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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第3章 hit a Satan
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        エクセプション≪裏技≫(2/2)

 靴下くつしたのまま自宅に帰った水鈴みすずは、父親の心配をよそに、市外への一刻も早い出発をねだった。


 父親が事情をたずねても、水鈴みすずの口から発せられる説明はいずれも要領ようりょうないものだ。


 しびれを切らした水鈴みすずの父親は「準備があるから、午後の出発だよ」と条件未満の提案の下、水鈴みすずの願いを聞き入れた。


 物言いをつけるだろう水鈴みすずの母親は運よく不在であったため、2人での旅路を約束し合う。



 そして約束の時間となり、水鈴みすずと父親は都市バスを経由し、市外に向けた鉄道線へアクセスする。


 陸上競技大会の開催都市まで、およそ1時間。

 町どころか、村という村もない鬱蒼うっそうとした森林の緑の車窓を、水鈴みすずは熱心にながめ続けた。


 水鈴みすずたちは当該都市に到着する。


 駅舎を出て、目の中に飛び込んでくる街並みは、水鈴みすずの住む都市を写生しゃせいしたようにそっくりだ。



「えっと会場は……」


「たぶん、居住区のどこかだよ。スポーツ大会を『政府』が開いてるわけない。街の人たちが主催してると思うから。とにかく早く行こうっ、パパ!」


「お、おう。みょうくわしいな……」



 水鈴みすずの主導により、2人は都市中心にほど近い居住区へと向かう。


 そして、水鈴みすずがにらんだ通り、西部一帯に運動公園として整備された土地があることを突き止める。


 水鈴みすずが行くと、巨大な運動場の建物が姿をあらわす。


 圧倒される水鈴みすずの父親。

 彼をその場に置き去りにして、水鈴みすずは建物の関係者入口へとせつけた。



「すみません、佐谷さたん選手の関係者でっ! あの、ご家族は――」



 水鈴みすずは、受付のスタッフに声をかけるが、途中で言葉を切る。


 水鈴みすずの目の前にいるスタッフの()()をつけた第一世代(バーナム型)≪スキン≫こそ、まさしく枝保しほの親の()()()()だった。


水鈴みすずさん? どうしたの。来れないって聞いてたけど」


「あの、枝保しほさんはどうなったんですかっ!」



 水鈴みすずは受付カウンターをドンッと叩きつけ、切羽せっぱ詰まった顔を枝保しほの親の顔に近づける。


 そこで、ようやく水鈴みすずの真意をさとった枝保しほの親。

 目を閉じ、うーんとうなりを上げると、おずおず答えた。



「もう、≪スキン≫がダメになっちゃってて。どうして連れて帰ろうかって、困ってるの」


「それはっ! 死んでる、って、ことですか……?」



 口にした刹那、水鈴みすずは発言を早まったと後悔する。


 ソフムに聞いたときも、これまでも、そのようなことは誰ひとり断言していなかったというのに。


 そして、枝保しほの親を見ると、困惑した表情でうなずいている。


 水鈴みすずはたった今、自身によって、自身の中の枝保しほ()()()のだ。



「そんな……なんで、また。また、助けられなかった……」



 頭を垂れ、受付カウンターにひたいをなすりつける水鈴みすず

 涙の音を立てて、しゃくり声をひとしきり上げると、すっかり静かになる。



「えっ、と、枝保しほまだひかえ室にいるけど……」



 枝保しほの親が失笑のうちに冗談を言う。

 水鈴みすずは何も返事をしない。


 しかし、しばらくするとおもてを上げ、憔悴しょうすいした目の焦点しょうてんをなんとか枝保しほの親に合わせようとする。



「何が原因で、亡くなったんですか? 失血死、とか敗血症、とか……それか、水鈴みすずが知らない病気、だったり?」


「そんなけったいな病気なんかじゃないわ。自分で死んだだけよ」


「……()()()? 自分で死ねるの?」



 水鈴みすずは初めて自分を『ガン』にした時と同じように、己の無知を鮮烈せんれつに意識した。


 驚異の感情。是正ぜせいしなければならないという、神の天啓てんけいがごときあらがいがたい感情に、水鈴みすずはのみ込まれる。



「うん。こう、首にひもをかけてね。輪っかを作って。ぐっとやると――」


「もうやめて! お願いっ、う――ぇっ、えっ、が!」


「あらあら、ごめんなさいね。悲しませるつもりはなくって……」



 再び顔を伏せた水鈴みすず


 それはむせび泣いているのではない。

 水鈴みすずは受付カウンターの足元に、凄絶せいぜつ嘔吐おうとをくり返している。

 首に巻いた漂白されたシルクスカーフの下で、≪人倫統制器≫がギュンギュンと激しい音を上げる。


 カウンターボックスから出てきた枝保しほの親は、うずくまる水鈴みすずの背中を優しく手でさすってやる。


 2人の姿を、しばらく前から傍観ぼうかんしていた水鈴みすずの父親が、牽制けんせいのせき払いをする。



枝保しほは、いつも自分で≪スキン≫を交換するようにしてるから、あんまり気にしないで」


「いつも……」



 水鈴みすず枝保しほの親の言葉をおうむ返しする。

 そして記憶回路が、いつかの枝保しほを回想した。



()()()のに慣れてくるとね、だんだん大事にしなくなってくるんだ。こわれたらまた替えればいいって。当たり前のことだし』


枝保しほさんは、怖くないんですか……死ぬこと』


『怖かったよ。初めては。でもさ、≪スキン≫をいっぺんでも替えると、死ぬってのがないってわかった』

 


 そうだったのか。


 そうだと、厳然げんぜんたる残酷ざんこくが、水鈴みすずの中の華やかな枝保しほの姿――1枚の計られた写真のような姿を容赦ようしゃなくあぶる。


 まだ火力が足りない。

 これでは、写真は焼却しょうきゃくされるというより、セピア色の思い出となり脳裏に焼きつきそうだ。



「大丈夫! 街に帰ったら、また枝保しほに会えるから。ねっ!」


「会えませんよ……」


「えっ」



 突然顔を上げた水鈴みすず

 口元のゲロをすする。

 枝保しほの親はおどろいて、手を後ろに引っ込める。


 水鈴みすずはかすれた声でくり返した。



「もう、会えません」



 水鈴みすずの言葉が拒絶ではなく、『あきらめ』であることは枝保しほの親にもわかった。


 2人はしばらく口をつぐんで見つめ合う。


 「もう帰ろう」と、水鈴みすずの父親が言い出すまで、水鈴みすずうみを出すように、枝保しほの親の眼前で涙を流し続けた。

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