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2.本当はいないいるのにおらん

 町の西の外れに小さなお庭がある古い平屋の一軒家がありました。

 いるのにおらんは、その一軒家におばあさんと住んでいます。

 なっぱとでんちゅーとしっぽくの字のくーたろうは、垣根をくぐってその一軒家の小さなお庭に入っていきました。

 ぎらぎらとした夏の日差しをさえぎる芙蓉ふようの木の下で、歳をとったおばあさんのミケネコが気持ちよさそうにお昼寝をしています。

「なっぱくん、なっぱくん」

 でんちゅーが不安そうになっぱを呼びました。

「どうしたんですか?」

「ぼく、なんだかあのおばあさんねこが怖いよ」

「全くでんちゅーは臆病だな。あんなおばあさんねこ、怖いことがあるもんか」

 しっぽくの字のくーたろうは笑いました。

「そうですよ。恐いだなんて失礼ですよ」

 なっぱも言いました。

「でもさ、その、うまく言えないけど、あのおばあさんねこなんか変だよ。怖いよ」

 言われてみると確かに、いるのにおらんはなんか変でした。まるでそこにいるのにいないみたいです。

「年寄りのねこはみんなあんな雰囲気なのさ」

 しっぽくの字のくーたろうは知ったかぶりを言いました。でも本当はチョッピリ怖くなっていました。

「おい、なっぱ。あのおばあさんねこを起こせよ。起きるまで待ってたら日が暮れちまうぞ」

 しっぽくの字のくーたろうは自分が話しかけるがいやだったので、なっぱに言いました。

「そうですね。お昼寝しているところ悪いけれど、スイカの木の話を聞かなきゃですもんね」

 なっぱは、おばあさんねこのところに近づいていきました。

 その後ろをちょっと離れてしっぽくの字のくーたろうとでんちゅーは着いて行きました。

「いるのにおらんさん」

 なっぱがおばあさんねこに声を掛けます。

 すると、おばあさんねこはゆっくりと目を開けました。ひとつくわーッとあくびをして、それから、なっぱたちを見て言いました。

「おやおや、こんな年寄りのところに若いねこが三びきもなんの用だい?」

「いるのにおらんさん。実はぼくたちスイカの木があるところに行きたいんです」

 なっぱが言いました。

「スイカの木だって? お前さんたち、どこからきなすったんだね、お若いの」

「ぼくたち、のらねこ小路こみちから来ました」

「そうすると、お前さんたちはスイカの親分のところのねこかい」

「そうです。ぼくたち、スイカの木のてっぺんの一番大きくてあまいスイカをのらねこ小路こみちのみんなに持って帰りたいんです。スイカの親分も待ってます」

 そうなっぱが言うと、おばあさんねこはちょっぴりあきれたような顔をしました。

「おやおや、全くスイカの親分ときたら、親分と言われるようにまでなったのに、小さいときとちっとも変わらないね」

「親分の小さい頃ですか?」

 なっぱもでんちゅーもしっぽくの字のくーたろうも、目を丸くしました。

 まん丸のスイカみたいに大きいスイカの親分の小さい頃なんて、全く想像がつきません。

「スイカの親分はこねこのときからスイカが大好きでね、夏になるとスイカを取り合って他のねことしょっちゅうケンカしてたもんさ」

 おばあさんねこは懐かしそうに目を細めました。

「おっといけない。歳をとるとついつい昔話をしたがるからいけないね。スイカの木がどこにあるかだったね、お若いの」

「そうです、そうです」

なっぱが答えます。

「さて、教えてもいいけど、ただじゃ教えられないね」

「ただじゃないって言われても、ぼくたちお金なんて持っていません」

 そう言うと、おばあさんねこは笑いました。

「お金なんていりやしないよ。そんなものもらったって、なんの役にもなりゃしない」

 それを聞いてなっぱたちはほっとしました。

「お前さんたちにひとつお願いがあるんだよ、お若いの」

「ぼくたちに出来ることなら、何でも言ってください」

 なっぱが答えると、おばあさんねこが言いました。

「実は、あたしゃここから動けなくてね。お前さんたち、この芙蓉ふようの木から花を一輪摘んでここに持ってきてくれやしないかい、お若いの」

「そんなことならお安い御用です」

 なっぱは元気良くいいました。

 するとでんちゅーが不安そうな声でなっぱを呼びました。

「なっぱくん、なっぱくん」

 何かと思ってなっぱが二ひきのところまで戻ってみると、でんちゅーがおばあさんねこに聞こえないように小さな声で言いました。

「やっぱり変だよ。ちょっとジャンプすれば届くところに咲いてるのに、花をとってくれなんて。なんか怖いよ」

「怖いことなんかあるもんか。おばあさんねこだからジャンプできないのさ」

 しっぽくの字のくーたろうが言いました。でも、本当はチョッピリ怖いなと思いました。

「でも、お花を取ってこないとスイカの木があるところを教えてもらえないんだから、ぼく、とってきます」

 そう言うとなっぱは助走をつけてピョーンと跳びました。

 一回目はもうちょっとでお花に届きそうでしたが届きませんでした。

 二回目はちょっと跳びすぎて、お花が咲いている枝を跳びこしてしまいました。

 三回目でようやっと芙蓉ふようの花をとることに成功しました。

 なっぱはピンク色の芙蓉ふようの花を一輪くわえておばあさんねこのところまで行くと、目の前に置きました。

「これでいいですか、いるのにおらんさん」

 おばあさんねこはピンク色の花をくんくんとにおって目を細めました。

「ありがとうよ、お若いの」

 おばあさんねこはお礼を言いました。

 なっぱはお礼を言われたのがチョッピリ恥ずかしくて、照れ笑いをしました。

「それじゃぁスイカの木がどこにあるのか教えよう。ようくお聞き、お若いの」

 おばあさんねこは言いました。

「町を出て南に行くと、広~いヒマワリ畑が続いている。それを通り過ぎて真っ直ぐに進むと、スイカ山に突き当たる。そしたら石段を登ってスイカ神社までお行き、お若いの。神社の裏にある一番大きな木がスイカの木なのさね」

「ありがとうございます、いるのにおらんさん」

 なっぱはお礼を言いました。

「お前さんはちゃんとお礼が言えるいい子だね」

 なっぱはお礼を言ったことが褒められるだなんて思ってもいなかったので、照れてしまいました。

「ちゃんとお礼が言えたことに免じて、この年寄りが忠告をするから、そっちの二ひきもこっちに来てよくお聞き」

「はい」

 なっぱは元気よく返事をしました。それででんちゅーもしっぽくの字のくーたろうも仕方なくなっぱと一緒に、おばあさんねこの前に並びました。

 おばあさんのミケネコは目を細めて三びきを見ると、最初になっぱに向かって言いました。

「いいかい? お若いの。お前さんはお礼はちゃんと言ったけど、あいさつが出来てないよ。まずは最初はあいさつだよ」

「はい」

 なっぱは返事をしました。

 そう言えばなっぱはいるのにおらんに『こんにちは』を言うのを忘れていました。なっぱはそれに気がついて恥ずかしくなりました。

 いるのにおらんは、今度はしっぽくの字のくーたろうに向かって言いました。

「お前さんはお調子者だね。ときにはそれがみんなを勇気づけることにもなるけれど逆にピンチになることもあるさね。正直が一番ってことを忘れちゃいけないよ」

「はい」

 しっぽくの字のくーたろうは返事をしました。

 いるのにおらんには、自分が言った口からでまかせや知ったかぶりはみんなお見通しみたいです。それでしっぽくの字のくーたろうは恥ずかしくなりました。

 いるのにおらんは、最後にでんちゅーに向かって言いました。

「お前さんは臆病者だね。それは身を守るためには立派な武器さ。でも逃げてばかりじゃどうにもならないこともあるもんさね。いざというときには勇気を持つんだよ」

「はい」

 でんちゅーは小さな声で返事をしました。

 いるのにおらんのことが怖いと聞こえないように言っていたつもりだったのに、しっかりと聞いていたみたいです。でんちゅーはすっかり恥ずかしくなりました。

 そのときです。

「らんや、らん。おらんなの」

 家の中から声がして、人間のお婆さんが出てきました。

 それで三びきは狭い庭の中をぴゅーと走って草の影へと隠れました。

 おばあさんは縁側から庭をのぞいてひとつため息をつきました。

「きっとどこかののらねこが紛れこんだんだね」

 淋しそうに言ってから、また家の奥に戻ろうとして、止まりました。

「あら、まあ」

 お婆さんは、縁側からサンダルをつっかけて庭へ出ると、いるのにおらんが座っている芙蓉ふようの木の下までやって来ました。

「まあ、まあ」

 お婆さんは芙蓉ふようの木の下にしゃがみ込んでそこに置かれた一輪のピンク色の花をつまみ上げました。

「らんは、この花が好きだったね」

 しみじみと言ってから、おばあさんはピンク色の芙蓉ふようの花を元に戻して、両手を合わせました。

 いるのにおらんは、おばあさんのことを淋しそうに見つめていました。

 おばあさんは、しばらくすると立ち上がって、また家の中へと戻っていきました。

 それを見送って、いるのにおらんはひとつため息をつきました。

「いるのにおらんさん、ため息なんてついて、どうかしたんですか?」

 人間のおばあさんが行ってしまったので、なっぱたちはまた芙蓉ふようの木の下に戻ってきて、いるのにおらんに聞きました。

「実はあたしゃもうこの世にはいないのさ。本当はお空に行かなきゃいけないのさ。けれどもあのおばあさんをひとり置いて行くのが心配で心配で。それでおばあさんにお迎えが来るまで、ずっとここで見守ることにしたんだよ、お若いの」

 いるのにおらんは、淋しそうに言いました。

「いるのにおらんさん、ぼく、またここに来ますね。そして、またお花をとってあげますね」

 なっぱが言いました。

「ありがとうよ、お若いの」

 いるのにおらんは目を細めました。

「さあさお若いの、もうお行きなさい」

「いるのにおらんさんありがとうございました。さようなら」

 なっぱたち三びきはぺこりと頭を下げて、本当はいないいるのにおらんに、お別れを言いました。

 三びきが行ってしまったあと芙蓉ふようの木の下を見ると、そこにはこんもりと土が盛られていました。ちょうど、本当はいないいるのにおらんが座っていたところです。そしてこんもりと盛られた土の上に木の板が立てられていました。

 その板には『らんの墓』と書いてありました。


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