我慢の限界が来た僕。家出します(1)
家で二回目です
アンジュ、瑞樹さん、麻子さんのコラボとは呼べない配信────いや、配信と言っていいのかすら謎なイベント開始から八時間が経過し、現在二十一時。甲谷と丈達の痴話喧嘩が始まってログアウトしたから結末を知らない。僕にとって配信者同士の人間関係など知った事ではない。
「アンジュでも一日に二度の配信はしないでしょ……」
僕は珍しくUWОに潜っていた。アンジュの配信を荒らしている時とは違い今は純粋にゲームを楽しめる
“見つけたぞ!! ブジャル!!”
このメッセージのせいでゲームを楽しむどころじゃなくなった。今のメッセージを送ってきたのはバレー……甲谷だ。画面にバッチリ“バレーからメッセージが届いてます”って表示されてる。相手を確認するまでもない
「何の用なんですかねぇ……」
対面でもメッセでも鬱陶しい甲谷に僕は頭を抱える。僕に会いたいならSNSのブジャル垢にダイレクトメッセージでも送ってくれればいいのに……応えるかは別だけど
“昼間はよくも逃げてくれたな!!”
頭を抱えていると再び甲谷からメッセが届いた。逃げたと言われましても……
「あんな痴話喧嘩されたら誰だってログアウトするでしょ。二人の会話になんて微塵も興味ないんだしさ」
ここで少し配信者ついて僕なりの意見を言わせてもらうけど、Vtuberに限らず配信で暴言と話題にすら上がってない人の悪口を言う配信者はゴミ。みんな楽しみたい目的で配信を見に来てるんだから他人が不快になる発言しかしないのは論外。配信は愚痴吐き場じゃないからね。甲谷のした事は麻子さんって配信者の配信で暴言や悪口は言わなかったけど、配信って視点で見ると最悪。麻子リスナーはどうか分かんないけど、僕からすると彼らの痴話喧嘩に付き合う義理も義務もない。だから僕は無言でログアウトしたんだけど……
「甲谷も夢乃達も理解してるわけないよね……」
甲谷は丈達と顔を合わせればいつも言い合いをし、夢乃は僕を見つければどこでも抱き着いて来る。長村は丈達と僕の取り合いで喧嘩。今言った事は全て頭に人目も憚らずと付く。分かりやすく言うと甲谷達は恥知らずあるいは自己中。学校の中じゃいいけど、駅とかでされると一緒にいる方が恥ずかしい。ゲーチャでされると……解るでしょ? 面倒臭くなってログアウトしたくなるの
“改めて話をしようじゃないか!!”
ブジャルの正体が五味陽人だとも知らずにメッセージを送って来てると思うと滑稽でしかない。話か……甲谷と一対一でだったらいいか。僕はアンジュの枠を荒らしに行く時と同じセッティングをし、通信を点けた
「はぁ……オレに何の用っスか?」
『昼間はよくも逃げてくれたな! 俺と勝負しろ!!』
これから深夜に入ると言うのに元気な甲谷。彼には昼も夜も関係ないのか?
「逃げたんじゃなくて、お前ともう一人がアホな痴話喧嘩を始めたから面倒臭くなっただけ。逃げちゃいない。お前らの関係なんてオレの知った事じゃないけど、配信中に内輪ネタはないだろ。じゃあな」
僕は言うだけ言って通信を切ろうとした
『ま、待て!!』
「何だよ? まだ何かあるの?」
『園田綾の枠を荒らしたのお前じゃないんだよな?』
「はぁ……またその質問かよ? オレじゃない。あの後アンジュに何言われたか知らないけど、他のVtuberに構ってられるほど暇じゃないんだよ」
暇じゃないのは事実。自分の立場を客観視すると、進路や勉学はもちろん、人間関係の事も考えなきゃならない。アンジュの配信を荒らすだけでも手一杯ってわけじゃないけど、他のVtuberに構っている暇がないのも事実。僕にだって現実での生活がある
『その言葉に嘘はないか?』
「ない。オレにだって勉強があるんだよ」
『勉強? ブジャル、お前学生なのか?』
「まぁな。ついでに言うとオレは高校二年生だ」
『マジ!? 俺と同じ年なのかよ!?』
「そうだよ。だからオレに園田綾の枠を荒らしに行く暇ないの。分かる?」
本当はネット上で個人情報特定に繋がる事を軽々しく口に出すのはタブーなんだけど、アンジュが余計な事したせいで言わざる得なくなってしまった。別にバレないからいいんだけどね
『それは分かるけどよ……まさかブジャルが高校生だとは思わなかったぞ……』
驚嘆の声を上げる甲谷。彼はアホだからブジャル=五味陽人って答えに辿り着かない。当然夢乃達も。だからこそ自分の身分を明かしたんだけどさ
「高校生だよ。勉強するからもう落ちるね」
『あ、ああ……』
僕はログアウトボタンをクリックすると付けていたヘッドホンを外し、ベッドへ寝転び目を閉じた
アンジュ、瑞樹さん、麻子さんによる三つ巴の戦いとも取れなくないコラボから一夜明け、日曜日。僕は窓から差し込む日差しで目が覚めた
「朝……というよりもう昼か……」
ベッドから出て時計を見るともう十時を回っていた。完全に昼。今から朝食を食べるには遅すぎる
「はぁ……」
僕は溜息を一つ漏らすとリビングへ向かった
リビングのドアを開けると千夏さんの姿はなく、昨日と同じように義姉二人がいた。今度は失敗しない
「おはよう」
昨日は音もなく入ったけど、今日は入ると同時に挨拶してやった。これなら文句あるまい
「おはよう、陽人」
「おっはー! 陽くん!」
「おはよう、恋紋さん、凛瑠葉さん」
僕は義姉二人の機嫌を損ねないように細心の注意を払いながら自分の席に着く。この二人は一言で言うと堅物教師。物腰が違うだけで言ってる事は基本真面目しか取り柄がない堅物教師。一緒にいて居心地が悪くないわけがない
「おはよう。ちゃんと挨拶できたのは偉いけど、もうちょっと早く起きられないのかしら?」
「そうだよ! 陽くん起きるの遅いよ!」
「ご、ごめん……」
挨拶したのに怒られるとか理不尽……
「謝れと言っているんじゃないの。規則正しい生活を送りなさいって言ってるのよ」
「そうだよ! いくらお休みだからってお昼まで寝てちゃダメだよ!」
「ご、ごめん、ちょっと疲れてて……」
苦笑交じりに謝る。疲れていたのは本当だ。嘘は言ってない
「そんなの言い訳にならないわ。私達は貴方のために言ってるのよ」
「そうだよ!」
僕のため? そんなのいつ頼んだ? 誰も頼んでない。自分の中で何かが切れた
「うるさいなぁ……誰も頼んでないでしょ」
「何? 義姉の私達に逆らうの?」
「陽くん、義弟は大人しく義姉の言う事を聞いていればいいんだよ?」
恋紋さんと凛瑠葉さんが僕を睨む。睨めば下の立場にいる人間が言う事を聞くと思ったら大間違い
「僕は都合のいい人形じゃない」
「待ちなさい!!」
「話は終わってないよ!!」
僕は軽蔑の眼差しを二人に浴びせ、リビングを出た
部屋に戻り、着替えを済ませた僕は適当な大きさのカバンを引っ張り出し、最低限必要なものを手あたり次第詰め詰め込む。もうこの家にはいたくない。何かと口うるさい義姉にいつも気を使わなきゃいけない義母。僕にとって居心地が悪い事この上ない。これなら瑞樹さんの家にいた方がまだ心が休まる
「行きますか」
財布とスマホを確認し、詰め込めるだけ詰め込んだカバンを背負い、部屋を出てそのまま忍び足で玄関に向かう。制服と通学カバンは明日の朝取りに来よう
「どこに行くのかしら? それに、その荷物は何?」
靴を履いている途中、背後から恋紋さんの声がした。どこに行く? そんなの僕が聞きたい
「関係ないでしょ。僕がどこに行こうと荷物が何であろうとさ」
「関係あるわ。義弟がどこかに行こうとしてるなら確認するのが義姉よ」
「あ、そう」
「そうよ。それに、声を掛けられたなら振り返るくらいしたらどうなの? ハッキリ言って感じ悪いわよ?」
振り返らないって事は察してよ。顔も見たくないって事にさ
「…………うるさい。実の姉じゃないクセに口出ししないでよ」
「血の繋がりなんて関係ないわ。私達は家族よなんだから」
「そう思ってるのはアンタだけだよ。僕はアンタ達を家族だとは思っていない」
「陽────」
「じゃあね」
「待っ────」
僕は恋紋さんが止めるのも聞かず家を出た
家を出て平和駅で電車に乗り、札幌駅に着いてからは早かった。僕の家出先なんて瑞樹さんの家一択。彼女は何も聞かずに置いてくれるから行く前に電話一本入れておけばオールオッケー。という事で────
「は~る~と~、お腹空いた~」
僕は瑞樹さんの家に転がり込んでるんだけど……到着するなり抱き着かれた。彼女を引きずりながらリビングまで来て、ソファーまで辿り着いた自分を褒めたい。瑞樹さんが人に抱き着く時は不安な事があった時とか寂しいと感じた時だ。心当たりがないわけじゃないけど、決定打には欠ける
「そう言われても……瑞樹さんが抱き着いてるから動けないんだけど……」
「だって……」
「だって何?」
「ブジャルって人にまた配信荒らされると思うと不安なんだもん」
そう言って抱き着く力を強める瑞樹さん。僕にはどっちのブジャルを指してるのかが分からない。コメ欄を荒らしたブジャルなのか、ゲーム内で配信を荒らしたブジャルなのか……どっちでもいいけどね。コメ欄荒らした方にはキッチリ制裁するし
「そっか……」
「ブジャルは僕だ」とは言えず、ただ瑞樹さんの頭を撫でる。正体を隠す理由は特にないんだけど、何となく隠してた方が面白そうだから黙っておく
「うん……、ねぇ、陽人」
「何?」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「それって今日一日はって事? それとも、今日に限らずって事かな?」
「今日に限らずずっと……」
瑞樹さんの頼みは僕からすると願ったりかなったりだった
「僕でいいならずっと側にいるよ」
「ありがとう……」
僕は瑞樹さんを抱き返した。どうせ家に帰らないんだ。いたくもない場所にいるくらいなら弱っている女の子の側にいよう。うるさい義姉二人より弱ってる従姉だ。僕は配信荒らしだけど、弱っている女性を放っておけるほど鬼畜じゃない
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




