01-ロウワー・ティアの銃撃戦
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「ドクター、こちらファントム。標的を視界に捉えた」
『結構です、ミスター。あなたの仕事ぶりを見せていただきましょう』
新アメリカ合衆国、ロウワー・ティア。
〈PM18:19〉。
叩きつける酸性雨が、錆びついた鉄骨と腐敗したコンクリートを削り落としていく。
足元の泥水には、頭上の上層から漏れ出す毒々しいネオンの光が斑点のように浮いていた。
湿り切ったマスクの隙間から、冷たい息を一つ吐き出す。
水滴が滴る古着のレザージャケットを身に纏い、崩壊しかけた壁の陰で身を潜める男――ジョシュア・アマディオは、暗闇の中で緑の瞳を冷たく光らせていた。
腰に巻きついたレザーホルスターの重みと、ずっしりとした弾薬袋の感触が、皮肉にも己の生を実感させる。
裏社会で『そこそこ使える殺し屋』として名を売り、食いつなぐ日々。
この『ザ・ラボ』と名乗る怪しげな組織からの依頼も、ただの『データ回収と暗殺』に過ぎない。
深入りする気も、興味もなかった。
(……ドローンが三、警備兵が五。手筈通りだ)
額から流れる雨と汗を擦り落とし、呼吸を整える。
『ドローンの視野軸をあなたのオプティックに同期しました。感知範囲を回避して接近を』
サマラの声と同時に、右耳のデバイスが低音を立て、視界に赤い警戒円が投影される。
「了解した」
言葉の終わりを待たず、アマディオは動いた。
――――キィィィィン!
オプティックから放たれたジャミング信号が帯電し、頭上を旋回していたドローン群のローターが一斉に停止。鈍い鉄塊となって泥水へ叩き落ちた。
「な……なんだ!? ドローンが落とされたぞ!」
「左だ! 敵襲――ッ!」
哨戒兵たちが怒号を上げるより早く、黒い影が雨を割って肉迫した。
――シュッ。
ホルスターから抜かれたのは、白銀のM1911〈ガバメント〉。電子制御も施されていない、古臭い45口径の実弾拳銃。
一人目の警備兵の懐へ滑り込み、銃身の側面で顎を打ち砕く。
骨が砕ける感触と同時に相手の腕を絡め取り、背後の兵士へ向けた『盾』として旋回。間髪入れずにその肩越しから銃口を突き出し、引き金を引いた。
ズドォンッ!
重低音が泥臭い炸裂音となって響き渡る。45口径の巨大な鉛弾が二重の防弾衣を貫き、背後の敵の胸腔を吹き飛ばした。
旋回する体幹、流れるような重心移動。弾丸の反動を体術の推進力へと変換し、倒れ込む死体を踏み台にして三人目の首骨を撃ち抜く。
実弾兵器特有の荒々しい硝煙の匂いと、跳ね上がる高温の薬莢が雨に濡れた肌を焼く。
洗練された殺戮――無駄を極限まで削ぎ落とした、泥と血に塗れた『ガン・フー』。
「ひっ……化けも――」
残されたターゲット、エシュロン社の低級幹部アーカーが悲鳴を上げた瞬間には、アマディオはすでにその背後に立っていた。
「ターゲットを捕捉した。ドクター?」
『最初の手順通り、です……排除してください、ミスター』
濡れたレザージャケットの袖が躍り、アーカーの襟首を掴んで強烈な膝蹴りを裏腿へ叩き込む。
ガクンと膝をついた男の耳元へ、重厚なM1911の銃頭を押し当てた。
――ズドォンッ!
跳ね返る反動を手首で殺し、アマディオは静かに引き金から指を離した。
泥水へ倒れ込む肉体。飛び散る火花と硝煙が、雨の中に溶けて消えていく。
処刑完了。時間にすれば、わずか十数秒。
* * *
アマディオは倒れたアーカーの首元からオプティック端末のチップを強引に引き抜いた。
そして、弾薬袋から予備の弾倉を取り出してM1911へ装填する。
カチャン、と冷たい金属音が暗闇に響いた。
「こちらファントム。標的の排除完了だ、ドクター」
『……お見事です、ミスター・アマディオ。相変わらず、軍隊仕込みの見事な「ガン・フー」ね。実弾兵器の泥臭い破壊力と、完璧な体術の融合……実に効率的で美しい』
サマラの声には、冷徹な賞賛が混ざっていた。
「褒め言葉として受け取っておく――チップを回収した。こいつは貧民街の住人やハイヴの信号を無断で吸い上げていたようだ。非公式のノード・ネットワークだな」
『ええ。下層の人間を実験動物としか思っていない……それがこの「ネオ・フロンティア」の欺瞞よ……さて、持ち帰ったデータを確認するわ。次の目的地への準備を進めて』
「指示をくれ」
『都市中層、ミッド・ティアへ向かって。あなたの次の狙いは、エシュロンの最高機密に関連する輸送施設よ。ただし、ミッド・ティアは治安維持部隊「ピース・キーパー」の警戒が厳重よ。疑わしきは即射殺を許可された殺戮警察……注意しなさい』
「了解した。俺の仕事をするだけだ」
スカーフを直し、マスクで口元を固く覆う。
アマディオは泥に塗れたレザージャケットの襟を立て、落ちていた敵の血を足音で踏みにじりながら、暗闇の奥へと歩き出した。
目指すは、上層へと続く巨大なカーゴ・リフト。
緑の瞳に過剰な警戒の光を宿したまま、裏社会の傭兵『ファントム』は、都市のさらに深い闇へと身を投じていく。
(後書き)
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