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フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第1章 Fresh Mate/rial flow Organization
1/5

チャプター1  ハッピーバースデイ≪誕生日≫

 肩の上で切り(そろ)えたみずみずしい髪の毛と、あどけなさの残る肌(つや)へ、淡く反射するロウソクの炎の色。まだ消さないの、と(さそ)っているように揺らめく。

 炎に照らされた子ども――透見川(うおせ) 水鈴(みすず)はこの日、経年12年の誕生日を祝福された。

 透見川(うおせ)家のリビングには、水鈴(みすず)の顔の輪郭よりもずっと大きなホールケーキがそなえられる。フリルのないチョコレートケーキだ。

 天面では、らせん状に動脈を巻きつけた白いロウソクが、しゅぼぼぼっと音を立て燃え盛る。


「ねえパパ、パパっ! もう吹き消していい?」


 水鈴(みすず)(おさ)えきれないという興奮が、弾んだ声に変換されて出る。

 ()いた先から「いいよ」と返事がもどるが早いか、水鈴(みすず)はロウソクの炎をつぎつぎと消滅させていった。


「ははは、水鈴(みすず)はせっかちだなあ」


 おだやかな笑い声。

 間もなく、部屋の電気が点けられ、そこでバースデイケーキを囲む水鈴(みすず)と、残り2人の実体がはっきり見えるようになる。

 リビングダイニングの食卓。水鈴(みすず)のほかには、双子のような人物がにこにこしながら、水鈴(みすず)と火花が飛び散って表面のチョコのわずかに溶け落ちたバースデイケーキを交互に眺める。

 どちらかが『パパ』と呼ばれている。


「それじゃ、張り切ってケーキ切っちゃうから!」


 腕まくりをして、双子の1人が意気揚々とケーキナイフを手に取る。

 ナイフの刃が溶断するようにケーキの中へ差し込まれる。やがて、黄色いスポンジや層状クリームの中に、不揃(ふぞろ)いな粉砕ナッツの()り込まれた切断面が現れた。


「あらあら。お父さん、間違ってナッツ入りのケーキ買ってきちゃったの? 水鈴(みすず)はアレルギーあるんだからっ!」


「えっ! あ、ああゴメン、忘れてたよ。これは僕らで食べよっか……」


 夫婦めいた会話で誕生日の主役を置き去りにする双子。バースデイケーキを2等分にする。

 ケーキを前に、水鈴(みすず)はこれまでの明るい表情を、みるみるうちに曇らせる。


水鈴(みすず)も食べたかったぁ……」


 時刻は午後6時。

 一家のささいな誕生日会をさえぎる意図か、突然に玄関チャイムの音が鳴りひびく。誰にも、誰かを呼んだ覚えなどはない。

 アレルゲン満載びっくり箱のようなケーキを買ってきた双子の1人が、玄関先へと(おど)り出る。

 来訪者は、目立つ赤いワンピースを着た、水鈴(みすず)にそっくりな子どもだ。「どうも、ケーキのデリバリーでぇす」と。

 本当に、ケーキ間違え魔に対する水鈴(みすず)生霊(いきりょう)かもしれなかった。


「しずりん、いらっしゃい! ……すんごい。ありがとう、ナイスタイミングだよっ!」


 水鈴(みすず)も玄関に出てくるが、自分と(うり)二つの子どもを前にしても(おどろ)きなどの感情はなく、ただ替玉のケーキを用意してくれたことへの謝辞のみを述べる。


「おう。日月(しずみ)家一同からのお気持ちよー」


 真っ赤なワンピースのしずりんこと、水鈴(みすず)の友人が調子に乗って言う。

 感激のあまり水鈴(みすず)が友人に抱きつこうとする。

 しかし、友人は手のケーキを水鈴(みすず)から遠ざけ、行動を制した。

 2人はほとんど同じ髪型をしていることもあり、その場で双子のようになる。


「ただし、このケーキを食べるには条件があります!」


「な、なに」


みすぅ(・・・)は今から制服に着替えなければなりませんっ」


「なんでぇ……」


 ケーキをお預けにされた水鈴(みすず)は、友人の思惑(おもわく)がわからないと再び口をへの字にする。

 並ぶ背丈の2人は、透見川(うおせ)家2階にのぼる。水鈴(みすず)の私室がある。

 ベッドと、(たな)代わりのドレッサーしかない部屋でも、私室と呼ぶほかにしかたがない。

 着替えさせてあげると言う水鈴(みすず)の友人に向かって、水鈴(みすず)はバンザイをし、部屋着をはぎ取られる。

 友人は水鈴(みすず)の制服を手にかかげる。

 暗い色をしたシャツに、深緋(ふかひ)のラインが身体のシルエットに沿って入るブラウスと、ハーフパンツからなる制服。水鈴(みすず)のか細い脚がすらりとあらわれる。


「あり、がと?」


「お気になさらず。おっと、これでまだ完成じゃないんだよねー」


 友人は(ふところ)からさらに小箱を取り出す。

 中には真っ白なシルクスカーフ。水鈴(みすず)の制服の首元へと掛けると、リボンの形にしぼって胸にさげ下げさせた。


「これは、ぼくからの誕プレ。……みすぅさ、≪統制器(とうせいき)≫見られるのキライじゃん? だからね、こうやって隠せればいいなと思って」


 ささやくように友人が告げる。

 水鈴(みすず)は意識して、自身の首に嵌め込まれた漆黒の金属機器へと手を触れる。今はスカーフの下。

 その≪統制器≫というものは、静かに絶えず駆動している。

 水鈴(みすず)はドレッサーの鏡に自分を見に行った。


「ありがとう……スカーフ、すっごいかわいい! 大事にするね」


「かわいいって何だよ」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 制服を着た水鈴(みすず)と着せた友人は手をつなぎ、階下にもどってパーティーを再開する。

 食卓中央には新たなホールケーキ、いちごの乗ったショートケーキが置かれ、周りを(フレッシュミート)や肉、肉が飾った。


「なんか映画観たくないですか? 観たいですよね? ぜひ観ましょう!」


 世間話に飽きた水鈴(みすず)の友人が提案する。水鈴(みすず)(となり)で、その言いなりになろうとしている。

 しかし水鈴(みすず)たちと対面して座る双子のようすは明らかにネガティヴなものだ。


「えー、しずりくんがいると大体エログロ映画じゃ……」


「いやいやいや! 今日は違いますって。実は、父さんと観ようって話してたアジアンZ級アドベンチャー映画がありまして。キョンシーすらも昇天(しょうてん)する爽快エンターテインメントって触れ込みの。これなら、BGM代わりにはなるでしょう!」


「それでも(かたく)なにZ級なのねっ」


 双子の一方が思わず笑みをこぼす。たしかな言葉を得ずとも、提案は予定に変わった。

 友人とそして、ひとまずケーキを堪能(たんのう)した水鈴(みすず)も同行し、そっくりな2人で家を出発する。

 映画の記録媒体は友人の家にあった。

 また、友人の家族もパーティーに呼びたいという話も加わり、2人はおつかいに出ることとなったのだ。

 目的地は100メートルほど先の日月(しずみ)家。近い。2人はすぐに到着する。


「こんにちは、水鈴(みすず)くん。お誕生日おめでとう」


「おじさん! ありがとう。ケーキもありがと!」


 どうして制服姿なのかと茶々を入れることなく、友人の家族らしき人物が玄関先で水鈴(みすず)出迎(でむか)えてくれる。

 髪型以外は、水鈴(みすず)の家にいた双子と像を(いつ)にしている。

 これからパーティーついで――ではなく、パーティーの余興にクソ映画を観ようと伝える。

 友人はクソ映画が観たくてしょうがないようすだ。友人の家族はこれを(こころよ)く了承する。


「いいね! ポップコーンとチュロスも持っていこう。しずり、まだストックはあるかい?」


「待ってー」


 友人は、気のない返事とうらはらに猛ダッシュで自宅へ駆け込んでいく。

 しばらくして、玄関にもどって来た友人の手には映画の記録媒体が入ったパッケージだけが握りしめられていた。


「チュロスはあっはけど、ほっふコーンはないよ!」


「ならなんでチュロスもないんだ……いいよ、それなら買い出しに寄ってから、透見川(うおせ)さん(とこ)へ行こう」


「いいよいいよ、ぼくとみすぅで買い物行くから。その代わり、お菓子も山ほど買うね!」


 クソ映画欲ばかりか、食欲をも加速させる友人の新たな提案に、水鈴(みすず)もそばで苦笑する。

 友人の家族は「任せるよ」と言って、2人に財布を預ける。

 水鈴(みすず)たちは日月(しずみ)家の次に、最寄(もよ)りの交差点をこえた先のスーパーマーケットを目指す。


「映画(の記録媒体)を取りに行ったら、今度はポップコーンとお菓子を買いに……なんか、風が吹いたらなんとやらみたい。みすぅは最後に何がほしい?」


「にくーっ!」


 選択を迷わず脇目(わきめ)もふらず、元気いっぱいの声で水鈴(みすず)がさけぶ。

 そっくりな二人の足は、住宅地と市街とを(へだ)てた交差点に差しかかる。

 片側二車線の道幅はかなり広くもあり、同時に曲がり角を遮蔽(しゃへい)物がつごうよく陣取っていることで、人の通行がわずかにわかりづらくもある。

 もっともそのようなことを子ども2人が考慮しているはずもなく。

 水鈴(みすず)たちの横断歩道と垂直の、車歩道が青になる。

 信号待ちしている水鈴(みすず)


 すると突如として、水鈴(みすず)は友人に突き飛ばされた。


「いったぁ! しずりん――えっ、なにっ……」


 水鈴(みすず)が、元いた場所に目を遣ると、そこはすでに事故現場と化していた。

 

 中型のトラックが地面に対して斜めに傾き、雑居ビルの一階にめり込む。

 ブレーキ(こん)とおぼしき軌跡がなく、アスファルトに散っているものは、赤黒い液体と薄いピンク色の肉片のみだ。

 そのとき、水鈴(みすず)の背後でいっせいに人の声が向かってきた。野次馬だろう。

 網戸を()いくぐろうとひっしな(ハエ)の羽音のように、声はどこかでぴたりと近寄って来なくなった。


「大丈夫かい?」


 卒然、水鈴(みすず)の頭上から降るはっきりとした言葉。

 水鈴(みすず)が見上げると、駆けつけてくれた友人の家族のような、あるいは自身の大好きな両親のような……とにかく誰かが見つめている。


「おじさん、横のお店の人なんだけど。もしかして、君の知り合いか誰か、()かれちゃった?」


「う、えっ、あの……友だちが――」


 口にしたとたん、水鈴(みすず)は大粒の涙を流しはじめる。

 声をかけた人物は困り顔で、しかし義務感に駆られたようすで水鈴(みすず)の背中を撫でさする。


「ありゃ、助からないね。おじさんが『政府(・・)』に連絡してあげるから。えっと……轢かれたのも、君と同じ愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫だよね?」


 人物は水鈴(みすず)の制服を見たあと、断定した上で水鈴(みすず)に訊ねる。

 足がすくんで立ち上がることができない水鈴(みすず)

 しばらくして、人物のいる方から話し声が聞こえてくる。目下の水鈴(みすず)をよそに、人物は電話をかけている。


「えっと、場所は居住区のCー3ブロックで、うん、轢かれたのは愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫。その友だちって子に聞いて。あー、所有者さんは近くにいないみたいでさ。でも、(轢かれた子は)もう死んでると思うよ。それで事故車は労働用の――」


「死んで……」


 水鈴(みすず)が、人物のフレーズを反芻(はんすう)する。

 水鈴(みすず)は死という語のもつ必然性が理解できない。

 だから、力を振りしぼって立ち上がり、血の(したた)る事故現場へと歩いて行った。

 しばらく待ってみて、『政府』の職員らしき集団が駆けつけるまでに、そこへしずりがもどって来ないことを確認する。

 ……水鈴(みすず)は、やはりと考えると、同じ足で自宅へと引き返す。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 水鈴(みすず)の友人・日月(しずみ) しずりは事故死していた。

 中型トラックに接触した衝撃で、身体を引き裂かれ即死したと、水鈴(みすず)は家族から伝え聞いた。


 それから2日が経過した快晴日。

 水鈴(みすず)は何があっても、私室から出ることはなかった。

 いつの間にか眠りにつき、目覚ましの音もなしに目を覚ます。布団のふちが陽光を帯びて、カエルの腹のように透けている。

 ……果たして布団だろうか? まだカエルの腹の下ということもあり得る。

 そう感じうるほどに、眠りすぎた水鈴(みすず)の精神は、夢現(ゆめうつつ)といった状態だ。

 ふと、水鈴(みすず)は毛布の足元にわずかな体温を覚える。

 足と足首が切り(はな)されでもしなければ覚えようもない、非統合的な、生物の体温のぬるさ。

 水鈴(みすず)はおそるおそる掛布団をめくる。

 自身の体とは異なるもう1つ、毛の(かたまり)が手を生やし、水鈴(みすず)の胴体にすがりついている。


「ぎゃっ!」


 心臓がしびれる衝撃を受け、きたない悲鳴を上げた水鈴(みすず)はベッドを脱出する。

 誰も他に寝ていないはずのベッド。しかし、掛布団はモゾモゾと(しゅん)動をくり返す。


「うー、んっ!」


 何やらうなった後、掛布団がゆっくり起き上がる。ずり落ちる。

 毛の塊の正体がわかった。

 スウェットを着た、恐らく人間だろう姿。

 水鈴(みすず)の髪と同じ色。

 のれんのごとく垂れ下がった毛の隙間から、水鈴(みすず)とそっくりの顔が現れる。


愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫……」


「おはよう、みすぅ!」


 毛の塊の人物は、水鈴(みすず)の親しんだ声にイントネーションで、水鈴(みすず)のあだ名を呼ぶ。


「……し、ず、え、違うよね?」


「違わないよ。正真(しょうしん)正銘(しょうめい)、生まれたてのしずりんです!」


 ベッドの上で胸を張って、高らかに名乗りを上げる。

 その姿に水鈴(みすず)は、望まない、死んだ友人の面影(おもかげ)を見せられる。

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