アンジュの複垢を見つけた僕。ゲンナリしました(2)
これは……シリアスなのか?
アンジュの新たな複垢を見つけてから一週間。その後の進展は特になく、比較的平和な日常……とは言い切れないけど、そこそこの日常に戻ったんだけど……
「はぁ……今度はこうなったか……」
昼休み。多くの生徒で賑わう教室で僕はスマホを片手に溜息を吐いていた。今見ているのは青い鳥が目印のSNS。アンジュに関する書き込みなんだけど……結論を言おう。複垢こそ増えてないけど、代わりに濡れ衣を着せられた人が生まれた
「はぁぁぁぁ……」
僕が過去に投稿した書き込みのスクショと猫丸雲母=ブジャル。アンジュを知っている人間から見たらいつもの被害妄想からくる濡れ衣かと呆れかえるものなんだけど、初見が見れば酷く困惑する内容に頭を抱えざる得ない。どうしてこうなった?
「陽人……相談があるんだが……」
頭を抱える僕の元にやって来た甲谷。彼の相談は聞かずとも解かる。アンジュの事だろう
「どうしたの?」
「あ、ああ、実はこれなんだけどよ……」
そう言いながら甲谷は僕の前の席に座る。幸いな事に本来の主は不在。当分帰って来ないだろうし、話が長くなるのなら立ったままより座った方が楽だから咎める事はしない
「うわぁ……」
甲谷のスマホにあったのはアンジュの書き込み。内容は被害妄想からきた濡れ衣。猫丸雲母と内容は異なっていた。ファンから投げ銭を要求するのは間違っている。普通の人間が見れば麻子さんの配信者としての意見としか見えないものなんだけど、アンジュは被害妄想を垂れ流していた。誹謗中傷は犯罪ですと。誰も誹謗中傷なんてしてないのに……いつも通りだとしても頭が痛い
「なぁ、これどうにかならないか?」
「どうにかって言われてもねぇ……アンジュのアカウントを凍結させるしかないでしょ……」
「だよな……」
「本人に言って止めなかったらそうする他ない」
とは言ったものの、個人勢や新人が下手に動くべきじゃないのも事実。麻子さんのファンがあのオバサンに意見したら状況は更に悪化し、また配信を荒らされる恐れがあり、動けるのは僕や同士達だけなんだけど……被害者達が僕らとやり取りするのは危険すぎる。アンジュは僕達の事を監視してるから連絡はDMでする他ないんだけど、大抵の配信者はプロフィール欄にDMはコラボのお誘いか企業案件のみにしてくださいと書いている。結論を言うと僕達が動く事はできない。かと言ってこのまま放置するわけにもいかないし……こういう時に個人勢のバカさ加減が仇となる。リスナーからDMを貰っても困る時があるのは理解できるけど、助けてほしい時に助けてと言えないだなんてバカ以外の何物でもない
「だよなぁ……」
「でも、見た感じアンジュに止めるつもりはないっぽいよ? みんなで頑張って通報するしかない」
本人に止める意志がないだろうから通報してアカウントそのものを凍結させるしか残された手段はないんだけど、これには問題がある。人数の事はもちろん、一番は凍結が解除されるという問題だ。要する時間はどれくらいか分からないけど、場合によってはアンジュのメイン垢が凍結解除される可能性がある。前に凍結させた時は41日で解除された。アンチアンジュの面々からすると永久凍結が望ましいんだけどね
「それしかないか……」
「直接物申すと標的にされそうだしね。黙って通報して凍結を狙った方が麻子さん本人やファンのためだよ」
「そうだよな……よしっ、クラスの連中に呼びかけてみるわ」
「うん。僕もできるだけ協力するよ」
「おう!」
勢いよく席を立ち、教壇へ向かう甲谷の後ろ姿を見届け、僕は再びスマホに目を落とす。アンジュの被害者を増やさないためには彼女をネットの世界から追い出す他なく、動画サイト、SNS共にアカウントを凍結させるしかないのは確かなんだけど、なかなか潰れない。目に見えない何かがあのオバサンに味方しているとしか思えない強運で必ずと言っていいほどアカウントが復活する。こればかりはどうしようもない
「全く、勘弁してほしいものだよ……」
いつの間にか始まっていた甲谷の演説を軽く聞き流し、僕は窓の外を眺める。このままアンジュの暴走や複垢を放置していると面倒な事になる。人数が圧倒的に足りないのは事実。だけど、ネット民って結構冷たいもので協力を呼び掛けても反応してくれるのはごく一部な上にリアルでもだけど、厄介事に自ら首を突っ込もうだなんて物好きはいない。マンガとかにある協力して悪を滅ぼそうだなんて展開はあり得ない。薄情だと言ってしまえばそれまでなんだけど、誰だって自分の身は可愛いから協力してくれなかったとしても無理はない
「はぁ……くだらな」
外を眺めながら溜息を吐く。肩書、所属に拘り、自分は他人の困っているところを見ても知らんぷりなクセに自分が困っていると困ってますアピールして反応を示さなかったら怒り狂う。全く……
「何の意味があるのやら……」
僕は世の中が分からない。ネットという顔すら見えない世界で人を助ける意味も肩書や所属で交流する人間を決める意味も何もかも分からない。確かに僕だって交流するアカウントは選ぶ。明らかにサクラで出会い目的だろってアカウントとは相手からコンタクトがあったとしても返事を返す事はしない。なぜか? 興味がないから
「アンジュを潰す意味あるのかなぁ……」
これまでは被害に遭った新人Vtuberの為とか言っていたけど、放置してもいいと思うようになってきた。別にアンジュごときの悪意に負けるのならそれはそれ。所詮はそこまでだったって話。僕にとってどうでもいい事だ
「瑞樹さん達守るの止めよっかなぁ……」
何もかも投げ出したいと思う昼休みだった
学校を終え、一人になりたかった僕はクラスメイトの誘いを全て断り、帰宅した
「一人になったところで考えが纏まるわけじゃないんだけどね」
自室に入り、カバンを放り投げると着替えもせずにベッドに寝ころんだ。僕の頭を駆け巡るのは瑞樹さん達新人Vtuberを守る意味。あの人達だってバカじゃない。配信をする前にアンチや配信荒らしの存在を考えなかったわけじゃないとは思う。たけど、実際はどうだろう? SNSにあげられるのはリスナーにされて嫌だった事やお願い。バカじゃないかと思う。リアルでも人に迷惑を掛ける変な奴や他人を思いやれない奴はいる。ネットの世界でも同じで人の気持ちを考えない奴、迷惑を掛ける奴というのはいる。これらの事をどうして初配信前に予測できないのか
「どいつもこいつも考えが浅はかすぎるでしょ……」
新人Vtuberを侮辱するわけじゃないけど、さすがにバカとしか言いようがない。アンジュは投げ銭を強要するし、人によっては投げ銭が来たら~だなんてバカな企画をする。僕にとってはどちらも同じにしか見えない。人に好意を強要する奴も人の好意を試す奴もどちらもバカだ
「新人Vtuberの配信を荒らしてた方が楽なのかな……」
コメント欄を荒らすとブロックされる。その度に複垢を作ってたんじゃキリがないからやらないけど
「どうするかは追々考えますか」
僕はベッドから起き上がり、着替えを手早く済ませるとキッチンへ向かった
あれから夕飯の支度を済ませ、適当に時間を潰していると凛瑠葉さん、恋紋さん、瑞樹さんの順で帰宅。全員揃ったところで夕飯になったんだけど……
「あ、あの……陽くん?」
「何?」
「が、学校で何かあったのかしら?」
「別に」
「そ、その割にはさっきから溜息が多いよ?」
「関係ないでしょ」
重苦しい空気がリビングを支配していた。原因は言うまでもなく僕。苦笑を浮かべている凛瑠葉さんに気まずそうにしている恋紋さんと瑞樹さん。そして、どうみても不機嫌にしか見えない僕。楽しいとは程遠く、女性陣が僕を怒らせたような気まずい食卓。彼女達に非はない。僕が自分のしている事に意味が見出せないだけで
「で、でも……」
「凛瑠葉さんにも恋紋さんにも瑞樹にも関係ないよ。ただ、僕が自分のしている事に意味を見出せないだけで」
「そ、それって────」
「ご馳走様でした」
僕は凛瑠葉さんの言葉を遮ると席を立ち、自分の食器をキッチンへ運び、そのまま部屋に戻った
部屋に戻ると僕は帰って来た時と同じくベッドへ寝転んだ
「やっちゃったなぁ……」
押し寄せてくるのは後悔の念。あれじゃ八つ当たりもいいとこだ
「何をしてるんだろう……」
僕が新人や個人勢を守る義務も義理もない。妙な正義感を振りかざして自治厨をする必要はもちろん、SNSでアンジュに絡まれた人を庇う必要なんてどこにもない。瑞樹さんに友達を助けてと言われ、何となく自分がやらないとって思ってたけど、実はそうじゃなく、自分の身は自分で守るべきだ
「個人勢や新人Vtuberを守るの止めよう……」
何もかもを投げ出し目を閉じた。やりたいなら勝手にして。僕には関係ない。守ったところで報酬が貰えるわけじゃなし、いつも受け身でいる連中の事なんて知った事じゃない引退でもなんでもすればいい。ソイツは人気Vtuberの器じゃなかったってだけの事。こう言っちゃなんだけど、代わりなんていくらでもいる。世話を焼いてやる必要なんて最初からなかったのかもしれない
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




