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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第2章 sexy dynamite
8/33

        インク≪超成長促進剤≫(2/2)

 白衣を着たじぇねこは廊下から、台車を押して一基ずつ人工子宮のカプセルを運び入れる。



人工子宮じんこうしきゅうは全部で五基、中にソフムの受精卵を入れてあるじぇね。これを、それぞれの班にわかれて、異なる分量の≪INC(インク)≫を使って作製してほしいんじぇね」



 役割分担をして、全裸のじぇねこが学生たちへ実習の内容を説明している。


 また、白衣のじぇねこから教材用の≪INC(インク)≫カートリッジと操作手順書、課題となるプリントを受け取る。


 人工羊水がなまがわきの手でそれらをしかと持ち、一列に並ばせた学生たちへ手渡しした。



「じゃあ、あとは任せたじぇねー」



 実習開始まで見届けた白衣のじぇねこ。少し安堵あんどしたようなやわらかい表情を浮かべた後、白衣に≪学園≫の制服、眼鏡をぬいで全裸のじぇねこにゆずり、下着姿で講義室から立ち去った。残ったじぇねこは衣装に着替える。


 そして学生たちに「各自始めるんじぇね!」と実習の開始を指示する。


 学生たちは講義室前面で五つの班にわかれ、人工子宮の装置を囲んで椅子を置く。誰かはプリントに落書きで、装置を中心とする五芒星ごぼうせいと魔法陣を描いた。


 ≪INC(インク)≫を用いてソフムを発生させる実習は、手元の操作手順書と合わせて、じぇねこが隠し撮りしていた先ほどのじぇねこ誕生シーンのリプレイ映像を基に進められる。


 水鈴みすずの班も例にもれず、カートリッジジグに≪INC(インク)≫をセットしてふくろ内の変化を待っていた。


 ところが、観察している人工子宮のカプセル内では、何分が経過しても劇的におもしろいはい発生をきたさなかった。


 原因はもちろん、じぇねこの提示した班ごとの≪INC(インク)≫使用量にある。


 胚の成長速度は、使用される≪INC(インク)≫の分量と比例している。

 水鈴みすずの所属する班は、経年2年相当と比較的おさなく≪スキン≫を作製するように決められていた。


 そのため、投与してよい≪INC(インク)≫の分量も少なければ、≪INC(インク)≫が反応する速度もひかえめであり、≪スキン≫の成長について非常に遅いものなのだ。



「あっ……手と足が出てきた。みじかい……ちょっとカワイィ……」



 水鈴みすずは好意的な言葉とともに、じっと真剣なまなざしで、カプセル内の胚発生をながめる。


 それからすばやい手さばきで、胎児の形をプリント上にのびのびとえがきとっていた。


 切り抜いた瞬間の数十秒後、徐々(おもむろ)にはっきりと人間の形をなしていく胎児(羊膜の働きを担う二層目のふくろが発達するにつれ、胎児の姿は見えづらくなる)。


 それを水鈴みすずは急造のコマ分けで、マンガのように表現した。

 誰も読みたがらないし、気になりもしない落書き。水鈴みすずにとってすれば、初めて生み出した『作品』のごとく愛おしい存在に感じられた。



「あっコラ、何してるんじぇねー!」



 じぇねこの甲高かんだかい声が宙に飛び出す。水鈴みすずの集中が途切れる。


 その折、水鈴みすずたちの近くから、プツプツと正体不明のぶきみな音が鳴っていたことを知る。

 音は今もなお聞こえてくる。


 水鈴みすずの所属する班の愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫たちは、いっせいに音のする方向を確認する。



「ひえっ」



 それを目の当たりした水鈴みすずが、反射的に悲鳴を上げる。


 さながら、爆発寸前の巨大な風船に遭遇したときのような――無論、その対象物といえば人工子宮のガラス球内にあるふくろに限られた。



「やっば、パンパンすぎでしょ!」



 水鈴みすずたちのとなりの班では、≪INC(インク)≫の使用量を誤り、胎児が過剰に巨大化していた。


 ≪INC(インク)≫が最も強く作用するのは、骨と内臓に関する遺伝子領域。

 この一般常識にたがわず、巨大化した胎児の当該箇所はふを内側から破り、羊膜を切り裂いて、ふくろ状の子宮内膜いっぱいに満たされる。


 こぼれた内臓と羊水が混ざり合い、膜内の色相はミックスジュースのようないろどりに富んだ。


 あわてふためくじぇねこは、一方的に膨張していく肉風船のもとへ近づいたり、離れたりする。

 「事態を収めなければ」という使命感と、「巻き込まれたくない」という忌避きひ感とのせめぎ合いがそうさせる。


 時の流れに応じて、子宮内膜はますます大きく膨れ上がる。

 羊膜の働きを担う二層目のふくろは、ついにガラスでできた外殻へ接するまでにいたった。



「と、とりあえず加熱すれば膨張は止まるんじぇねぇ! 誰かぁすぐ湯を沸かして――」



 そして、じぇねこが手をこまねいている間に、人工子宮は爆発してしまった。


 ドーン――――ッ! 


 という表現を数段拡大した途方もない音と衝撃しょうげきによって、カプセルを抱えていた班の愛玩用《ウイルガ型》≪スキン≫たちはことごとく吹き飛ばされる。運の良いことに死人は出なかった。


 教室一帯には数秒間、雨がった。


 付近で爆発を見た水鈴みすず。驚愕ののち、衝撃波とともに全身へ、胎児の体液を浴びていた。


 目を見開いたところで、妙な熱っぽさと、制服の前面がうっすら赤色に染まっていることに気づく。



「ああっ!」



 水鈴みすずが声を荒げる。


 意識が向いて、首元のシルクスカーフを確かめる。スカーフ本来のじゅんな白色はすっかりけがされ、ぬらぬらあやしい光沢を帯びている。


 水鈴みすずは涙目になり、必死の形相ぎょうそうでスカーフをにぎりしめた。

 握力でこすっても、白が浮かび上がるのは指の先だけ。


 突然走り出す水鈴みすず。廊下に出るやいなや、周囲を狂ったように見回す。



「なんでっ!」



 叫ぶとっさの思いつきで走り出し、最も近いトイレへと駆け込む。洗面器を探していたのだ。


 水鈴みすずは洗面器に飛びつき、自動で水の出る蛇口へ、よごれたシルクスカーフをなすりつける。


 吐水口のセンサーとスカーフの距離が近すぎるため、うまく水が出てこない。


 出てこない! 


 水鈴みすずは諦めない。

 やっと水の出た時分、スカーフのけがれは手もみ洗いをしても落ちない、呪いと化していた。


 爆発からひと段落した教室に、水鈴みすずがもどる。


 青ざめた顔にはずっと新鮮な肉へんが取りついているものの、当の本人――加えて、講義室にいる誰もが気に留めなかった。



「ははっ! きったねー。モップかけても落ちた気がしねぇわ」


「ねえ見て、目ん玉まんま残ってるじゃん! すごいよね」



 学生たちは先の事故について、一笑どころではない大笑いに付し、掃除用具をそろえての大がかりな片づけにきょうじていた。事故現場に笑声えごえと洗剤の粒子りゅうしが飛びかう。


 一見にぎやかな光景を前に、水鈴みすずの首元のシルクスカーフの下で、≪人倫統制器≫が悲鳴のように激しい駆動音をひびかせる。


 水鈴みすずは背中ににぶい痛みを感じたところで、制御が利かず、胃から逆流した残留ざんりゅうぶつと胃液をばしゃあっと床にぶちまけた。



「おぅっ――え! ハッ、ァ、ハおっ!」



 第二波、第三波……と、嘔気の波動が水鈴みすずの中で暴れ回る。


 水鈴みすずは初めて、嘔吐おうとすることへの嫌悪感と胸の下を裏返しにされる感覚、酸味のする解放感とを知った。ひたいに脂汗をかいた。



「あーあ、きちゃないんじぇねー。そこの君、はくのはほうきだけにするんじぇね?」



 地面にうずくまる水鈴みすずの元に、偉ぶったじぇね声が近寄る。


 声は横から、水鈴みすずの手に、こっそりモップをにぎらせようとたくらんでいる。



「イヤっ!」


「あでっ!」



 水鈴みすずは身体を丸めたまま、じぇねこに差し出されたモップのを払いのける。


 モップのは反対側にいるじぇねこの鼻先目がけて飛んで行き、ぶつかる。


 運よく前のじぇねこから眼鏡をもらっていたじぇねこは、メガネのブリッジ部分でモップの直撃を防いだ。ただし、てこの原理に基づき丸ハダカのおでこにも柄を食らい、結果ダメージを負った。



「何するんじぇね……」


「はあ、あ……なんで、みんな笑ってるんですか?」



 おでこを手で押さえて痛がっているじぇねこに、水鈴みすずが怒気をはらんだ声で問いかける。



「おかしいよ。なんで、こんなっ……残酷ざんこくなことをして、笑って済ませられるんですか!」


残酷ざんこくじゃないんじゃね?」



 即答するじぇねこ。あっけらかんとした無機質な表情を浮かべるその言葉を受けて、水鈴みすずの表情筋が硬直する。


 水鈴みすずはまたも吐き気をもよおす、強い動悸どうきを覚えた。

 今度はそれをひっしで抑え込む。



「もういいんじぇね。私が代わりに片しておくから、そこで休んでいるんじぇねー」



 当日の講義は爆発の以後、清掃によって大半を費やし、残りの時間もじぇねこが当該学生に説教とうんちくばなしを垂れ流したことで、実質じっしつ丸つぶれとなった。

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