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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第八章 捕らわれた狭子を巡って
26/42

第25話 狭子の出生

ここから第8章です!!

 牙静がぜいによって連れ去られた私は、知らぬ間に意識を失い…その間、夢を見ていた。一つは、自分の前世にあたる“琥狛”という女性の夢。そして、もう一つは―――


「…ん…」

夢から覚めた私は、重たくなった瞼をゆっくりと開く。

辺りは暗くて建物の中にいるように見えるが、その割にはとても寒い。目覚めたばかりの私は、未だ頭に霧がかかったような状態であった。

「っ…!」

身体を動かそうとすると、身動きが取れない事に気が付く。

どうやら、腕を縛られて柱か何かにくくりつけられているのかもしれない。それは、背中にはっきりと感じる硬い感触が、現状を物語っていた。

 えっと…。確か、素藤の手下である牙静って鬼に連れ去られて…

頭の中がはっきりしてきた私は、今現在における自分の状況を把握しようとし始める。すると―――――

「…目を覚ましたようじゃな」

「なっ…!?」

足音と共に、聞き慣れない声が響いてくる。

すると、奥の方から蝋燭による灯りが点され、私の視線の先には紅い衣を身にまとった尼僧のような女性が立っていた。また、火が灯された事により、この場所が古いお寺の中である事を悟る。

柱に縛りつけられて動けない私は、その女性を見上げる。その格好をまじまじと見てすぐに、私はこの女性ひとが何者であるかに気付く。

「貴女…。まさか、妙椿みょうちん…?」

「…いかにも。だが、その名は仮の名にすぎん」

私の問いに、妙椿(みょうちん)は動じる事もなく答える。

 この立ち振る舞いは、元が一国の姫だったからかな――――――

妙椿が山下定包やましたさだかねの妻・玉梓たまずさと同一人物だという事を知っていた私は、ふとそんな事を考えていた。

「…この娘に違いはないであろう?妙椿よ…」

「あ…!」

そう口にしながら、闇より白髪の鬼―――――――蟇田素藤ひきたもとふじが姿を現す。

「…違いない。ご苦労であったな、素藤よ」

そんな彼の一言に対し、満足げに答える妙椿。

本来、原作でもこの2人は手を組んでいたらしいが、今の私はそんな事を考える余裕はなかった。

「ねぇ…。何故、私を捕えるよう命令したの?私を捕えた所で、貴女には何の得もないでしょうに…」

私は、鋭い視線を妙椿に向けながら話す。

すると、無表情だった尼僧が不気味な笑みを浮かべる。

「…成程。何も知らぬは当人のみ…というわけじゃな」

「…どういう意味よ…!?」

なぜか、遠回しに言う妙椿の言動に、私は苛立ちを覚える。

そんな私を、まるであざ笑うような表情をしながら妙椿は、口を開く。

「…まぁ、よい。ならば、私が教えてやろう…。そなたが、何処で生まれ、どのような立場の人間か」

「え…?」

私が不可思議な表情をしていると、いつの間にか背後に素藤がいた。

「…来い」

彼は、わずか1秒くらいの間に私を柱にくくりつけていた縄を引きちぎり、手首だけ縛られた状態で無理やり立たせたのである。

「何を…!?」

素藤は私の二の腕を強く掴み、この建物内にあるとある場所に移動させられる。

「これは…?」

「それは、此処より遠き地で起きている出来事を映し出す、水鏡じゃ。これからこの水面みなもに映るものを、とくと見るがよい…」

白髪の鬼に連れてこられた場所は、大きな甕のような物にいっぱいの水が満たされた水鏡であった。

水面に映るもの…?

私が首を傾げていると、その水鏡の水面が揺れて、何かを映し出すのであった。



「これは……行徳?」

水鏡の水面が映し出したのは、見覚えのある建物の中。

それは、私が行徳を訪れた際に泊まった、小文吾が営む宿・古那屋だった。そして、よく見てみると、広い一室に10人くらいの人影がある。

「あ…!」

その人影の半分が信乃達、犬士であった。

また、そこには懐かしい顔ぶれである丶大法師と、もう一人の人間がいた。その男性は、一度どこかで見たことのあるような顔をしている。

「法師様と…この一緒にいる中年男性は…?」

「そやつは、安房国を治める男・里見義実さとみよしざねじゃ」

「この人が…」

この40~50代くらいの中年男性が伏姫の父・義実である事を私は知る。

その姿は、一度だけ夢の中で見たことのある姿であった。

 あれから皆、鈴茂林から行徳に移動した…。そういう事?

私は水鏡が映し出す彼らの姿を見つめながら、ふとそんな事を考える。


「何…?狭殿が連れ去られたですと…!?」

そこでは、法師様が目を丸くして驚いていた。

それは、後ろにいる義実も同じこと。その後は、荘助や大角が事の経緯を彼らに口頭で伝えていた。

 よく考えれば、一国の主である人がこんな下町に現れて…大丈夫なのかな?

私がそんな事を考える一方、話は違う展開を見せる。

「成程…斯様な経緯があったのですな…。ところで、犬阪殿。貴公が持つ“それ”は…」

「む…。これの事か…?」

法師様は、毛野が何かを持っている事に気が付く。

声をかけられた毛野は、私が持っていたお守り刀を取り出す。

「それは…!?」

すると突然、義実の表情が一変する。

その動揺は、最初の一報よりも大きなものであった。

「その刀…。わしにも見せてはくれぬか!?」

「え…?あ、はい…」

突然、義実に声をかけられ戸惑う毛野。

同じ目線で話をしているとはいえ、相手は一国の主。流石の毛野も挙動不審になっていた。

その後、毛野から法師様へ小刀が手渡され、義実の手に渡る。私のお守り刀をじっくりと見つめる義実は、鞘に刻まれた牡丹花の紋章に気が付く。

「この牡丹花は、里見の紋章!!…これを何処で!?」

隣で見ていた法師様が、物凄く慌てた表情で毛野を見つめる。

「先に申し上げました女子・三木狭子が所持していたお守り刀ですが…?」

突然の問いかけに驚いた毛野の代わりに、信乃が真剣な表情で答える。

そんな彼は、着物がはだけていて、腹に包帯のような布が巻かれていた。おそらく、牙静との戦いで負った傷なのかもしれない。数秒の沈黙が続いた後、つばをゴクリと飲み込んだ義実は、緊張した面持ちで口を開く。

「大輔に聞いたのだが…。その娘、右の耳たぶに黒子ほくろを持っているというのは…誠か?」

「…はっ。おっしゃる通り、その娘は右の耳たぶに黒子を持っております」

義実の質問に、今度は現八が答える。

 …いつの間に、そんな部位(ところ)を見ていたんだ…

私は、彼がいつ黒子の存在に気が付いたのかが不思議でたまらなかった。

「ああ…。なんという事だ…!!」

気が付くと、刀を握りしめた義実が、喜んでいるような…嘆いているような表情をしながら呟いていた。

「殿…?」

その思いがけない台詞(ことば)に対し、犬士達は首を傾げる。

そんな彼らを見かねた法師様が、犬士達を見渡しながら真剣な表情で口を開く。

「先程、皆さんにお話しした玉梓の呪いについて覚えておいででしょうか?」

「ああ…。確か、国中に雲が立ち込めて凶作になったり、隣国の裏切りや生まれたばかりの姫が鷹に攫われたり…であったな?」

法師様の問いに、小文吾が答える。


すると、拳を強く握りしめた法師様は、真っ直ぐなで犬士達を見渡しながら口を開く。

「…左様。貴方がたが今日まで旅をし、“狭殿”と呼んでいたお方こそ…鷹に攫われて行方不明となっていた、里見の五の姫・浜路はまじ姫様なのです…!!」


「なっ!!!?」

法師様の台詞に、犬士達はもちろんの事…この会話を聞いていた私も同じように驚く。

「狭子が…里見の姫…!!?」

とても信じられないような表情かおをしながら、信乃が呟く。

他の犬士達も、思いがけない台詞に言葉を失っていた。すると、水鏡の水面が揺れ、彼らの姿が見えなくなるのであった―――――――――



「私が……里見家の……姫…?」

法師様の口から告げられた真実を、私はとても信じられなかった。

愕然とした私は、その場に座り込む。

「成程。確かに、その顔立ちは姉である伏姫とも似ておる…」

私の背後で、頷きながら素藤が呟いていた。

しかし、今の私は、彼の台詞(ことば)など全く耳に入っていなかったのである。

「私は、伏姫様によって戦国時代このじだいに飛ばされた普通の女子高生…。でも…」

紡ぎだされる言葉とは裏腹に、思い当る節はいくつかあった。

夢の中で誰かが私の事を“浜路”と口にしていた事。鷹に攫われている夢や、知らぬ間にあったお守り刀の事、自分の身体が蒼く光った事。そして―――――――――

「“もう一人の浜路”は…気が付いていたのね…」

『そう。いずれ貴方は、私と同じ名前の…』

ポツリと呟きながら、私は信乃の亡き許嫁・浜路の台詞を思い出す。

この台詞は、猿石村で自分の肉体に大塚村の浜路がとり憑いた際、信乃や現八に述べていた台詞ことば。この時に言いかけたその先が何だったのか、今になってようやく気が付くのであった。

「…これで、わかったであろう?里見の姫よ…」

「!!」

驚愕の真実を受け入れようとする私の前に、妙椿が現れる。

不気味な笑みを浮かべた彼女は、その表情から狂気も感じられた。そのせいか、少しだけ悪寒を感じる。

「…そなたは見た所、聡い娘のようじゃからな。己が里見の姫だと解れば、何故そなたを捕えたのかが理解できるのではないか?」

「私を捕えた理由…」

狭子を見下ろしながら語る妙椿。

その台詞を聞いた私は、その場で考え事をする。縄で縛られているために腕を組んで考える事はできないが、頭の中をフルに回転させて考える。すると、妙椿の狙いに気が付き、全身に鳥肌が立ち始めた。

「まさ…か…!?」

真相にたどり着いた私の心臓は、強く脈打っていた。

その後、妙椿は不気味な笑みを浮かべながら口を開く。

「そうよ…。わらわがそなたを捕えた所以…。それは、そなたを餌にして犬士共をおびき出し、始末する事…。しいては、そなたを盾に里見義実を窮地に追い込ませるためじゃ…!!」

「っ…!!!」

一番考えたくなかった真相を妙椿が口にし、私は苦い表情を浮かべる。

自分の出生が明らかになった事と、今の妙椿の台詞によって混乱した私は、頭の中が完全に真っ白になる。私が言葉を失っている目の前で、高らかにあざ笑う妙椿。そして、彼女達の後方では…高らかに笑う尼僧を冷たい眼差しで見つめる、素藤の姿が存在していたのであった――――――――――


いかがでしたか。

この回から始まる第8章は、完全なオリジナルストーリーとなります。


早速、明かされた狭子の正体。

話の中で狭子が「もう一人の浜路」と口にしていましたが、その件に関して…

実は、原作でも”浜路”という女性は2人存在するのです。

一人目は、犬塚信乃の許嫁で、円塚山で死亡する浜路。

そして、もう一人が里見家の五番目の姫・浜路…。

今作の主人公・狭子は、この八犬伝での事実を元に私が考えたキャラクターだったんです。

原作の登場人物を調べたとき、この2人の存在を知って、「あ、これはいいかも」ってなかんじで。笑

ちなみに、丶大法師が述べていた黒子については、原作によると当時、浜路姫と判断するための手がかりの一つだったらしいです。(実際は他にもありますが…)

さて、書き出すときりがないのでここまでにしますが…。「狭子が浜路姫と同一人物である」という設定から、これまでの話や登場人物の設定をしてきたのは事実です。


さて、次回以降の展開ですが…

狭子を最初に手に入れたかったのは素藤でした。今回の最後の方で、かなり妙椿に嫌な想いをしていたように見られます。

次回以降は、これまで少しだけ触れていた狭子の前世・”琥狛”についても少しずつ明かされていくでしょう。

原作好きの方には申し訳ないですが、ここがこの『蒼き牡丹』の本筋でもあるため、ご了承ください。

無論、原作の展開もまだまだ続きますが…


それでは、ご意見・ご感想があればよろしくお願いします★

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