑ってる場合じゃないでしょ。こんなに何回も気絶して、頭ぶつけて――彼、大丈夫なの?」
どうするのよと鉄格子に視線を戻した紗良。彼女の背中をじっと見つめているヴォルフにジョバンニが心配そうに声をかけた。
「どうした? ヴォルフ、他にもなんかあったのか?」
「――バッバを欲しいって。今度は、俺の為に働いてもらうって……言われた」
ヴォルフの言葉を背に紗良は、はぁとため息を吐いた。
「こいつ、やっぱりか……」
呟くように言ったジョバンニは、不機嫌に鉄格子の向こう側を睨みつけた――。
しばらくの沈黙の後、
「紗良、僕、お腹空いた」
上目遣いに尋ねた河童少年。
「ごめんね。おやつの時間、とっくに過ぎちゃってたね」
紗良は彼にやわらかな笑みを浮かべると、少年の手を取った。
河童少年の手を握りしめながら鉄格子の中を眺めた紗良は、
「フランツ、とりあえず息もしているようだし……苦しそうな顔もしてないし、頭も血とか出てないし――大丈夫よね。
当分、このまま眠っててもらって――まずは、河童ちゃんにおやつを食べさせるわ」
ちょっと行ってくるわねとジョバンニとヴォルフを見遣った紗良は、少年の手を引いて地下牢を後にした。
「ヴォルフ、アレックスさんのところに一緒にいってもらえるか? 俺、どうしても気になるんだよな。こいつがなんで今になって紗良を欲しいとか言い出したのか……なんで、こんな臆病な奴が一人で、ここに来たのか――」
階段を昇って行く二人を眺めながら訊ねるジョバンニに、ヴォルフはこくりと頷いた――。
――ドンドンドン
――ガンガン
階下から聞こえてくる乱暴な響きにジョバンニは、はぁとため息を吐いた。
本土から急ぎ戻ったジョバンニとヴォルフは、紗良と湯あみ場に集まっている。
暑い夏の陽射しを浴びながらボートを漕いで島に帰ってきたジョバンニは、疲れ切った表情で木の椅子に腰を下ろしていた。
疲労感を漂わせてぐったりとしているジョバンニは紗良から麦茶を受け取ると一気に飲み干し――
――ガンガンガンッ ドンッ
フランツの壁を叩く音に、ジョバンニは大きくため息を吐いた。
未だ肩で息をしているジョバンニに紗良が湯あみ場の端の方へと移動しながら、
「フランツ、あなた達が帰ってくるちょっと前に起きたんだけど、彼、河童ちゃんがいないってわかったからか――なぜか急に強気になっちゃって。
ずっとガンガンやってるのよ。このままじゃ、塔が壊れちゃうわ」
隅に置かれていた椅子を持ち上げると足早に彼らの方へと戻り、二人と向かい合わせになるように腰を下ろした。
どうしたものかといつもの様に腕を組んだ紗良は、床に視線を漂わせた。
「河童はどうした?」
湯あみ場を見渡しながらジョバンニが尋ねる。
紗良は、ふっと笑みを浮かべながら答えた。
「居間で寝てる。おやつを食べたらすぐに寝ちゃったの。河童ちゃん、下がこんなにガンガンうるさくても、全然平気みたい。サークルの中で気持ちよさそうに大の字になってるわ」
ふふふと思い出しなら頬を緩めている紗良に、ジョバンニは「そうか」と柔らかな笑みを浮かべた。
しばらくして息が整ったジョバンニは、本土での事を思い出しながらククク肩を震わせて、
「アレックスさんにフランツが島に来てるって事を話したら、アレックスさん、面白そうに笑ってたよ。
『フランツめ、必死だな』って言って――やっぱり、あいつ、この十年、色々とやらかしてて、侯爵家にも見限られたらしくて――廃嫡が決定したらしい。奴の妹が正式な侯爵家の後継として選ばれたみたいだ。
まあ、あいつの妹も大概だからな。この決定には、アレックスさんも複雑な顔をしていたよ」
「フランツが、廃嫡――ってことは、私達と同じ平民?」
「まあ、廃嫡されても侯爵家を継げないってだけで完全な平民とはちょっと違うからな。侯爵家の領地内でなら、働かずにぬくぬくと暮らすことくらいはできるんじゃねぇのか。でも、あいつの性格なら……そんな事受け入れられないんだろうな」
――ガンガンッ ドンッドン
紗良がうんざりとした様子で床に視線を落とした。ため息交じりに口を開く。
「――それで、私を働かせるって発想になったのね。私の能力を使って……って、私にはなんの能力も無いわよ。大体、私、この世界を豊かにする要員として召喚された訳じゃないし」
紗良の言葉に神妙な面持ちをして黙りこくっているヴォルフ。彼をちらりと見遣ったジョバンニは、彼の背中をポンポンと叩きながら、
「まあな。でも、あいつにそれを言っても絶対に納得しないだろうから……やっぱりお前は、島にいないって事にして……アーサーとカイルと一緒に召喚士のところに行ってるって事で話をしてくるわ」
不安そうにして顔をあげたヴォルフに、ジョバンニは、にんまりと口角を上げて「大丈夫だ」と囁くと彼の背中をバンっと叩いて、
「じゃあ、俺、奴と話をしてくるわ。まあ、あいつが廃嫡されたってんなら、もう、侯爵家の威光を振りかざすみたいな事も出来ないからな。
こっちも堂々と平等に話を進められるわけで、なんならこっちには番様という最終兵器もあり――ククク、立場逆転だな。
ま、楽勝ですよ。では、では、不法侵入者を撃退して参ります。ヴォルフ、お前も来るか?」
黙って頷くヴォルフ。「よし」と彼の頭を撫でたジョバンニは、「行ってくるわ」と腰を上げた。
「お願いね」と、同じく腰を上げようとした紗良。
彼女の頭上に、
『ちょっと待ってくださいっす』
声が降ってきた。




