4.話を聞かせて欲しいんだ
それから四日続いた平日の間、ぼくはどこかうわの空な気分だった。
昨年まではどうだっただろう?
もっとずっと楽しかったような気がした。
今年ほどクリスマスを楽しむのに絶好の日程はなかったのに。
何しろクリスマスが日曜日なのだ。
そのころには冬休みに入っているから、あまり曜日は関係ないかもしれないのだけれど、でも日曜日はうれしいに決まってる。
だけど去年の方がもっとわくわくしていた。
その前の年だって、もっと。
その四日間のあいだ、冬には珍しく、一度も雪は降っていなかった。
吹雪は嫌いだったけれど、風のない日に、空からゆっくりと落ちてくる雪は好きだった。
なにしろ雪は遊びの材料になる。
クリスマスにも、雪は必要不可欠だ。
赤い鼻のトナカイが夜道を照らすとき、そこには雪が降っていなければならない。
サンタのことは信じていなかったけれど、クリスマスっていうのはそういうものなんだ、という思いはあった。
そしてクリスマスというのは、父からプレゼントをもらえる日でもあった。
冬休みに入る直前、二学期最後の日の放課後に、ぼくはそんなことを考えながら空を見上げていた。
空にはもやのような薄い雲が伸び広がっていた。
一緒に帰っていた友達たちはみんな浮かれていた。
学校が終わり、しばらくの休みがもらえたことも手伝って、最高の気分のようだった。
みんなである歌を合唱をしていた。
それはあと数日後にはもらえるはずのゲームを原作とした、アニメのOPテーマだった。
もちろんぼくも歌っていた。
父からもらう予定だったそのゲームの歌を。
学校から住宅地へ続く緩やかな坂道をぼくらは歩いていた。
T字路の向こうのアパートで一人、公園のそばの十字路でまた一人、一緒に帰っていた友達たちは減っていった。
その日は特に遊ぶ約束をしていなかったけれど、もしも誘われたらぼくは断っていただろう。
別段の理由もなく、ただ気分が乗らないから、という子どもには珍しい理由で。
最後の友達と小さな駅のそばで別れると、ぼくは一人になった。
その駅から家までの道のりは五分もかからなかった。
歩きながら、考えごとをしていた。
といっても、別に具体的な何かを思い描いていたわけじゃない。
頭の中にあったのは、例えば冬休みの宿題のこと。
例えば母が作っているはずの今日の夕飯のこと。
例えば今日先生から聞いた冬休みの生活についての注意のこと。
そうして父さんのこと。
そんな風な様々なことが頭の中に入り乱れていたから、声をかけられるまで、その人のことには気がつかなかった。
「やあ、君。僕のことを覚えているかい? ちょっと、話を聞かせてくれないかな」
下げ気味だった顔をあげて、ぼくはその声の方向を見た。
誰かすぐにはわからなかった。
けれど、そんなぼくの様子を見て彼が被っていた灰色の毛糸の帽子を脱いだ。
それで記憶がよみがえった。
今日は青い作業着を着ていなかったけれど、父を見舞いにいった日にぶつかった、あの男の人だった。
黒いジャケットと、青いジーンズを身につけていた。
彼はにっこりと笑って続けた。
「思い出してくれたみたいだね。なあに、何もとって食おうっていうわけじゃない。ただ、話を聞かせて欲しいんだ……」
知らないおじさんから物をもらったり、車に乗せてもらったりしてはいけない、というのは子どもにとっては常識だ。
親からも、先生からも、口を酸っぱくして言われる。
だけどその日のぼくはどこかおかしかった。
話を聞かせて欲しいだけ。
それなら、まあいいか、なんて考えることもせず、話しかけてきた男の人についていった。
気がつくと、駅前にある小さな喫茶店に彼と二人で座っていた。
何であの、知らない大人に対するルールを忘れてしまったんだろう?
状況に気がつくと改めてそんなことを考えた。
自分でも不思議だった。
「何でもいいから、好きなもの頼みなよ。甘いものは好き? 僕は大好きなんだ」
にこにこしながら彼がそんなことを話しかけてくる。
ぼくはじっと彼を見つめ、それからカウンターへ目を移した。
父より若干年上に見える、それでもかなり体格のいい男性がイスに腰掛けて皿をみがいていた。
他に店員はおらず、その風格から彼が店長だとぼくは決め付けた。
さて、もし何か異常なことが起こった場合、この店長は男の人に勝てるだろうか?
答えは、たぶんイエスだ。
ずうずうしくもぼくはたずねた。
「何でもいいんですか? ケーキとかでも」
「いいよ、もちろん。僕は君にお願いをするんだから、君のお願いも聞かないと不公平だろう」
「……お願いってなんですか?」
「そう身構えないでよ。さっきも言ったと思うけど、話を聞かせて欲しいだけだって」
まったくもって心外だ、という風に手を振りながら彼は言った。
疑いの気持ちをぼくは解かなかったけれど、まあ、それはそれだ、と思い直した。
そうしてチョコレートケーキとオレンジジュースを彼にお願いした。
いまとなって考えてみれば、思い直すこと自体、ずいぶんおかしな話だ。
知らない人に貸しを作ると、面倒なことになると知っていたのに。
「チョコレートケーキか。いいね。じゃ、僕も同じのにしよう。……注文いいですか?」
彼は手をあげて店長を呼んだ。
オレンジジュースが一つ、コーヒーが一つ、そしてチョコレートケーキが二つ。
少しの間のあと、飲み物とケーキが運ばれてきた。
彼はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れ、口をつけた。
それから、カップを手にとったまま言った。
「さて。じゃあいきなり本題に入るけど……君、袋を知らないかい?」




