横四楓院絞男はリコーダーがお好き
どんな善人であろうとどんな悪人であろうと人類皆、平等に朝はやって来る。
僕ことこの横四楓院絞男という特殊な人間とてそれは例外ではない。早起きは三文の徳とは誰が最初に言った言葉であろうか。其の由来を追及することに然程意味はないが何とも奥ゆかしくかつ良い言葉であると僕は思う。徳とは対極の位置にいる僕であるが、早起きは三度の便所飯より大好きな僕である。
「ふぁああ……あ」
僕は欠伸をかみしめながら一人、自クラスへ向かう道程の廊下を堂々と闊歩していた。僕は早朝の人通りの少ないこの学園のどことなく漂う神秘的な雰囲気を気に入っている。ぶっとい青首ダイコンのような太ももを見せつける部活女子を諜報するのも良いが、偶にはこう一人まったりと教室で自分だけの時間を思いのままに過ごすのも良いものである。決して、お友達がいないだとか一人の方が気が楽だとかそういうのではない。
「そう、スパイは永遠に一匹狼なのだ」
フン、だいたいお友達など所詮は上辺だけの関係ではないか……どうせ、最後には寝首を掻かれるに決まってる。それならまだ畜生という名のペットを友達にした方が幾分マシに思える。傍から見ればカワイソ過ぎるように見えなくもないが。何時の時代も裏切るのは結局のところ、人間なのである。そうさ、信じられるのは自分だけ。最後に決断するのは自分である。只、自分のこれと決めた信念は曲げずに己の道を突き進むのみ。それを行動に移せれば人生向かうところ敵なしである。最強である。最高である。
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから」
僕はお経のようにマザー・テレサの名言を口ずさみながら何時の間にか到着した自クラスの扉に手を掛ける。傍から見えれば只の変態のように思えるかもしれない。だが、気にしない。思考が変われば言葉が変わり、言葉が変われば行動が変わり、行動が変われば習慣が変わり、習慣が変われば性格が変わり、性格が変われば運命が変わる。運命を変えるのは自分自身なのである。フフフ、つまりはこの学園の命運も僕が握っているという訳だな(←拗らせ人間の謎の暴論)。さあ、今日も自らの運命を変えるためにこの扉を開こうではないか。僕は教室の運命の扉を思い切り横にスライドして開いた。
「はあ……ハァ……ハァッ……はあぁっ……ンッ。恵……めぐみぃ……気持ちいイカ……めぐみぃ……」
バァンッ。
……何だ、今のは。僕は夢を見ていたのだろうか。
僕は運命の扉を思い切り開いたが、中の様子を確認した瞬間、また運命の扉を思い切り閉めてしまった。扉の向こう側に何かリコーダーの先に舌先を這わせようとしている女子がいたような気がするが。
「うん、きっと幻覚なのだろう」
スパイたる者、幻覚の一つや二つ、三つや四つ見ることはある。
それはナニも珍しい事ではない。僕は自分にそう言い聞かせるように再び、運命扉に手をやり、恐る恐る開いた。
「んちゅっ……ちゅっ、ぢゅう゛う゛ううっ……じゅるるるルルルっ……ぷっ、はぁ。フフフ、そうか……恵はディープキスが好きなのだな、はむっ」
……僕は目が疲れているのだろうか。いや、白昼夢かな。
恐る恐る開いた扉の先に見えたのは、リコーダーを思い切り咥えて、涎塗れの口で吸い上げる女子の姿であった。恍惚感溢れるその女子の顔からはどことなく狂気さえ感じる。そうか……最近の若者のトレンドは誰もいない教室でリコーダーと嬉しそうに会話することなのだな。
うん、やべえ、怖い、ホラーかよ。
さっき人生向かうところ敵なしとか言ったが、あんな妖怪の相手はしていられないし、命が幾つあっても足りやしない。僕は運命扉をまた思い切り閉めて、そのまま脱兎のごとく駆け出した。
「だ、誰だっ……! まっ、待てえ!!」
僕が逃げ出すと、背後から声を荒げる先程の女子の声が聞こえてきた。
ゲッ……気付かれた!そして逃げながら背後に振り向きその姿を見ると、変態女子はレズ魔の魔切さんであった!や、やっべえ……えらいのに目をつけられちゃった。しかし、待てと言われて素直に待つ僕ではない。
「待て、待て、待てええええええ!! 待たんとコロスぅうううううう!!」
「ヒッ……ヒィイイイイイイ!!」
魔切さんは片手に先程、蹂躙していたリコーダーを振り回して僕を追いかけてくる。ま、待ってたまるか!リコーダーを問答無用に犯す人間に捕まったらどうなるかなんて火を見るより明らかである。や、やっべえ、僕、今日生きて帰れるかな。全速力で逃げる僕。全速力で追いかける魔切さん。只、僕の全速力何て所詮は瞬発的で、スポーツを苦手とする僕は持続力なんてあって無いようなものだから十数秒後には息を切らせてその場で蹲ってしまった。
「はあ……ハア……! ようやく、追いついたぞ……!」
魔切さんも相当に全速力で走ったのだろう。
魔切さんは息を切らせて、睨み付け、僕を上から見下ろしていた。
「ひ、ヒェ……! だ、誰かぁ……た、たしゅけて」
「だっ、黙れえ! わ、私はな! べ、別に……恵のリコーダーを舐めてなどいない!」
魔切さんは僕にリコーダーの先を突き付けて、声を荒げる。
ぼ、僕はまだナニも言ってませんが。
「ど、どうか……い、いのちだけはぁ」
「う、うるさいッ! ぺろっと……ちょっと、ちょろっと、あ、味見をしただけだ! け、決して下心あっての行動じゃないんだ!」
「へ? い、いや……あ、あの」
「そ、そうだ……何だその目は! も、文句でもあるのかこらあ! 私は恵のオナペットなのだ!! だ、だから……私が恵のリコーダーを舐めようがしゃぶろうが玩具に使おうが……貴様のような流れ者に文句を言われる筋合いはないはずだ!!
「ヒ、ヒィ! ごめんなしゃいごめんなしゃいごめんなしゃごめんなしゃ」
「……フッ、ハハッ、アハハ! そ、そうだ! お、お前だって童貞男子なのだから恵のリコーダーを舐めたいだろう! 舐めたいに決まってる! そ、そして舐めながら『僕のリコーダーを舐めて見ろ、フヒヒヒヒ!』とかやるに違いないんだ! ほ、ほら、咥えて見ろ! 吸いたいんだろう! む、むしゃぶりたいんだろう! ほ、ほれ……ほーれ!!」
「オボッ、オボッ。オッボッ! オボボボボ!!(うまっ、うまっ。生まれる! 何かが産まれちゃう!)」
魔切さんは僕の口内に先程の散々やらかしたリコーダーを無理やり咥えさせる。ナ、ナンナノコレ……変態自慢ですか?会話にならないし、怖すぎる。も、もうお家に帰りたい……タスケテ、マンマァ。
「おろ? おっはよー、佐藤くん……と。き、切ねえ」
僕が強靭で狂人なレズ魔に上のお口にリコーダーをぐいぐいと押しつけられていると、学園指定の鞄を持った女子生徒もとい田中某が現れた。な、なんてタイミングで現れるんだよこの天然記念物は。傍から見たら痴情の縺れというか窒息プレイみたいにしか見えない!
「オボッ! オボボボボ!(タスケテ! タスケテクダサイ!)」
「な、ナニやってるの二人とも……あ、朝からお楽しみ中でしたか。邪魔してごめんなさい……ご、ごゆっくり」
な、何で小さくとっとこハム太郎みたく縮こまってんだよ!
何時もみたく僕にちょっかい掛けろよ!ていうか、この状況から僕を助け出してください!
「ま、待ってくれ! 恵ぃ! ち、違うのだ……! その、恵……お前はこの男のリコーダーを舐めましたか!?」
な、何を言ってくれてますのんこのレズ魔。
「は、はあ? き、切ねえ……何言ってるの? 意味わかんないよ……佐藤くんのリコーダー何て舐めるわけないでしょ。ばっちぃし」
ば、ばっちぃ、言うな。
「そ、そうか……。ばっちくて黒くて汚くてとても舐められるような代物じゃなかったのだな、この男のリコーダーは! そうか、お、お姉ちゃんはとっても嬉しいぞぉおおおお」
魔切さんは興奮して田中某に詰め寄り、壁ドンしている。な、何故だろう……今何か男として大切なナニかを侮辱されたような気がする。
「な、何言ってるんだよ切ねえ……ち、近いよ近い。離れてよ、皆見てるし」
「何を言ってるんだ恵ぃ! お前はこの男のリコーダーを拒絶したのだ! 黙って私のリコーダーを受け入れるがいい! 生理とかそういうネタで拒むのは通用しないぞフハハハ、アッハハハハ!」
お、お前がナニを言ってるんですか。ほ、本当に狂人だな、この人。
「キャアアアアアア! もうやだあ! 切ねえのばかっ! もう帰るう!!」
「フハハハハ! 待て待て待て~~い! に、に、が、さ、ん、ぞ~~?」
田中某はシモの話に弱いのか、柘榴のように顔を染め、そのままその場から逃走した。そして、それを追う様に魔切さんも田中某を追いかけて行った。な、何なんだよあの人……ヤバすぎるからもう極力関わらないようにしよう。
「どうするんだよ、これ……」
そして、僕は田中某のリコーダーを握りしめながら、これをどうやって本人に返そうかと悩んでその場で立ち尽くしていた。




