最終回 守りたいもの
上田屋の紅白まんじゅうを買って店から出た後、空がだんだん暗くなってきていることに気づいた。
まるで自分の未来を暗示しているようで、妙な胸騒ぎを覚える。
僕は、傍に飛んでいるはずのテンを見た。しかし、テンはさっきから僕と目を合わせようとしない。
ああ、もうすぐそのときが来るんだ。
わかっていながらも、頭の半分ではそうなふうにはならないような気がしていた。
自分に都合の悪い夢でも見ているのかもしれない。
そう思わなければ、不安で押しつぶされそうだった。
自分のケータイが鳴ったのは、それからすぐのことだ。状況に合わないようなリズミカルな音に僕は緊張しながら電話に出た。
「もしもし」
相手は病院の看護士からだった。
『すぐにいらしてください!陣痛が始まりました!』
僕は慌てて電話を切って駆け出そうとする。
しかし、それを制する声が聞こえてきた。
「行ったらだめ!!」
止まらなかった。
声に気づいたときには、もう僕は飛び出してしまっていた。
振り返ったとき、もう遅かった。
「・・・・・・・・・・っ!!」
後は、もう声にならない悲鳴と共に、大きな音が聞こえてきて・・・・・・・・・・・目の前が真っ暗になった。
∞
最初に元気な子供の産声が聞こえてきてから1時間がたつ。1つの尊い命が誕生したのだ。
そして、それと同時に失われた命。
「歩・・・・・」
内田は1人、歯を食い縛っていた。
歩に頼まれたこと――それは、晴香の出産に立ち会ってほしいとのことだった。どういうわけかは知らないが、なぜか病院から直接電話がかかってきて、こうして今に至るのだ。
だけど、途中でトラックが横転しているのを見た。
そこで歩が巻き込まれたということも知った。
「内田く・・・・・歩は?」
言えるわけがなかった。歩は死んだんだって。こんなに苦しんで予定よりも早い出産を終えた晴香に、本当のことを言えるわけがない。
「もうすぐ来るよ」
それしか言えなかった。胸が痛かった。早く子供に会ってほしいと瞳を輝かせる晴香を見ているのが辛かった。
真実を知ったときの晴香を見たくなかった。
今にして思えば、歩はこうなることをわかっていたんじゃないかと思う。だから、その後のことを自分に頼んだんじゃないだろうか・・・・・
∞
「美優、あんまり遠くに行っちゃだめだよー」
「だいじょーぶ」
それは、大きな公園内、1人の少女が飛んでいったボールを取りに行く。ボールは坂道を下るようにころころと転がっていき、ある人の足元で止まった。
少女はその人を見上げた。
「はい、どうぞ」
「ありがとーございます」
礼儀正しくお礼を言うが、少女はその人物をどこかで見たことがあるような気がした。
知らない人のはずなのに、その人は危険ではないと悟った。
「お兄さん・・・なんで泣いてるの?」
「ううん・・・・・泣いてなんかいないよ、嬉しいんだよ。ねぇ、1つだけお願いきいてくれないかな?お母さんに伝えてほしいんだ」
「いいよ」
「『僕は・・・歩はずっと幸せでした。ありがとう。2人を守ってあげられなくてごめんなさい』そう伝えてほしいんだ」
「うん!」
少女は頷き、今の言葉を忘れないうちに母のもとへと駆け出す。
だけど、あることを思い出して振り返る。・・・・・そこに、その人物の姿はなかった。
「美優、どうしたの?」
「あ、お母さん!今ね、お父さんに会ったよ!写真の人!」
少女の母は驚いた表情で固まる。
「お父さんの名前ってアユムっていうの?」
少女の話を聞いて、知らないはずの父の名前を知っていたこと、そして伝言の内容を聞いて涙することになる。
そのとき、空から1枚の白い羽が舞い落ちてきた。
補足ですが…あの瞬間、テンは歩に生きるための選択肢を与えました。
だけど、それよりも今守りたいものを優先した結果がこれです。
そして、テンは最後に願いを叶えてくれました。
その後、彼がどうなるかはわかりません……
ここまで読んでくださってありがとうございました。
―廉―




