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一話

第一章

 僕には幼い頃の記憶がない。


 おぼろげに覚えているのは、優しい父と母の姿。姉もいたような気がする。

 しかしそれらはある日突然砕け散り、鬼となって僕に襲いかかる。


 これは僕の頭の中で作り上げた夢なのか、実際の記憶の断片なのか分からない。


 その先は闇――


 しかし、ある日。


 闇の先に一筋の光が現れ、それはだんだん大きくなり、突然僕の世界は明るくなった。


「私の名前は月子。月姫って呼ばれてるんだ」

 

 僕と同じような格好をした女の子が無邪気に笑う。


 そう、月姫との出会いが僕の人生の始まりだった――




 癲狂(てんきょう)の一種だと医師(くすし)は中将内侍に伝えた。

 中将内侍は、僕の乳母であり養母のような存在の人だ。

 そして医師は中将内侍の父親である。

癲狂(てんきょう)? しかし、蒼君は声が出せないだけで、気はしっかりしています」

「舌や喉などに異常はないのに話せないのは心の病だ。他の医師に診せたことはないのか?」

「典薬寮の医師には物の怪か鬼が憑依していると言われました」

 中将内侍の父親は僕の目をじっと見つめた。

「何かに憑かれているようには見えないな」

「だとしたらどうしてそんな病に……。とても利発で明るく、おしゃべりな若君でしたのに」

「小さな心では耐えられない程の苦痛を経験したのやも知れぬ」

「そんな……」

 中将内侍は僕を抱きしめて泣き出した。

「姉さん、一体、この若君に何があったんだ?」

 訪ねたのは中将内侍の弟、尹盛(ただもり)だ。

「直接の原因は分からないわ」

「姉さんは若君の乳母だったんだよね? 確か京の邸に引き取って……」

「ええ、この若君を産んでまもなく母親は亡くなってしまって、私が乳母として引き取って三歳頃までお育てしていたのよ。その後は六条宮様に引き取られたの。そのまま宮様の元で大切に育てられ、健やかに成長していらっしゃると思っていた。でも、昨年の夏の終わりに六条宮様が亡くなられた後、蒼君の引き取り手がなく持て余してると聞いたの」

「引き取り手って、どうして……」

「若君は北の方の御子ではないし、母親の身分も低く、正式に認知されてなかったからだと思うわ。それを聞いて、いったん私が引き取ろうと千種殿に伺ったら、若君は神隠しにでもあったかのようにいなくなっていた」

「いなくなっていたって――姉さんが行くまで誰も気付いてなかったの?」

「気付いていなかったのか、その振りをしていたのかは分からない」

「酷いな、それは。いくら嫡妻の子じゃないからって……」

「とにかく私が人を使って京中を探し回ったけど、なかなか見つからなかった。三月後にやっと発見した時、若君は乞食の集団の中にいたのよ。栄養失調で痩せ細り、酷い風邪をひいていたわ。そして声も出なくなっていた。連れ帰って病気を治し、栄養のあるものを食べさせたら元に戻るかと思ったのだけど、風邪は治っても声は戻らないままで……」

「弓子。この子は同じ年頃の子と比べて小さい。恐らく栄養失調のせいだろうが……虐待を受けてた可能性もある」

「虐……待? そんな、まさか……。若君、誰かに叩かれたりとか……されました?」

 僕は首を傾げた――記憶がなかった。

「父上、何か治療法はあるのですか?」

 尹盛が医師に尋ねると、彼は首を横に振る。

「風邪や怪我と違って心由来の病を治すのは難しい。弓子、お前はこの子をどうするつもりだ?」

「引き続き私が面倒をみようかと」

「今勤めている宮家でか? 主人の姫様と乳幼児の頃のように一緒に過ごさせるわけにはいかないだろう」

「確かにそうですが子供好きな女房もたくさんいますし……」

「一つ提案だが、私が伊勢に連れて帰って母上と共に面倒を見るというのはどうだろう。京から離れ、田舎で穏やかに過ごした方が良くなる可能性が高い」

 伊勢――

 僕はぼんやりとその地名を心の中で繰り返す。

「伊勢に? それはありがたいご提案ですが、本当にそこまで父上にお願いしてしまっていいのでしょうか?」

「お前が実の子同然に大切にしている子であれば、私達にとっては孫同然でもあろう」

 医師はにっこり笑って僕の頭を優しく撫でた。

「姉さん、実は僕、希望していた伊勢国府に赴任が決まったんだ。僕も父上の邸にちょくちょく顔出すから」

「まあ、尹盛まで――若君……、伊勢国に移られる事になっても構いませんか?」

 僕に意思はなかったが、反射的に小さく頷いた。


 こうして、僕は中将内侍の両親の元へと引き取られたのだった。


「若君。若君の名は今日から顕成の君です。私の大好きな親友で、あなたのお母様の名前からつけさせていただきました。お辛い時代の名はお忘れください」

 そう言って中将内侍は僕を見送った。

 蒼から顕成へ。

 新しい人生の幕開けとなった。

言い回しがおかしかったので修正。

実際はこの頃はまだ中将内侍とは呼ばれてはいなかったと思う。

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