7.クリスマスツリー
翌日の朝、ぼくが目覚めると電池の切れたゲーム機が枕元に転がっていた。
どうやらゲームをやったまま寝てしまったらしかった。
セーブはしたんだっけ、と記憶を思い出しながら凍り付いているとリビングの方からぼくを呼ぶ母の声がした。
「起きてる? ちょっと、手伝ってくれない?」
目をこすりながら起きだし、階下へ向かった。
リビングの扉を開き、中へ目をやったけれど誰もいない。
母はどこにいったのだろう、と疑問に思っていると背後から再び声がした。
母は一階の隅にある扉の前に立っていた。
そこは昔、父が書斎だと称していた場所だったが、今では立派な物置と化してしまっていた。
その物置の扉を開きながら、母はぼくに言った。
「ああ、起きてたみたいね。……ねえ、わたしがここから出すもの、脇にどけておいてくれない? 結構邪魔なものが多くて。誰かしらこんなに詰込んだの」
それは異論の余地なく母の仕業だ。
「なに出そうとしているの?」
「クリスマスツリーよ」
「そこに入ってたんだ」
そう言ってから、そうだ、今年は父さんがいないんだな、とぼくは改めて考えた。
当時、ぼくの家では毎年クリスマスツリーを飾っていた。
本物のもみの木なんて大それたものじゃない。
市販されているプラスチック製で、子どもの頃のぼくの身長よりも少し高いぐらいの大きさのものだった。
そしてそれを飾り付けるのは父の役目だったのだ。
ぼくは文句をいわず母の手伝いをした。
本の入ったダンボールや、夏に使う扇風機、昔使っていたテレビ台、そんなものが一通り廊下に出揃ったあたりで、赤と緑色の装飾の施された箱を抱えて母が出てきた。
母に揺られた箱の内部ではがらんごろんと派手な音がしていた。
木につける装飾の部品たちが中でばらばらになってしまっているらしかった。
目的のものを見つけ、廊下にあったものを再び押入れに詰め込むと、ぼくらはツリーをリビングへと持っていった。
リビングの隅、窓のそばがクリスマスツリーの定位置だった。
そこにはコンセントもあり、ツリーにつける小さなイルミネーションも灯すことが出来た。
箱を開けると、想像通り中身は散乱していた。
ぴかぴか光る緑や黄色の玉。
小さな鐘、てっぺんにつける大きな星。
雪を模した綿、赤い靴下の飾り。
小さなサンタの人形。
クリスマスツリーの装飾はいつだって、どこだってそんなに変わらない。
「じゃあ、飾りつけはあなたに任せるからね」
ツリー本体を取り出した後、ごたごたした箱の中から目をそらしながら母が言った。
「母さんは? 一緒にやるんじゃないの?」
「母さんはね、いまからシチューを煮込もうと思うの」
そう言い残して母は、足早にリビングを去っていった。
もしかしたら母さんはただ、この散乱した飾りの整理をしたくなかっただけかもしれない。
箱の前でぼくが腕を組みながらそんなことを考えていると、キッチンの扉の向こうで母がまた声をかけてきた。
「お互いの仕事が終わったら、ケーキを買いに出かけましょう。クリスマスケーキを」
「たまには焼いたりしないの?」
さっさと行ってしまった母にぼくはそんなことを言ってみたけれど、母の返事は素早く、そして的確だった。
「買ったほうが美味しいんだけど、それでも手作りのほうがいいの?」
まったくもってそのとおりだ、と納得したぼくは黙ってクリスマスツリーの飾り付けに取りかかった。
最初にやったのは、星を取り付けることだった。
ツリーの先端のプラスチックは細くなっており、星の下部に開けられている穴とぴったり合う。
ごちゃごちゃとした箱の中で目立っていた星をそこにきゅっと差し込み、あとに残ったこまごまとした飾りをながめぼくはため息をついた。
それでも、少しづつ作業は進めた。
上から順に、手当たり次第に、それでもバランスを考えて。
一通り終わるころには、味気ないプラスチック製のもみの木は、それでもちゃんとクリスマスツリーだと判別可能なぐらいの出来栄えにはなっていた。
そして電話のベルがなったとき、ぼくは最後の仕上げにくっつけていた、白い綿を手に持っていた。
ぼくの背中の方で二度、規則的な電子音がしたあと、キッチンで母がいった。
「電話に出てくれない? 母さん、いま手が離せなくて……」
面倒だなあと考えつつ、ぼくはツリーの表面に白い綿をかけると電話へ向かった。
受話器の向こうから聞こえて来たのは、父の声だった。
「お前か? 父さんだ。メリークリスマス」
「今日はまだイヴだよ、父さん。どうしたの?」
「うん、ちょっと母さんに用事があってだな。それにしても悪かったな、せっかくのクリスマスなのに、父さんが入院なんかしててさ。……プレゼントは買ってもらったんだろう?」
「ちゃんと買ってもらったよ。それでいま、クリスマスツリーを作ってる」
「母さんと一緒に?」
「ううん、母さんはシチュー作ってる。手が離せないっていってたけど……」
ちょうどそのとき、母がエプロンの端で手をふきながら、キッチンから出てきた。
声を出さず、口の形だけで、父さん? とたずねてきたので、ぼくはうなずいて答えた。
「いま来たみたい。かわろうか?」
「頼む」
受話器を母に渡し、ぼくはしばらくその場で電話が終わるのを待った。
しかし、母はうんうんとうなずいて聞いているばかりで、話はなかなか終わりそうになかった。
それでも母の表情は悪いほうには変わりはしなかったので、ぼくは安心してその場を離れた。
ツリーのそばに来たとき、床の青いじゅうたんに、白い綿が落ちているのを見つけた。
先ほど電話に出る前に急いで取り付けたものが、ツリーから外れてしまっていたようだった。
ぼくはかがみこみ、その綿を拾った。
手には柔らかな感触。
どこかに引っ掛かるものがあって、ぼくは手の中にある綿をじっと見た。
これはなんだっけ?
なんだか、何かを忘れているような気がする。
何気なく視線を、白い綿からクリスマスツリーへ動かした。
その木にぶら下がるサンタの人形を見て、ぼくは気がついた。
つい、「あっ」なんて情けない声が出た。
少し待つと、母の電話が終わった。
ぼくは母へ駆け寄って、たずねてみた。
「ねえ、母さん。シチューはできた?」
「え? ああ、まだ下ごしらえしてるところだけど……どうかしたの」
「クリスマスケーキを買いに行くの、いまからでもいい?」




