11.クリスマスプレゼントをあげよう
母はぱちぱちと何度か瞬きをした後、はあ、と言ってにっこり笑ってうなずいた。
「そうですか」
そしてぼくの方へ目を向け、若干疑念の混じった声をあげた。
「誰? この面白い人」
「さあ……」
ぼくはそう答えざるを得なかった。
彼が何物なのか、本当の意味では知らなかったから。
それでも、こう付け加えておいた。
「ただ、一応、知ってる人」
「あなたの息子さんにお世話になったんです。探し物のヒントを教えてもらった。本当に、見つかってよかった。ありがとうございます」
「ああ、それは……どういたしまして」
丁寧に頭を下げた彼に、母もお辞儀で答えた。
それから彼は顔をあげ、一度うんとうなずくと、ぼくの方へと向き直った。
「さて、本題だ。君の母さんにお礼もしたし、君にもお礼をしなくちゃならない。ありがとうってのはもう伝えたから、今度は、サンタクロースらしいお礼の仕方だ。君にクリスマスプレゼントをあげよう」
プレゼント?
そう聞いて、ぼくは彼の両手に目を向けた。
何も持っていない。
「プレゼントって……」
「残念だけど、君の希望は聞けないんだ。何しろ僕はもう、話をつけてきてしまったから。……君の見つけてくれたこの袋、これ、なんだかわかったかい? こう使うんだよ」
彼は右手をポケットに突っ込むと、あの小さな白い布を取り出した。
それを顔の前までつまみ上げ、彼が「ふっ」と息を吹きかけると、十センチぐらいのその小さな袋が、あっというまに風船のように膨らんだ。
布が膨らんだだけじゃなく、ついていた金色の飾りまで大きくなっていた。
あの飾りは鈴じゃなく、本当は鐘の形をしていることがわかった。
ただ、彼がつまんでいた袋の口の部分だけは元の大きさのままだった。
彼はそこを握ったまま、にこりとぼくに笑いかけた。
「この袋がどうなっているのか、実はぼくにもわからない。ただ、使えるってだけでね。だからまあ、サンタっていってもいい加減なものなんだけどさ。これがあれば、世界中の子供たちにプレゼントを届けることができる。そしていまの君にも。……君のお父さん、面白い人だね」
えっ、とぼくが聞き返す間もなく、彼は袋の口を一気に広げた。
そうしてぼくは見た。
その袋の口は、袋の中にはつながっていなかった。
袋の中にあったのは、父が入院している病院の部屋だった。
そして、ベッドのところに父が座っていた。
父は、ぼくと目が合うと、うおっ、といって驚き、胸を押さえていた。
「ああ、びっくりした。お前、そんなところで何やってるんだ?」
「と、父さんだって……」
「そうすると、あの話、本当だったんだな。あのサンタクロースさんはそこにいるのか?」
「ここにいますよ」
彼が袋の口を広げながら声をあげた。
腕を目いっぱい広げているのに、力がこもっている様子はなさそうだった。
「どうなってるんだかわからないけど、すごいな、これ。どこでもドアみたいだ」
父はそう言いながらベッドから立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
ぼくにはまったく信じられなかったことに、父は躊躇なく袋の口をくぐりぬけ、うちの玄関に立っていた。
「ただいま」
父はぼくを見て、それから母へ目を向けた。
母は絶句していた。
口をぱくぱくさせながら、父を指差すばかりだった。
「……勝手に出てきて大丈夫なの、父さん」
「うん。たぶんな。やらなきゃいけないのは検査ぐらいだから、今夜中に戻れば大丈夫だろう」
それってあまり大丈夫じゃないのでは、と思ったけれども口には出さなかった。
ぼくはうれしかった。
クリスマスイブに父と会えて。
一緒に夜を過ごすことが出来て。
「じゃあ、僕からのクリスマスプレゼントは、そういうことで」
サンタクロースがそういい、ぼくら三人は彼に目を向けた。
そうして父が口を開いた。
「妙なお兄さんだとは思ってたけど。サンタって本当にいるんですねえ」
「実は、いるんですよね。あんまり表に出ないけど。じゃあ、また迎えに来ますよ。何時ぐらいがいいですか?」
十二時ぐらいでも大丈夫ですか、と父が聞き、いつでもお構いなく、と彼が答えた。
ねえ、とぼくは声をあげ、彼の目がこちらへ向いた。
「ありがとう、……サンタさん」
少しためらったあと、その名前で呼んだぼくに、彼は笑いかけた。
「どういたしまして。っていっても、これはお礼だからなあ。こちらこそ、ありがとう。……それじゃあね」
彼は小さく手を振り、二、三歩後ろに下がって外へ出た。
白い雪が彼の赤い服にふりかかった。
彼はそこで、再び袋の口を広げた。
彼が手を離しても、袋の口がしぼんだりするようなことはなかった。
どうやってか、口の形は保たれていた。
そのまま袋に彼の姿がすっぽりと収まると、袋はどんどんしぼんでいった。
口の断面も見えなくなり、風船のように素早く小さくなった袋は、そのままどこかへ消えてしまった。
「お前、あの人と知り合いだったのか?」
父がぼくの背中をつついてそう聞いてきた。
「ううん。知り合いってわけじゃないんだけど……」
「あの人はそう言ってたんだけどな。まあ、いいか。早く家の中に入ろう。ここは寒くてしょうがない。……ほら、母さん」
父はショック状態になっていた母の背中を叩き、玄関の扉を開けた。
父と母が家の中に入った後、最後に残っていたぼくは、もう一度後ろを振り返ってみた。
雪は黒い夜の空からどんどんと生み出され、相変わらず降り続いていた。
すでに玄関と門の間の短い道は雪で埋もれていた。
そこには誰の足跡もなく、父が帰ってきたのは、サンタに運ばれてきたからだ。
そうでしかありえない。
そんなことをぼくは改めて考えた。




