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横四楓院絞男は実妹がお嫌い

 四限目の倫理などという摩訶不思議な授業を終えた。

フゥ……スパイが倫理を教わるなど、このワビ・サビの国ジャパンも随分と平和になったものだ。フフフ、まあいい。ここにいるヒューマンもそのうち僕の祖国の愚民同様に顔を歪ませ、床を這いずり回る生活を強いられることになるだろう。それまで楽しみにして待ってろ……僕はありもしないこの国の未来を妄想しながら、自席から立ち上がった。


 昼休み。

諜報員のプロである僕がベンジョール・ヌーヴォーの瓶とくさやが入ったタッパーを持参して、男子便所へランチタイムに向かうのはいつものルーティンワークの一環である。しかし、である。クラスルームから出ようとした瞬間、聞き流せない会話が僕の耳に入る。


「はあ、今この娘、なんつったの? 『横四方淫十字固め』? カーナーァ? そんな、奴このクラスにいたっけ? ギャハハハ!」

「ギャハハハ! 『横四楓院鯖男』でしょ? ……誰、そいつシラね。そんなことよりさあ、あんた、ちっこくて可愛いね。ザンギー喰う?」


 誰だ。僕の本名で遊んでいる不埒者は……月に代わってお仕置きしてやる。下品な声を一字一句聞き逃さなかった僕はスパイのコードネームを馬鹿にしやがった無法者に鉛玉をプレゼントしてやろうと、声の発信源に目を向ける。そこには山姥のようなコギャルとデーモン小●のような髪のパツキンギャルの計二匹がどこぞの誰かとミーティングしていた。……う、ぼ、僕の苦手分野のコギャルだ。果たしてあの二匹の厚化粧妖怪に僕の御自慢のトカレフが通用するのだろうか。鉛玉が厚化粧で弾かれてしまうのではなかろうか……いいや、通用しない。僕は懐から先っちょだけ出しかけていたトカレフを元の鞘に戻し、無視することにする。スパイのコードネームを馬鹿にした罪は万死に値するが、今日のところはお日柄が悪いから多少の御無礼も鼻糞爆弾で我慢してやろう。


「そ、そんなことない……変態のにぃには絶対に此処にいるはず。ちゃんと、探してください……あ!」


 あの二匹の怪奇!ケバケバおばけに明日必ず鉛玉をプレゼントしてやる、と心の中で祈願していると、僕の地獄イヤーに二匹のオバケモノに絡まれていた女子の声が聞こえてきた。ん?はて、何か聞き覚えのある声のような?まあ、いい、聞き覚えがあろうとなかろうと僕は今からこのワインとくさやを摂取しなければ死んでしまうのだ。後ろ耳引かれる思いではあったが、そそくさとクラスルームから出て行こうとしたその瞬間である。


「変態のにぃに、発見!」


ぱふっ……。


 僕の背中に柔らかな感触が。どうやら誰かが僕を後ろから抱きしめたようである。『僕の後ろに勃つなぁ!』などと発狂し、背後にいる刺客をハチの巣にしてやりたいところではある。しかし、この衆人環視の中、スパイとして目立つ行為は極秘任務的に避けたいし、僕の美学に反する。ここは冷静に……『お前の目的は何だ』『いいか、一歩でも動くな……指一本でも、だ』『僕の意に背いた瞬間、お前の身体は物言わぬ肉塊と化す……いいか、これは要求ではない、命令だ』よし、キタ、カッコいい、僕最高、これでいこう。


「あ、あの。は、離して…………離してください」


 おかしい、何か当初の予定と微妙に違う感じになった。

武者震いの所為か。フフフ、スパイたる者、武者震いの一つや二つ、三つや四つする。

……するんだよ、武者震い。あと偶に失禁も。


「……離さない。何故なら、変態のにぃにはここで私に無様に暗殺されるから」

「ヒギィ! うっあ……や、やめ……やめてくだしゃい、って、『にぃに?』」


 僕の耳元で囁く声。

『にぃに』などというちょっと聞くに堪えない恥ずかしい呼び方。こ、こいつは……。


「お、お前……ひょっとして、睦海むつみか?」

「ひょっとしなくても、私は睦海……変態のにぃにの実の妹であり、敵国イスカンダルから派遣されたスパイ……『横四楓院絞美』。アレクサンドロス大王から変態のにぃにの暗殺の命を受けてここに参上した」


 僕は拘束する手を振り払い、背後を振り返る。

制服の上から黒のマントとサングラスを装着したツインテール少女が仁王立ちしていた。何処をどう切り取っても、正真正銘僕の愚妹である睦海であった。こいつ、拗らせすぎだ。いや、それ以前に馬鹿である。スパイが素性をカミングアウトしてどうする。このようなスパイを馬鹿にする行為は実の妹とはいえ、万死に値するが初登場でア・ボーンは可哀想すぎる。まあ、今日のところは冷蔵庫に入ってあるお前の大好物なブリュレで我慢しておいてやろう、フフフ。


「……睦海。お前、今日学校だろ? 早く帰れよ」


 睦海は花の中学生である。

棲家に帰っても、この痛々しい言動を聞かされる僕の身にもなってくれ。僕を暗殺するとかこれまでで二千百九十九回目に聞いた言葉である……嫌過ぎる。ほんと、誰に似たのだろう。いつまでもコレでは将来が心配である。


「シャアアアア! 変態のにぃに! 私を無視しないで! いい? ほんとに変態のにぃには今日ここで私に暗殺される……アノ二マ」

「そ、それ以上はやめろ!! お前、本当に消されるぞ!? あ、あと、誰が変態だっ!?」


 あの仮面舞踏会に服を着せたような連中を怒らせるとスパイの僕でも手が付けられないともっぱらの評判なんだぞ!TPOをもっと真剣に考えてくれ!


「佐藤くん佐藤くんさっとうくーん! 今日もトイレで元気にもりもりむりむりとご飯だよねー! って、あれ? その娘……」

「…………」


 来た、妖怪声かけ事案女が。

田中某は片手に風呂敷に包まれた弁当を持って僕の所へ性懲りもなくまたやって来た。こいつ、もしかして僕と一緒に男子便所でランチタイムをしようとしてるのか。良くあんなチワワも逃げ出す恐ろしく臭いところでメシ食おうとするな。そんなところで平気な顔してメシ食う奴の気が知れないよ。……誰だ、今、ブーメランだろとか言った奴は。ブーメランは犬畜生とM全裸男の専売特許でしょうが。


「…………」


 睦海は僕の背中に隠れて、顔だけ出して田中某を震えながら首を振って、青ざめた顔で見つめていた。睦海は人見知りである。おい、そして僕の暗殺はどうした。フン、これだからスパイもどきもとい妹の相手をするのは疲れるし、嫌いなんだ。自分で自分の事をスパイだとか『横四楓院絞美』だとかそんな痛々しい名前を平気なドヤ顔して口走る頭のおかしい妹の相手をするのは勘弁願いたいよ。……誰だ、今、超ブーメランだろとか言った奴は。ブーメランはパンツとパピ●ンでの専売特許でしょうが。


「……かっかっかっ、可愛い可愛い可愛い可愛いよー!! なにこれ佐藤くんなにこれ愛玩具みたい!! ねっ、ねっ、ねっ! なにこの可愛いイキモノ! ちょーかぁいいよう! 佐藤くん、おせーて!?」

「ヒッ! う、あぁ! や、やだ! は、離せ!!」


 田中某は何かのスイッチが入ったのか、僕の後ろに隠れていた睦海を無理やり引っ張り出して、抱きしめたり頬を擦り付けたりしている。あ、とってもうらやましいです……ではなく。あ、愛玩具とか人の妹をおっきなお友達御用達の玩具みたく言うな。


「あ。はい、僕の妹の睦海です」


 あ、しまった。

今日も無視するつもりが鬼気迫るような田中某に気圧されて、つい普通に答えてしまった。ま、いっか……妹の名前くらい。血が繋がっているとはいえ、僕は本場のスパイである。極秘任務の為なら、たとへそれが身内であろうとも身売りするという選択肢も辞さない。それによくよく考えてみれば目の前の頭のおかしいメスに睦海を渡しておけば、僕のスパイ生活も安泰ではなかろうか。す、素晴らしい……僕は何て悪魔で鬼畜的天才なんだ。我ながら天才過ぎて涎が出そうだぜ……フフフ、じゅるじゅるじゅるじゅる。


「そっかー、睦海ちゃんかぁ。そっかー……もふもふもふもふっ」

「……ぎっ、ぎぁあああああ! へ、変態のにぃに! タスケテ!」


 田中某は睦海の胸元に自分の顔を擦り付け、柔らかな感触を楽しんでいる。睦海はその魔の手に逃れようと涙目で僕に助けを求める。……何だ、こいつらは女同士で……へ、変態か?


「ほーら、たかいたかいたかーい! むつみちゃんはとってもかわいいこですねー! ほーら、よちよーち!」

「や、やめっ……やめろー! 私は赤ちゃんじゃないぃいいい! う、うわああぁあぁん、変態のにぃにのばかぁあああ……!」


 田中某が小柄な睦海を赤さんのように高い高いプレイしている間に僕はクラスルームをから抜け出し、ランチの永地である便所へ向かった。許せ、睦海よ。お前はキチガ●へ捧げる供物となったのだ。さようなら田中某、そしていらっしゃいませ、すね毛な僕。

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