朝から修羅場に巻き込まれた僕。放課後は同級生の相談に乗る事になりました(1)
九話目にしてようやくメインヒロイン候補の登場です
昨日アンジュと瑞樹さんの配信を荒らした僕は清々しさ半分、罪悪感半分という微妙な気分で目を覚まし、寝てるだろう家主を起さないよう、静かに彼女の家を後にし、朝一番の電車で帰宅。千夏さんには遭遇してしまったものの、義姉さん二人には遭遇しなかった。何とも言えない気分で登校したんだけど……
「おっはようー! 陽人!」
校門で幼馴染の五ケ谷夢乃に遭遇してしまった。隣の家に住んでるから家の前で遭遇するのなら分かるんだけど、まさか校門で遭遇するとは……人のエンカウント率とはよく分からない
「うん。おはよう」
「おはよう! 今日も元気だ!」
僕よりも少し背の小さい彼女。背中を叩いてくるとかはないんだけど……
「元気だから離れてくれないかな……その、当たってるしさ」
僕にだけなぜか抱き着く妙なクセがある。彼女の胸にあるたわわに実った果実が腕に当たってるんだけど、当の本人は気にした様子はない。他の男子から嫉妬の目を向けられないのは……僕達が幼馴染同士だって知ってるからだ
「え~! いいじゃん! 私達の仲なんだし!」
何もよくない。幼馴染で昔は一緒にお風呂入った仲だったとしても、お互い今は高校生。僕は男で彼女は女。体つきがかなり違う。オマケに彼女は全校生徒に名前を知られる程度には有名人。こんなところを見られたら……
「「何してるの!!」」
丈達と長村が騒ぎ出す。多くの生徒が登校中で男子から注目されるという事は女子からも注目を集めるという事で……男子は何も言ってこないけど、女子────特に丈達長村コンビが騒がないわけがない
「何って陽人に抱き着いてるんだよ? そんな事も解からないの?」
「「なっ────!?」」
鬼の形相をした丈達と長村を煽る夢乃。二人は唖然とした顔で驚く。そして……
「そういうわけだから二人共邪魔しないでよね! 行こ、陽人」
フフンと笑い、夢乃は僕の腕を引っ張り、歩き出そうとする。でも、丈達長村コンビが大人しくしているわけがなく……
「「待て!!」」
僕達の行く手を阻む。終いには……
「何さ? 陽人と幸せタイムを邪魔しないでくれないかな?」
「それはアタシの台詞よ! 陽人はアタシの男なのよ! 掠め盗るような真似するの止めてよね!」
「莉子ちゃんのじゃないよ!? わたしの陽人君だよ!?」
「違うよ! 陽人は私の!」
「違うわ! 陽人はアタシのよ!」
「違う! 陽人君はわたしの!」
僕は誰のでもない。この三人はどうして僕を当然の如く自分の所有物にしようとするんだろう? 勘弁してよ……と言っても今の彼女達には届かない
「はぁ……」
夢乃にガッチリと腕をホールドされてるから逃げられず、僕は女子三人の言い合いを聞かされる羽目になり、教室に辿り着いたのはHRが始まるギリギリの時間になってからだった
「あ、朝からどっと疲れた……」
HRが終わり、机に突っ伏す。僕にとってやっと訪れた平和な時間。至福の時────
「よぉ、陽人」
にはならなかった。頭の上から能天気な声が。しまった……甲谷の事を忘れていた
「お、おはよう……」
「お、おう……その……何だ? 朝から大変だったな……」
「ま、まぁね……」
「も、モテるってのも大変なんだな」
「僕は望んでないけどね」
僕は複数の異性から好意を寄せられる事なんて望んでない。困ってる人を助けてきたのは僕にとってそれが必要だったからであり、誰かに好かれたくてしたわけじゃない。万が一の事を考えてしただけなんだけど、気が付いたらトップカーストにいた。困ってる時に優しくされたくらいで好意を寄せてくるんだから単純なものだよ
「お前それモテない奴の前で絶対言うなよ?」
「言わないよ……それより、少し休ませてくれない?」
「お、おう……」
甲谷は「話したい事あったんだけどな……」と呟きながら離れて行った。悪いけど、今日は目覚めから気分が優れないんだ。君みたいな騒がしい部類の人間と話す気力なんてない
地獄のような授業が終わり、放課後────
「やっと終わったよ……」
四月だからどの教科もあまり難しくは感じず、苦痛だとは思わないけど、自分の苦手な教科はどうしても眠くなる。そんな地獄が終わり、同級生達は解放感に浸っていた。部活がある人は教室を出て、部活に所属してない人は帰宅。僕も例に漏れず準備を整え、遊びの誘いを適当に断って教室を出ようとした。その時────
「陽人、ちょっといいか?」
甲谷に声を掛けられた。今日はアンジュの配信もないから時間はある。ただ、遊びに行く気分じゃないってだけで
「どうしたの?」
「相談したい事があるんだ……」
相談……か。恋の悩みとかだったら嫌だなぁ……
「えっと……明日じゃダメ……かな?」
「時間は取らせねぇ。頼めないか?」
めんどくさいなと思いながら振り返ると────
「え、えっと……とりあえず頭を上げてもらっていいかな? ここ教室だしさ」
甲谷が頭を下げていた。それほどまでに真剣なのか……
「相談に乗ってくれるまでは絶対に上げねぇ!」
「あのね……」
周囲を確認すると「嘘……」「マジで……」という声がチラホラ聞こえた。その後で「あの甲谷が……」という声。最後だけ失礼だな……
「はぁ……分かったよ。ここじゃ何だから歩きながらでいいかな?」
「おう! 助かる」
「じゃあ、さっさと準備してきなよ。僕は玄関で待ってるからさ」
「おう!」
甲谷は足早に自分の席へ戻って行った。それを見届けた僕は一足先に玄関へ向かう。他の人からの誘いを断った手前、甲谷だけ特別扱いしたと思われたら居た堪れない
玄関に着き、外靴に履き替えると僕は校舎を出た。授業で蕩けてる脳みそを外の肌寒さが程よく正気に戻してくれる。吐息が白く凍る事は少なくなってきてはいるけど、まだまだ外は寒い。五月上旬くらいからやっとコートなしで夜も出歩けるかな? 僕は甲谷を待つ間、いち早く夏が来る事を祈っていた
「よ、よぉ、待ったか?」
背後から甲谷の声がし、振り返ると……
「お待たせ! 陽人!」
「待たせたわね」
「陽人君! わたしが温めてあげるね!」
夢乃、丈達、長村に捕まった甲谷がいた。何で?
「え、えっと……どうして夢乃達が?」
「す、すまん……教室出ようとしたら捕まった……」
「えっと……どうリアクションしたらいいの?」
「何も言わないでくれ……」
教室で注目を集めていたから丈達と長村に捕まるのは理解出来る。同じクラスだし。でも、夢乃は理解出来ない。彼女は隣のクラス。丈達長村コンビに比べると捕まる確率は低い。僕を含めこの場にいる全員が帰宅部だから遭遇してもおかしくはないんだけどさ
「甲谷君の相談って彼女達がいても平気なら僕は何も言わないよ」
教室を出る時、声のトーンは真面目なものだった。相談の内容が恋愛に関係するものなのか、その他なのか……
「平気は平気だけどよ……その……」
「その?」
「ちょっとマニアックになるっつーか……何というか……な?」
な? って言われても困る。彼には彼女がいるから恋愛関係ではなさそうだけど……
「な? って言われても分からないよ。とりあえずさ、移動しない? 女の子に聞かせられはするけど、学校の中じゃ話しづらい事なんでしょ?」
「ま、まぁ……そうだな……できればあまりいい話じゃねぇから莉子達には席を外してほしいんだが……」
そう言って甲谷は夢乃達を横目でチラッと見た
「「「無理!!」」」
女性陣は甲谷の意見を一蹴。何が何でも付いて来るつもりらしい
「だよなぁ……」
「あ、あはは……」
ガックリと肩を落とす甲谷と鼻を鳴らしながら胸を張る女性陣。どこのかかあ天下? 僕は苦笑を浮かべるしかできなかった
学校を後にした僕達は結局昨日と同じゲームセンターの中にあるカラオケ店に来ていた。学校からここまでかなり距離があるから女性陣は帰るのかと思っていたけど、意外な事にここまで着いてきた。バス使えば大した距離じゃないんだけどね。徒歩だとかなり距離がある
「さて、蓮。相談とやらを聞こうかしら?」
「は、はい……」
対面する形で足を組んで座る丈達と完全に委縮してる甲谷。ナニコレ? 浮気された嫁とバレた夫じゃん。僕いらないよね?
「僕帰っていいかな?」
僕は思わず本音を漏らした。丈達がいれば僕は必要ない。ここへ来る道中、甲谷の相談内容は大筋で聞いた。なんでも彼の彼女に関係するらしい。僕が聞いたのはこれだけで詳しくは落ち着ける場所に着いたら話すと言われ、今に至る。でも、二人の様子を見てると僕は必要ないような気がする
「だ、ダメだ! 莉子達はいいが、陽人はいてくれ! そのちょっとデリケートな相談なんだ!」
独り言のつもりで言ったのが聞こえていたらしい。甲谷は勢いよく立ち上がる。彼女に関係するものでデリケートな相談なら僕よりも丈達や夢乃達の方が適任なんじゃ……
「彼女関係のデリケートな相談なら丈達さん達の方が適任なんじゃないの? 男の僕じゃいいアドバイスできないと思うよ?」
女の子に関する悩みは女の子にした方がいいに決まっている。男の僕にする方が間違ってる
「相談は麻子姉ぇの事だが、内容は違うんだ!」
「そうなの?」
「あ、ああ……」
どういう事? 僕達は全員頭に疑問符を浮かべた。彼女に関係する話なのに内容は違う。言われている意味が理解出来ない
「意味分かんないよ」
「ちゃんと話してくれないかな?」
「夢乃と結菜の言う通りよ。ちゃんと話なさい。お姉ちゃんの事なら妹であるアタシも無関係じゃないわ」
甲谷の彼女について僕は何も知らない。丈達の姉だというのは昨日聞いた。あくまでも聞いただけ。会った事すらない人に関係する相談ならさっきも言ったように僕よりも夢乃達でしょ。丈達なんて麻子って人の妹なんだから
「は、陽人は男だから解かってくれると思うが、女子には理解出来ないと思うぞ? それでも聞くか?」
おずおずと口を開いたと思えば甲谷は女性陣を試すような事を言い出した。僕は解かるって言い切られても困るんだけど……
「アタシは聞くわよ。お姉ちゃんの事だしね」
「私も! 陽人だけ解かるのズルい!」
「わたしも! 仲間外れは嫌だよ!」
女性陣の意見は全員一致。それを聞いた甲谷は諦めた様子で深い溜息を吐き────
「なら、聞いてくれ」
真剣な表情で僕達を見た。彼の相談が何なのかは分からないけど、何だろう? そこはかとなく嫌な予感……
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました