5.サンタ失格かな
それは前に彼と出会ったときとまったく同じ質問だった。
だからぼくは同じ答えを返した。
だって、他に答えようがなかったから。
「知らないです」
「……ほんとに? ねえ、本当かい?」
彼は眉をハの字にし、口を尖らせて聞いてくる。
「前も言ったと思いますけど」
「僕も聞いた。だけど、もう、君に聞くほかないんだよ」
「でも、本当に知らないんです。……どうしてぼくなんですか? 何でぼくが知ってると思うんですか?」
彼はじっとぼくの目を見つめた。
まじめな顔だったけれど、ふいにふっと笑顔を見せた。
「ねえ、ちょっといいかな。あのさ、君がよければだけど、敬語はやめてくれないかな。なんだか、君みたいな子どもが敬語を使っているとさ、調子が狂うんだな、真面目な話。僕は、敬語を使うの苦手だからさ」
ぼくはなんと答えていいかわからなかった。
ただ、初対面の大人には敬語を使うものだと思っていたから使っていただけだ。
でも、急に友達のように話すことだって、出来そうにもない。
まごまごしていると彼が先に口を開いた。
「なぜ君なのか、だったね。とっても伝えづらいんだけど、その答えはこうだ。わかるから。感じられるから。君がその袋を持っていることが」
ぼくは最初、その言葉が冗談だと思った。
言い終わり、彼はまた笑顔を見せて、うそうそ、冗談だよ、とかなんとか、からかいの言葉を口にするのだと思った。
しかしそのときの彼は笑わなかった。
口角を下げたままぼくの目に視線を合わせていた。
「だけど、……」
ぼくはとっさに口を開き、その後の言葉は続かなかった。
何が、だけど、なんだろう?
完全に混乱していた。
彼の言い草はめちゃくちゃなように感じられたけれど、口調は真面目だった。
それをどうとらえればいい?
わからない。
「君は嘘をついていない。僕はそう思っている。でも君に現れているこの感覚は、間違いのないものでもある。何か心当たりはない? 最近、何か拾ったとか。君の家の周りで妙なものを見ただとか」
ぼくは必死で考えてみた。
だけど、だめだった。
混乱していたせいもある。
それに、一ヶ月近くも前に起こったことは、そのときのぼくにとっては些細なことだった。
ズボンのポケットにいれた小さな白い布のことなんて、思い出せるわけがない。
二週間前に、くしゃくしゃになっていたそれが何だったか思い出せず、ゴミ箱に放り込んでいたのだから、なおさらだ。
ぼくは首を横に振った。
ぼくにとっては言いがかりをつけられているようなものだったのに、なぜか申し訳なさそうな口調で答えた。
「わかんない」
「そうか。……まいったな、どうしよう」
彼は本当に困った顔をしてぼやいた。
そうして肩を落とすと、フォークを手にとり、チョコレートケーキの端を切り取った。
ケーキを口に運びながら彼が言った。
「まあ、君も食べなよ。そうだなあ、あとは君の家に行くぐらいかなあ……はあ」
ふいに力を失った彼の様子は、なんというか、見てて気の毒だった。
「もう、ここにはないね、わかってたけどさ。君から出る感覚が薄い。もっと濃くなるはずなんだ」
黒いジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、彼が気を落としたようにいった。
あごを引いてため息をつくと、灰色の毛糸の帽子の先についていた丸い飾りがふらりと垂れた。
彼とぼくは、ぼくの家のそばにいた。
ぼくの家は平凡な一戸建てだ。
小さな庭に門がついている。
門の前に立った彼は、しばらくぼくの部屋のある二階をにらんだ後、改めてぶんぶんと首を振った。
「……なんだかわからないけど、その感覚を追っていくことは出来ないの?」
「出来れば苦労しないさ」
肩をすくめて彼が言う。
どこか、すねたような物言いだった。
「少し前まで君の家にあったのはわかる。持ち主の君から感じられる気配がそう語ってる。ほかの誰かが拾ったり、見つけたわけじゃないんだ。でも君はその場所を知らないという。……お手上げだ、こりゃ」
彼はぼくの家に背中を向けた。
じゃあね、唯一の手がかりくん、そんなことを言いながら、ぼくに右手を振って歩きだした。
その様子に、ぼくはなんだかあわれみを覚えた。
彼が困ろうが困るまいがぼくには関係のないことだったし、彼は先日母から『妙な人』と認定された人物でもあった。
それでもぼくは困っている彼をなんだか放っておけなかった。
彼が困っているのはおかしなことなんだ、なんていう変な考えが頭の片隅にあった。
彼のそばにかけよりながら、ぼくはたずねた。
「ねえ、ちょっと待って。あなたは……」
ぼくはそう言ってから、まだ彼の名前すら知らないことに気がついた。
「……あなたの探しもの、ぼくが持ってるんだよね? もし見つけたら、すぐに教えるからさ。だから、どこに行けばあなたに会えるの? ……ねえ、名前はなんていうの?」
彼はくるりと首を回してぼくを見た。
気のない声で後を続けた。
「どこ、か。前はどこでもよかったのに。そうだな、駅前あたりにでもいるよ。他に行くところもないし。ともかく、頼むよ。もし見つかったらね」
そう言いつつも、あきらめているかのように手のひらを額に置いた。
前に向き直りながらぶつぶつとつぶやいていた。
「あー、どうしようかな……怒られるんだろうなあ……それに、……冗談じゃあすまないしなあ……はあ、サンタ失格かなあ……」
その最後の言葉は、ぼくにははっきり聞こえていた。
だけど、何かの間違いだと思った。
失格とか合格とか、サンタってそんな言葉と結びつくものだったっけ?
違和感があった。
結局、ぼくのその疑問は、言葉に出す前に解消された。
彼はふと気がついたように立ち止まり、ぼくに向かって、はっきりとこういったからだ。
「そうそう、名前だったね。こんな情けない姿を見せてしまったからには言いたくないんだけど、他に名前もないからいわないといけないね。僕はサンタクロース」
「……え?」
「まあ、そういう反応が返ってくると思ってたよ。僕はサンタクロース。別に隠してるわけでもない。そして袋を探してる。……もし見つけたら、ちゃんと教えてよ」
ぼくは少しの間、思考が完全に停止していた。
サンタクロースだって?
あの人は何を言ってるんだろう?
ぼくが立ち止まっている間にも、彼は足を止めずに歩いていった。
曲がった道の向こうで視界から消えてしまう前に、一度ちらりと振り返って力なくこちらへ手を振った。




