濡れ衣を着せられた僕。甲谷がブジャルに会おうと言い出しました(1)
余計な事は言うべきじゃないね!
甲谷の相談から一夜明けた今日は土曜日。四月も残すところ一週間。春が終わり、これから夏に向かっていく中、僕の心は憂鬱だった
「何でこんな事に……」
自室で一人深い溜息を吐きながら僕は現状を嘆く。こうなった原因はアンジュがバカな事をしたからに他ならず、彼女には迷惑しかしてない
「はぁ……」
こんな事になるなら甲谷から相談に乗ってくれと言われた時、イメージが崩れても断っておくんだったと今になって心の底から後悔している。というのも────────
昨日ゲームセンターを出た時の事────
「なぁ、どうにかしてブジャルって人に会えないかな?」
新札幌駅へ向かう途中、甲谷がふとこんな事を言い出した。彼が言うブジャルに会うというのがオフ会を指すのか、ゲーム内での接触なのかは分からない。だけど、この面子でブジャルに会うのは不可能だ。僕がブジャルその人なんだから
「甲谷君の言うブジャルって人に会うって言うのはオフ会でって事? それとも、ゲーム内でって事?」
彼の考えを確かめるべく僕は夢乃達よりも先に質問した。回答次第で僕の今後の行動が決まる。見捨てるか否か。それを確かめなければならなかった
「もちろん、ゲーム内でだ。どこの誰とも分からん奴と気軽にオフ会なんてできっかよ」
「だ、だよね」
「当たり前だ。同じ札幌市内に住んでるならまだしも地方にいるとか言われたら呼ぶにしても出向くにしても金が掛かる。高校生の俺達においそれと地方に行く金なんてねぇだろ」
「そ、そうだね……」
甲谷の答えに僕はほっと胸を撫で下ろし、女性陣はコクコクと頷く。対面を避けられたようで安心した
「ああ。だから、ゲーム内で接触しようと思う」
安心したのも束の間。またも甲谷がとんでもない事を言い出した。ゲーム内で接触? 冗談じゃない。ここにいる面子全員でブジャルに会いに行こうだなんて言われたらアウトだ。だってブジャルは僕だし
「それいいわね!」
「ゲームだったらお金掛からないもんね!」
「わたしも賛成!」
丈達、夢乃、長村の三人が即座に賛成の意を見せる。安全面や金銭面の事を考えるとゲーム内接触が一番無難なんだけど、僕は彼女達ほど乗り気じゃなかったけど、賛否の前に確認する事がある
「ブジャルって人に会うって言ってもさ、甲谷君はその人がやってるゲームの名前知ってるの?」
カラオケ店での様子を見ると甲谷はアンジュの配信を見た事がない様子だった。アンジュの配信を見た事がないって事はブジャルがやってるゲームを知らない可能性だってある。どう転んでも僕は断るんだけどね
「それはこれからアンジュって人の配信を見て調べる」
「え? 甲谷君、アンジュって人の配信見た事なかったの?」
「いや、見た事はあるんだけど……よ……ちょっとな」
苦い顔をする甲谷の気持ちは痛いほどよく解かる。アレはキツイ。というか、見るのが拷問レベル。思い出すだけでも吐き気するから言わないけど
「ちょっと? ちょっと何よ?」
「甲谷君! 相談しておいて今更隠すのはナシだよ!」
「相談した以上はちゃんと話して!」
言い淀む甲谷に詰め寄る丈達、夢乃、長村。女子だったら見ても精神的ダメージは少なさそうだけど、男が見ると……正直、気持ち悪すぎて吐く
「お、思い出すのすら気が引けるんだが……」
うん。気持ちはよーく解る。アレを見て平気な人は多分、ゲテモノ好きだと思う。配信自体はゲームプレイ動画だから言うほどじゃないんだけどね、その……他の動画やコメントが……ね? 気持ち悪い。温厚な人でも台パンするくらい。僕はアンジュとプリンチ以外は声が聞こえないようにしてるから平気だけど。
「言いなさい! 蓮!」
「言ってよ! 甲谷君!」
「隠されると気になるよ!」
「あ、いや、その……」
僕は甲谷達を見ながら今後の事を考えた。ブジャルとの接触に僕は同行出来ない。僕がブジャルだからね。影分身か影武者でも使わない限り五味陽人とブジャルの邂逅はありえないのだ
「アンジュの奴……余計な事を……」
麻子さんの枠を荒らしたのがアンジュ本人なのか偽物なのかは分からない。どちらにせよ余計な事をしてくれた
「はぁ……」
そこまでして僕を陥れたいのかと思うと溜息が出る。一周回って異様な執念に感心すべきなのかもしれないけど、黒幕にされた立場だから冗談じゃないと憤慨するところなのかもしれない
と、このまま終わればよかったんだけど、ちょうど新札幌駅に着いた頃だった
「ここにいる全員で明日ブジャルって人に会わないか?」
またも甲谷が僕にとってとんでもない事を言い出した。彼の発言に夢乃達は目を丸くし、僕は眉間を抑える。Vtuberの中にはSNS等で自身の配信スケジュールを一週間分発表する人もいるから行動が読みやすい。だけど、僕はVtuberじゃないから明日会わないかと提案されたところではいいよとは言えないのだ。夢乃達にだってスケジュールがあるだろうし
「会うって蓮! そのブジャルって人について何も分からないのよ!? 簡単に言わないで!」
丈達の言う通りだ。ネット民にだって予定はある。仕事をしている人もいれば僕みたいな学生だっている。アポなしで会える程甘くない
「それについては俺が調べる! アンジュって人の事もな!」
自信に満ち溢れた様子の甲谷を見て僕は頭を痛める。調べたところで分かるのは名前くらいのもの。どこに住んでるとか、何をしているかは分からない。今は簡単に特定できる時代になっては来ているけど、それだって技術と知識あっての事。知識ゼロの僕達には無理
「調べるって具体的にどうするのよ? アンジュって人はともかくブジャルって人は配信者じゃないんでしょ? いつ・どこに現れるとも分からない人の行動をどうやって調べるって言うのよ?」
「莉子ちゃんの言う通りだよ! 甲谷君! わたしも明日絶対にブジャルって人に会えるとは思えないよ!」
「私も二人に同感かな。何かの活動をしているならともかく、何もしてない人の行動を先読みするのは無理だと思う」
女性陣の言うとこは正しい。僕自身ブジャルのSNSアカウントは持っている。だからダイレクトでメッセージさえ届けば時間の調整くらいは可能だけど、そのメッセージだって見ない可能性の方が高い。まあ、可能性がないわけじゃないけど。ブジャル本人から言わせてもらえば会うのは簡単。アンジュが配信するのを待てばいい。とは言えない。だけど、放っておくと家に帰れそうにないと感じた僕は……
「ま、まぁまぁ、みんな落ち着いてよ。そのブジャルって人に会うならアンジュって人の配信に潜り込むのが一番だと思うよ? ほ、ほら、いいか悪いかは別として、深い関係にあるみたいだしさ! ね?」
止せばいいのに余計な事を言ってしまった。ここまでだったら僕がバカでしたで済んだんだけど……
「なるほど! 確かに陽人の言う通りだな!」
「さっすが陽人! アタシが見込んだだけはあるわね!」
「陽人君ってやっぱり頼りになるよね」
「幼馴染として鼻が高いよ!」
言い合いをしていた甲谷達から感激の眼差しを向けられる。悪い気はしなかった
「べ、別に僕は思った事を言っただけだよ。それより、アンジュって人のSNSチェックしない? ブジャルって人の事何か分かるかもしれないよ?」
「「「「それだ!」」」」
我ながら余計な事を言ったと反省している。これがなければ翌日面倒な事にならなかったんだから。クワッと目を見開いた甲谷達の行動は早かった。各自スマホでアンジュのSNSをチェック。次の配信が明日────つまり、今日ある事を突き止めた。その後はUWОのアカウント作るという事で解散
その日の夜────
部屋でくつろいでいたところでスマホが鳴り、確認してみると甲谷からのメッセージ。ブジャルがアンジュの配信を荒らしている事と明日の昼過ぎからUWОの配信をするらしい事、彼と麻子さんがそれに乗り込むから僕達も一緒に来てくれないかという事が書かれていた。
「どうしようかな……」
ブジャルの正体はこの僕、五味陽人。でも、甲谷達はそれに気づいてない。何が問題って、彼らの同級生として僕がアンジュの配信に乗り込むとブジャルが現れない。同級生と同じゲームで遊ぶ。悪くはない。だけど、アンジュには借りがある。僕を誹謗中傷の首謀者に仕立て上げたって借りが。僕の答えは一つだった
「ごめん、明日は用事があるからっと……」
僕は甲谷の誘いを断った。五味陽人としてじゃなく、ブジャルとしてアンジュの配信に乗り込み……心折れるまで荒らす。泣いたって止めないと決意を新たにし、この日は終了
で、現在。僕は昨日の行動を激しく後悔していた。昨日、甲谷に適当な理由をつけてアンジュと関わるのは止めるように言っておくべきだった。ブジャルの正体がバレはしないと思うけど、今回の事を期に麻子さんがUWОの配信を始めたらと思うと居ても立っても居られない。あの連中の事だからそのうち僕とUWОで遊びたいと言い始めた日には……目も当てられない
「昼からか……アンジュにしては珍しいな」
アンジュの配信はいつも決まって夜。十九時から二十二時の間。だというのに今日に限っては昼から。確か時間は十三時からだったはず。スマホで時間を確認すると現在午前九時。あと四時間ある
「四時間後か……」
甲谷には断りの連絡入れたし、喋る時はボイチェンを使っている。僕がボロを出さなければバレる心配はない。それに……
「甲谷達とアンジュの一騎打ちか……」
今日の展開に少しだけ胸を躍らせている自分がいる。余計な事を言ったと後悔したけど、甲谷達とアンジュの潰し合いを眺めるのも悪くない。本音を言うと誹謗中傷してきたヤバい配信者の事なんて放っておけばいい、関わらなければいい。そうすれば互いに不快な思いをしなくて済む。けど、甲谷と麻子さんはアンジュと戦うって決めたらしい
「どう転んでも面白くなればそれでいい。ただ、僕を愉しませてくれればね」
今日はどうやってアンジュの配信を荒らしてやろうかと考えながら部屋を出た
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました




