夏の暑さにやられた僕。今日は昼食を作りません
夏休み到来!
甲谷達の進路相談に乗った日から数日が経ち、夏休み初日。部活動がある人は今も学校にいるだろうけど、僕、五味陽人は────
「暑い……」
茹だるような熱気にダウンしていた。それは僕だけじゃなく……
「あ~づ~い~」
「茹で上がりそうだわ……」
「はると~……」
恋紋さん、凛瑠葉さん、夢乃も同じだった。エアコンが点いていて室内は外より快適なはずなのにどうして僕達が茹だっているか。それは単に外が暑いから。夢乃がここにいるのは凛瑠葉さんが呼んだから。瑞樹さんと鉢合わせなくてよかったと心の底から思う
「はいはい、何か冷たいものでも持ってくるよ」
徐に立ち上がり、僕はキッチンへ向かう。部屋の中は快適なのに外が暑いとどうしても茹だってしまうのは不思議でならない
「涼しい……」
飲み物を探すために冷蔵庫を開けると冷気が一気に流れ出る。男性女性関係なく、家庭に入って家事をしている人の役得とはまさにこの事。電気代と食材の鮮度的な意味でよくはないんだけど、探しものをしている時は仕方ない。仕方ないんだ。僕は自分に言い聞かせながらスポーツドリンクを取り出した
四人分のグラスが乗ったお盆を持ってリビングに戻ると……
「もうダメだわ……」
「は、陽くん……」
「陽人……」
だらしない恰好で床でだらける女性陣の姿があった
「うら若き乙女の姿とは思えない……この姿は乙女どころか女ですらないんだよなぁ……」
彼女達の評判は知らないけど、どう見てもこの姿は他人には見せられない。例えば、恋紋さん。彼女に憧れる人達がいたとしよう。外じゃクールなお姉さんキャラで通っているのに家じゃ暑さに負けて床にだらしなく寝そべるダメ人間。誰も想像できないだろうし、とても人に見せられる姿じゃない。要するに何が言いたいのかと言うとこの姿を見られたらマズいって事
「全く……」
恋紋さん達のだれる姿に僕は眉間を抑えながら溜息を吐いた。暑いのは理解できる。グテ~ってしたくなるのも無理はない。女性にいつもちゃんとしていろだなんて古臭い意見を押し付けるつもりもない。ただ、物には限度というものがある。彼女達はその限度を超えているわけで可愛いの範疇を超えている
「の、飲み物……」
「は、陽くん……」
「はると……早く戻ってきて……」
今の恋紋さん達を解かりやすく例えると砂漠で遭難した冒険隊。それも水を失った。それくらい見ていてリアクションに困る
「もう戻って来てるんだけど……」
こういうノリが一番困る。配信でもそうだけど、それ本当に配信で言う事? って思う発言してる人が時々いるんだけど、本人に悪気はなく、単に面白いと思って言ってるだけだから始末に負えない。本人の為に言明は避ける。今の恋紋さん達のノリはバカな配信者のそれに近い
「配信でも同じ事言ってないよね……」
恋紋さん、凛瑠葉さん、瑞樹さんを始め、Vtuber連中がどこでどんな風に炎上しようとどうでもいい。自分の不適切な言動が招いた結果なんだから。仮に彼女達が炎上したとしても僕は全力で放置するだろう。ただ、住所特定されて僕にも被害が及びそうだから心配する体は装っておく
「飲み物置いとくね」
テーブルにお盆を置くと僕はその中からグラスを一つ取り、スポーツドリンクを一気に飲み干し、部屋に戻った
「炎上か……」
ベッドに寝ころび、炎上について考える。ネットだと不祥事の発覚、失言や詭弁と判断されたのを皮切りに収拾が付かない事を炎上と呼ぶらしい。有名人やVtuber関係なしに失言した人は高確率で炎上しているから間違いではないと思う。アンジュの場合は知る人ぞ知る人に叩かれてる状態だから炎上と呼んでいいのかは分からない
「夏休みくらいアンジュの事を考えるのは止めよう……」
どんな人間にも休息は必要だ。僕にとっての休息はアンジュの事を考えない事。学校がある日にアンジュの事を考えてるわけじゃないけど、あの被害妄想が服着てるような存在について考えるのは疲れる。とはいえ、放置しておくと僕を始め、あのオバサンに物申している人達の風評被害が広がるから見張っておかなきゃならないのも事実。キッカケはゲームで物申したりと何気ないものだったのにアイツに目を付けられたら最後、話が大きくなりすぎるから困る
「考えないようにするのは無理なのかな……」
今こうしている間に根も葉もない噂を流されているのかと思うと不安に駆られる。被害妄想をするのは勝手だけど、迷惑を掛けられたら堪ったものじゃない
「気分転換しよう……」
ベットから起き上がりパソコンを起動させる。今の時間帯アンジュは寝てるだろうからUWОにログインしても問題ないだろう
UWОにログインし、最初に確認するのは現在ログイン中のプレイヤーリスト。アンジュやその仲間に絡まれたら面倒だし、何より今だけはアンジュを忘れたい
「アンジュに関係している人は……いないようだね」
アンジュの関係者がいない事にホッと一息。さすがにキチガイとはいえ社会人。働いてるよね。まぁ、いてもいなくても今日はVCを点けるつもりはない。このゲームは自由度が高くて遊んでる分には楽しいんだけど、民度の低さがたまに傷。PKアリのゲームだからイキリキッズが出るのは仕方ない事だけど、いい歳した大人が顔も見えない相手にマウント取って来るとは思いもよらない。ネットが進化した故の弊害だとしたらこれほど迷惑なものはない
「ネットの中だけじゃ姫と王子になりたいのかな……?」
確認を終え、メインメニュー画面に戻ったところでアンジュとその仲間達の行動に一つの疑問が浮かび上がる。ネットの世界と言ってもコメントを書き込んだり、ゲームキャラを動かしているのは人間。つまり、Vtuber同様、中の人が存在する。顔が見えず、リアルの自分を知る人はそういないだろうから身分や肩書を偽ろうと思えばいくらでもどうとでも偽れるのがネットの世界。自分をどう見せるかはその人の自由なんだけど、アンジュと彼女のリスナーの関係を一言で言い表すのなら姫と家来。どう見ても普通じゃない。けど、家来の方はどうにか王子様になろうと必死になっている部分があるようでならない。アンジュも姫になりたい節があるから目くそ鼻くそなんだけど。僕にはそれが引っかかる
「アンジュは十中八九そうだとしても囲いの方は違うでしょうに……」
アンジュは顔出ししてるからブサイクなのは明白。でも、囲いは違う。誰一人として顔出ししてない。ブサイクを囲って何が楽しいのか疑問でならない
「リアルじゃ余程女に縁がないから必死なのかなぁ……」
ハッキリ言おう、人は見た目じゃなく、中身だ。どれだけイケメンでも中身が最悪だと嫌われる。反対にブサイクでも性格がよければモテる。マンガや小説だとブサイク=モテない風習があるけど、リアルじゃ違う。それに、アンジュじゃなくても女性プレイヤーは探せば腐るほどいるのにどうして……
「ダメだ……全く分からない」
どんな配信者にもアンチは付く。逆を言えばどんな配信者にもファンが付く。アンジュのファンがいても不思議ではない。だけど、推しが悪い事をしたらちゃんと正してあげるのが本当のファン。イエスマンしかいない配信者は伸びないだろうし、炎上した時に立ち直れない。悪い事をしても注意してくれないから反省せず、同じ事を繰り返す。あのオバサンの場合は────
「意見や注意を誹謗中傷と捉えるからなぁ……やり様がないんだよなぁ」
こうした方がいい、ああした方がいいとコメントした人は善意でそう言ってくれてるだけなんだと思う。けど、アンジュは注意やアドバイスを否定する。「いや、それは……」から入ると話が先に進まないのなんて子供でも理解できるんだけどね……
「どうでもいいか」
僕はアンジュの事を頭から消し、久々に任務をやる事にした。野良で潜ってPKすると余計な揉め事を呼ぶ。何よりアタオカの相手をする気がしない。たまには任務をこなすのも悪くないだろう
「ん~!」
一息ついたところで僕は任務を中断させ、身体を伸ばす。時間を見ると十二時を回っていた。言わずとも昼食の時間なんだけど、この暑さのせいか作る気がしない。やる気がないんじゃないよ? 単に熱気を浴びたくないだけで
「今日は……出前でいいか。やる気しないし、後片付けも面倒だし」
今日の昼食当番は僕。作るも作らないも自由だ。料理の腕に自信がないわけじゃないけど、こう暑いと台所に立ちたくない。主婦の皆さんだったらこの気持ち理解してくれると思う
「恋紋さん達は……適当に誤魔化そう」
僕は恋紋さん達のだらけ切った姿を目に浮かべながら部屋を出た
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




