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八犬伝異聞録 蒼き牡丹   作者: 皆麻 兎
第八章 捕らわれた狭子を巡って

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第26話 過去を顧みる

<前回までのあらすじ>

素藤の手下である牙静(がぜい)の手によって連れ去られた狭子。彼女は古い寺で玉梓の怨霊・妙椿(みょうちん)という尼僧の前に突き出される。その尼僧は狭子の”三世の姿”の3つ目を知っているようで、何も知らない狭子に、犬士達の会話を聞かせる。

それによって、自分が里見家の姫である事を知らされる狭子。

妙椿はその後、自分が狭子を捕えるよう命令した理由を明かしたのであった―――

「お前は、変わった娘だな…。鬼として恐れられている俺を、真っ直ぐな瞳(め)で見つめる…」


自分が里見家の姫だという真実を告げられて動揺した私はその後、前世の姿“琥狛(こはく)”と、蒼血鬼・蟇田素藤(ひきたもとふじ)が出てくる夢を思いだしていた。


明るい陽射しの中で、私はその男と語り合う。夢の中にいる私は、どうやら平安時代の貴族だったらしい。そして、鬼である素藤に攫われた事によって出逢ったのである。


 あの時の素藤の声は優しく感じられた…。多分、“琥狛”にとって最も幸せな時間だったんだろうな…


夢の事を思いだしていた私は、なぜか胸が苦しくなっていた。それと同時に、自分の存在意義について、不安を感じるようになる。


「私…どうなってしまうんだろう…?」


狭子の心の叫びが、声になって出た瞬間であった。


「退屈そうだな、琥狛…」

「っ……!」


気が付くと、自分の目の前に蟇田素藤がいた。


「何をしに…来たの…?」


私は懐かしい気持ちと理性に苛まれながら、白髪の鬼を睨む。

しかし疑いの眼差しを向けても、この男が持つ余裕の笑みがくずれる事はなかった。


「今、妙椿(みょうちん)はここにはおらん…。故に、お前の見張りをこの俺に命じていったようだ」

「…私を、犬士達(みんな)の元へ帰してよ…!」


この時、私は「絶対会話したくない」という強い意志を持っていた。

すると、素藤は本堂内にある段差のある場所に座り込む。


「事が済むまで、帰す事はできん。…最も、妙椿と縁を切った後は俺がお前を戴くがな」

「な…!?何を勝手な事を…!」


 何て、自分勝手な男性(ひと)なんだろう…!?


軽い苛立ちを感じながら、私はそんな事を考える。


「な…何…?」


すると、男は立ち上がり、床に座り込んでいる私の目の前にやってくる。

穴が開くぐらい顔を近づけられた途端、必死に目をそらそうとする狭子。


「っ…!!?」


その後、彼の手が頬に触れた瞬間…私の唇に柔らかい物が触れる。


なんと、顔を近づけてきた素藤は…そのまま私の唇に口づけをしたのだ。突然の行為に対し、私は頭の中が真っ白になる。しかし、腕を縄で縛られているため、目の前からどかせる事ができない。しかも、この時にとても奇妙な事が起きていたのである。それは、以前にもこのような事があったような感覚を持つのと同時に、私の中にいる”なにか”が素藤の想いに応えようとしている。すると、素藤は更に厚い口づけを求めてくる。


 何…なぜ、私は抵抗しようとしないの…?


私にとって実は、今回がファーストキスに当たる。しかも、好きでもない男が相手のため、本当ならば嫌がって抵抗をするはずである。しかし、求められる想いに身体が応えようとしている。それは、私が本当に前世で“琥狛”だったからなのであろうか。数秒程、時間が止まったかのような静けさが続き、素藤はようやく唇を離す。


「…泣くほど嬉しかったのか?それとも…」

「え…?」


私は、この男をののしってやろうかと思っていたのに――――――気が付くと、無意識の内に一筋の涙を流していたようだ。


「…貴方が言う“琥狛”なら、そうなのかもしれない…。でも、私は“三木狭子”。過去世(かこせい)に何があろうと…関係ない。それに…」

「それに…?」

「こんなの…悲しすぎるよ…」

「…!?」


私は俯きながら、ポツリと呟く。

この時、普段はポーカーフェイスである素藤の表情が少し崩れた。私が口にした思いがけない台詞に、驚いたのかもしれない。


「私は、貴方の事を夢の中でしか知らないし、信乃達みたいに行動を共にしたわけでもない…。お互いがお互いの事を知らずにこんな事をするのは、悲しいし…虚しいよ…」


私の台詞(ことば)を聞いた素藤は、何も言わずに黙っていた。


「…夢…か。成程、面白い事を申すな…」

「え…?」


黙り込んだ後に突然呟きだしたので、私は瞳を数回瞬きする。

すると、苦笑いをしながら、私の頬につたっていた涙を指ですくう。


「泣くな、琥狛…。今は帰してやれぬが、しばしの辛抱だ」


この時、私はこの台詞(ことば)が、心から述べた言葉(もの)だという事がはっきりとわかった。


 敵のはずだけど…変な男性(ひと)…だな…


思いがけない優しさに、戸惑いつつも安堵の表情を私は見せる。


「…素藤様」

「牙静(がぜい)か」


それから数分後、この建物の入口付近に、彼の手下である牙静が現れたのである。

牙静による突然の出現と鈴茂林の事を思いだした私は、思わず身構える。しかし、彼らはそんな私の事は目に入っていなかった雰囲気で会話をする。


「頼まれておりました品をお持ちしました」

「うむ、ご苦労。…下がってよいぞ」


牙静から小さく包んだ風呂敷を受け取った素藤は、目で手下に合図をする。

すると、牙静はまるで瞬間移動をしたような勢いでその場から姿を消した。素藤は、その風呂敷の結び目をほどき、中にくるんでいた物を取り出す。一つは、紐でしばってある書物。そして、もう一つは―――――――


「それは…!」

「…見覚えがあるだろう?」


目を見開いて驚く中、白髪の鬼は“それ”を持って私の近くへ来る。

彼の手の中にあったのは―――――――――私が通っていた高校の生徒手帳だ。


 私の生徒手帳は、制服と一緒に音音(おとね)さんに預けているから、“これ”は…


そんな考えが頭の中によぎった直後、この生徒手帳が自分の幼馴染・染谷純一の物である事に気が付く。私の思いを察知したのか、彼はその生徒手帳をパラパラとめくる。その最後のページには、制服を着た純一の顔写真が貼り付けてあった。


「…そういえば、貴方は純一の事を知っていたんだっけ?」


さっきまで涙顔だった私は生徒手帳を見たこともあり、気分も大分落ち着いてきていた。


「…左様。文明七年(=1475年)…純一(あれ)に出逢ったのは、今から8年ほど前の事だ」

「…そんなに、“昔”って感覚ではなさそうだけど…?」


私は、彼が本当に少し前の話のような口ぶりをするので、不思議そうに首を傾げる。


「俺は、この姿のまま500年は生きている…。故に、お前たち人の子とは違い、時を感じる感覚が異なるのだ」

「鬼だから…?」


私の問いかけに、素藤は否定も肯定もしない。

“蒼血鬼”として生きてきたのだから、いろんな陰口やつらい事を経験してきたのであろう。それでも、“鬼”という言葉に複雑な想いがある―――――この時の素藤の表情(かお)は、まるでそんな想いを物語っているようだった。



「そっか…。貴方は、八犬伝(こ)の世界の事を、純一から聞いていたのね…」


あれから、素藤は話を本題に戻したのである。

彼は、私に紐で縛った書物を見せてくれた。その書物には、下手くそな字ではあるが―――――『南総里見八犬伝』に纏わるまとめ書きが記されていたのである。


「…その男は、安房国(あわのくに)・富山で俺が発見した。それは、そいつが持っていた書物の内容をまとめた物のようだな。…これを見て、今の名前を知ったのだ」


私が書物を読み漁る中、素藤は“それ”を見つめながら、ボソッと呟く。


 私も借りていた八犬伝の本を読んで、書いたのね…


私は、内心でそんな事を考える。八犬士の事や、物語の発端・犬士列伝・関東大戦など――――世間一般で知られているような内容の全てが書かれていた。しかも、この時代の人でもわかるような古文でだ。また、この時に私は「これを見て、彼は今の名前を名乗りだしたのではないか」と考えていた。しかし――――――


「ねぇ…。純一は結局、どうなったの?現代…いや、先の世に帰れたの?」


私は、ふと思いついた疑問を尋ねる。


 …あれ?


普段ならば、素藤は余裕そうな笑みを浮かべながら答えている。しかし、この時は何も言わないまま黙り込んでしまう。

あまりに予想外な行動に、私は戸惑う。どのような答えが返ってくるのか、戸惑いつつも待っていると…少しの間だけ沈黙が続いた後、彼は口を開く。


「あやつは…死んだ」

「え…?」


その第一声を聞いた途端、驚きの余りに私は身体が硬直する。


「そやつ…すなわち、琥狛が申す“先の世から来た少年”は…どういうわけか、“蟇田素藤(ひきたもとふじ)”と相成り…呆気なく死んだのだ」

「純一が…素藤になって…!!?」


それを聞いた私は、目を丸くして驚く。

聞かされた真実は、不可思議であり残酷だ。原作に出てくる同名の人物は、里見家の浜路姫に恋慕するが叶わず、妙椿(みょうちん)と手を組んで、ひと悶着仕掛ける人物だ。その出自は、親兄弟のいない山賊の子だったという。


 何故、私が来た時期よりも前(・)にタイムスリップしたのかはわからないけど…。とにかく、今目の前にいるこの男性(ひと)は死んだ人物―――――純一の名前を名乗っている…という事…?


私は白髪の鬼を見つめながら、ふとそんな事を考える。


“三木狭子”として見るこの男性(ひと)と、“琥狛”として見るこの男性(ひと)―――――いずれかの感覚(もの)かはわからずとも、この時の私は、彼に対して何か思う所があったのであろう。それは、とても胸が苦しくなっていたからだ。

再び泣きそうな表情をしていた私に対し、素藤は述べる。


「奴は、幾度もお前の話をしていた…。お前が、この書物にあるように右の耳たぶに黒子があり、五の姫とそっくりである事も含めて…な」

「…あんなに歴史が嫌いな奴が、私の事でそんな話を…」


純一の話を聞いた私は、ポツリと呟く。


現代でもよく知る幼馴染が、もうこの世の人ではない――――――――その重く厳しい現実は、今の私には余計リアルに感じられたのである。また、この呟きと同時に『里見八犬伝』の本を一生懸命読みながら書物に書き記す彼を思い描くと、なぜか微笑ましく感じられていた。

この後、私はこの素藤を名乗る男との語らいを続ける。


 …最初に出会った時は怖い男性(ひと)だと思っていたけど、本当は…


会話の中、私はいつしかそんな考えが生まれてくる。

こうして私は、囚われの身という事を一時忘れ、白髪の鬼から様々な話を聞く事ができたのである。

その一方で、行徳にいるであろう信乃達や、最後の犬士・犬江親兵衛(いぬえしんべえ)らが動き始めているのであった―――――――――


いかがでしたか。

今回は割と短く感じた回だったかと思います。


今更ながらですが…この作品はどちらかというと、少女マンガ系の作品です。

だから、こんなシーンも時々あり?

なんて、一応書いときます。笑


この回で、蟇田素藤(ひきたもとふじ)がただの悪役ではない一面が見れたと思います。

彼が見ているのは狭子の中にいる琥狛(こはく)ですが…狭子の事はどのように思っているのでしょうか?

あと、恋愛について補足すると、狭子って意外とモテている…?

これまでの回を書いていて、なんとなく思いました★

また、これまで名前だけ出てきた染谷純一についてもわかったかと思います。

補足をしますと、彼は狭子が来た時代よりも8年ほど昔の世界にタイムスリップ(詳細は外伝参照)して、素藤(この時は違う名前を名乗っていた)と出会います。

そして、いろんな経緯を経て”蟇田素藤”となって、死ぬ…といったかんじです。


さて、次回の展開はどうなるでしょうか?

信乃達は狭子を助けに行きたい気持ちでいっぱいでしょうが、避けられぬ現実もあります。次回はその辺も含めて、語られると思います!

また、次回以降では最後の八犬士・親兵衛が登場予定なので、お楽しみに♪


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