表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレッシュ  作者: 石鬼 輪たつ
第1章 Fresh Mate/rial flow Organization
2/33

チャプター1  ハッピーバースデイ≪誕生日≫

 肩の上で切りそろえたみずみずしい髪の毛と、あどけなさの残る肌(つや)へ、淡く反射するロウソクの炎の色。


 まだ消さないの、とさそっているように揺らめく。


 炎に照らされた子ども――透見川うおせ 水鈴みすずはこの日、経年12年の誕生日を祝福された。


 透見川うおせ家のリビングには、水鈴みすずの顔の輪郭りんかくよりもずっと大きなホールケーキがそなえられる。

 フリルのないチョコレートケーキだ。天面では、らせん状に動脈を巻きつけた白いロウソクが、しゅぼぼぼっと音を立て燃えさかる。



「ねえパパ、パパっ! もう吹き消していい?」



 水鈴みすずおさえきれないという興奮が、はずんだ声に変換されて出る。


 いた先から「いいよ」と返事がもどるが早いか、水鈴みすずはロウソクの炎をつぎつぎと消滅させていった。



「ははは、水鈴みすずはせっかちだなあ」



 おだやかな笑い声。


 間もなく、部屋の電気がけられ、そこでバースデイケーキを囲む水鈴みすずと、残り2人の実体がはっきり見えるようになる。


 リビングダイニングの食卓。水鈴みすずのほかには、双子のような人物がにこにこしながら、水鈴みすずと火花が飛び散って表面のチョコのわずかに溶け落ちたバースデイケーキを交互にながめる。


 どちらかが『パパ』と呼ばれている。



「それじゃ、張り切ってケーキ切っちゃうから!」



 うでまくりをして、双子の1人が意気揚々とケーキナイフを手に取る。ナイフの刃が溶断するようにケーキの中へ差し込まれる。


 やがて、黄色いスポンジやそう状クリームの中に、不揃ふぞろいな粉砕ふんさいナッツのり込まれた切断面が現れた。



「あらあら。お父さん、間違ってナッツ入りのケーキ買ってきちゃったの? 水鈴みすずはアレルギーあるんだからっ!」


「えっ! あ、ああゴメン、忘れてたよ。これは僕らで食べよっか……」



 夫婦めいた会話で誕生日の主役を置き去りにする双子。バースデイケーキを2等分にする。


 ケーキを前に、水鈴みすずはこれまでの明るい表情を、みるみるうちに曇らせる。



水鈴みすずも食べたかったぁ……」



 時刻は午後6時。


 一家のささいな誕生日会をさえぎる意図か、突然に玄関チャイムの音が鳴りひびく。誰にも、誰かを呼んだ覚えなどはない。


 アレルゲン満載まんさいびっくり箱のようなケーキを買ってきた双子の1人が、玄関先へと躍り出る。


 来訪者は、目立つ赤いワンピースを着た、水鈴みすずにそっくりな子どもだ。「どうも、ケーキのデリバリーでぇす」と。


 本当に、ケーキ間違え魔に対する水鈴みすず生霊いきりょうかもしれなかった。



「しずりん、いらっしゃい! ……すんごい。ありがとう、ナイスタイミングだよっ!」



 水鈴みすずも玄関に出てくるが、自分とうり2つの子どもを前にしてもおどろきなどの感情はなく、ただ替玉かえだまのケーキを用意してくれたことへの謝辞のみを述べる。



「おう。日月しずみ家一同からのお気持ちよー」



 真っ赤なワンピースのしずりんこと、水鈴みすずの友人が調子に乗って言う。


 感激のあまり水鈴みすずが友人に抱きつこうとする。しかし、友人は手のケーキを水鈴みすずから遠ざけ、行動を制した。


 2人はほとんど同じ髪型をしていることもあり、その場で双子のようになる。



「ただし、このケーキを食べるには条件があります!」


「な、なに」


()()()は今から制服に着替えなければなりませんっ」


「なんでぇ……」



 ケーキをお預けにされた水鈴みすずは、友人の思惑がわからないとふたたび口をへの字にする。


 並ぶ背丈の2人は、透見川うおせ家2階にのぼる。


 水鈴みすずの私室がある。ベッドと、たな代わりのドレッサーしかない部屋でも、私室と呼ぶほかにしかたがない。


 着替えさせてあげると言う水鈴みすずの友人に向かって、水鈴みすずはバンザイをし、部屋着をはぎ取られる。


 友人は水鈴みすずの制服を手にかかげる。暗い色をしたシャツに、深緋ふかひのラインが身体のシルエットに沿って入るブラウスと、ハーフパンツからなる制服。水鈴みすずのか細い脚がすらりとあらわれる。



「あり、がと?」


「お気になさらず。おっと、これでまだ完成じゃないんだよねー」



 友人はふところからさらに小箱を取り出す。


 中には真っ白なシルクスカーフ。水鈴みすずの制服の首元へと掛けると、リボンの形にしぼって胸にさげさせた。



「これは、ぼくからの誕プレ。……みすぅさ、≪統制器とうせいき≫見られるのキライじゃん? だからね、こうやって隠せればいいなと思って」



 ささやくように友人が告げる。


 水鈴みすずは意識して、自身の首にはめ込まれた漆黒しっこくの金属機器へと手を触れる。今はスカーフの下。


 その≪統制器≫というものは、静かに絶えず駆動くどうしている。


 水鈴みすずはドレッサーのかがみに自分を見に行った。



「ありがとう……スカーフ、すっごいかわいい! 大事にするね」


「かわいいって何だよ」



 制服を着た水鈴みすずと着せた友人は手をつなぎ、階下にもどってパーティーを再開する。


 食卓中央には新たなホールケーキ、いちごの乗ったショートケーキが置かれ、周りをフレッシュミートや肉、肉が飾った。



「なんか映画観たくないですか? 観たいですよね? ぜひ観ましょう!」



 世間話に飽きた水鈴みすずの友人が提案する。


 水鈴みすずとなりで、その言いなりになろうとしている。

 しかし水鈴みすずたちと対面して座る双子のようすは明らかにネガティヴなものだ。



「えー、しずりくんがいると大体エログロ映画じゃ……」


「いやいやいや! 今日は違いますって。実は、父さんと観ようって話してたアジアンZ級アドベンチャー映画がありまして。キョンシーすらも昇天しょうてんする爽快エンターテインメントって触れ込みの。これなら、BGM代わりにはなるでしょう!」


「それでもかたくなにZ級なのねっ」



 双子の一方が思わず笑みをこぼす。たしかな言葉を得ずとも、提案は予定に変わった。


 友人とそして、ひとまずケーキを堪能たんのうした水鈴みすずも同行し、そっくりな2人で家を出発する。


 映画の記録媒体は友人の家にあった。


 また、友人の家族もパーティーに呼びたいという話も加わり、2人はおつかいに出ることとなったのだ。


 目的地は100メートルほど先の日月しずみ家。近い。2人はすぐに到着する。



「こんにちは、水鈴みすずくん。お誕生日おめでとう」


「おじさん! ありがとう。ケーキもありがと!」



 どうして制服姿なのかと茶々(ちゃちゃ)を入れることなく、友人の家族らしき人物が玄関先で水鈴みすず出迎でむかえてくれる。


 髪型以外は、水鈴みすずの家にいた双子と像をいつにしている。


 これからパーティーついで――ではなく、パーティーの余興にクソ映画を観ようと伝える。友人はクソ映画が観たくてしょうがないようすだ。友人の家族はこれをこころよく了承する。



「いいね! ポップコーンとチュロスも持っていこう。しずり、まだストックはあるかい?」


「待ってー」



 友人は、気のない返事とうらはらにもうダッシュで自宅へ駆け込んでいく。


 しばらくして、玄関にもどって来た友人の手には映画の記録媒体が入ったパッケージだけがにぎりしめられていた。



「チュロスはあっはけど、ほっふコーンはないよ!」


「ならなんで何も持ってないんだ……いいよ、それなら買い出しに寄ってから、透見川うおせさんとこへ行こう」


「いいよいいよ、ぼくとみすぅで買い物行くから。その代わり、お菓子も山ほど買うね!」



 クソ映画欲ばかりか、食欲をも加速させる友人の新たな提案に、水鈴みすずもそばで苦笑する。


 友人の家族は「任せるよ」と言って、2人に財布を預ける。


 水鈴みすずたちは日月しずみ家の次に、最寄りの交差点をこえた先のスーパーマーケットを目指す。



「映画(の記録媒体)を取りに行ったら、今度はポップコーンとお菓子を買いに……なんか、風が吹いたらなんとやらみたい。みすぅは最後に何がほしい?」


「にくーっ!」



 選択を迷わず脇目わきめもふらず、元気いっぱいの声で水鈴みすずがさけぶ。


 そっくりな2人の足は、住宅地と市街とをへだてた交差点に差しかかる。


 片側二車線の道幅はかなり広くもあり、同時に曲がり角を遮蔽しゃへい物がつごうよく陣取じんどっていることで、人の通行がわずかにわかりづらくもある。もっともそのようなことを子ども2人が考慮しているはずもなく。


 水鈴みすずたちの横断歩道と垂直の、車歩道が青になる。

 信号待ちしている水鈴みすず


 すると突如として、水鈴みすずは友人に突き飛ばされた。



「いったぁ! しずりん――えっ、なにっ……」



 水鈴みすずが、元いた場所に目を遣ると、そこはすでに事故現場と化していた。


 中型のトラックが地面に対してななめにかたむき、雑居ビルの1階にめり込む。ブレーキこんとおぼしき軌跡がなく、アスファルトに散っているものは、赤黒い液体とうすいピンク色の肉片のみだ。


 そのとき、水鈴みすずの背後でいっせいに人の声が向かってきた。野次馬だろう。網戸あみどいくぐろうとひっしなハエの羽音のように、声はどこかでぴたりと近寄って来なくなった。



「大丈夫かい?」



 卒然、水鈴みすずの頭上から降るはっきりとした言葉。


 水鈴みすずが見上げると、駆けつけてくれた友人の家族のような、あるいは自身の大好きな両親のような……とにかく誰かが見つめている。



「おじさん、横のお店の人なんだけど。もしかして、君の知り合いか誰か、かれちゃった?」


「う、えっ、あの……友だちが――」



 口にしたとたん、水鈴みすずは大(つぶ)の涙を流しはじめる。


 声をかけた人物は困り顔で、しかし義務感に駆られたようすで水鈴みすずの背中を撫でさする。



「ありゃ、助からないね。おじさんが『()()』に連絡してあげるから。えっと……轢かれたのも、君と同じ愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫だよね?」



 人物は水鈴みすずの制服を見たあと、断定した上で水鈴みすずたずねる。


 足がすくんで立ち上がることができない水鈴みすず


 しばらくして、人物のいる方から話し声が聞こえてくる。目下の水鈴みすずをよそに、人物は電話をかけている。



「えっと、場所は居住区のCー3ブロックで、うん、轢かれたのは愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫。その友だちって子に聞いて。あー、所有者さんは近くにいないみたいでさ。でも、(轢かれた子は)もう死んでると思うよ。それで事故車は労働用の――」


「死んで……」



 水鈴みすずが、人物のフレーズを反芻はんすうする。


 水鈴みすずは死という語のもつ必然性が理解できない。


 だから、力を振りしぼって立ち上がり、血のしたたる事故現場へと歩いて行った。


 しばらく待ってみて、『政府』の職員らしき集団が駆けつけるまでに、そこへしずりがもどって来ないことを確認する。


 ……水鈴みすずは、やはりと考えると、同じ足で自宅へと引き返す。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 水鈴みすずの友人・日月しずみ しずりは事故死していた。


 中型トラックに接触した衝撃で、身体を引きかれ即死したと、水鈴みすずは家族から伝え聞いた。


 それから2日が経過した快晴日。


 水鈴みすずは何があっても、私室から出ることはなかった。

 いつの間にか眠りにつき、目覚ましの音もなしに目を覚ます。


 布団のふちが陽光を帯びて、カエルの腹のように透けている。……果たして布団だろうか? まだカエルの腹の下ということもあり得る。そう感じうるほどに、眠りすぎた水鈴みすずの精神は、夢現ゆめうつつといった状態だ。


 ふと、水鈴みすずは毛布の足元にわずかな体温を覚える。


 足と足首が切りはなされでもしなければ覚えようもない、非統合的な、生物の体温のぬるさ。


 水鈴みすずはおそるおそる掛布団かけぶとんをめくる。

 自身の体とは異なるもう一つ、毛のかたまりが手を生やし、水鈴みすずの胴体にすがりついている。



「ぎゃっ!」



 心臓がしびれる衝撃を受け、きたない悲鳴を上げた水鈴みすずはベッドを脱出する。


 誰も他に寝ていないはずのベッド。しかし、掛布団はモゾモゾとしゅん動をくり返す。



「うー、んっ!」



 何やらうなった後、掛布団がゆっくり起き上がる。ずり落ちる。


 毛の塊の正体がわかった。スウェットを着た、恐らく人間だろう姿。


 水鈴みすずの髪と同じ色。のれんのごとく垂れ下がった毛の隙間から、水鈴みすずとそっくりの顔が現れる。



愛玩用(ウイルガ型)≪スキン≫……」


「おはよう、みすぅ!」



 毛の塊の人物は、水鈴みすずの親しんだ声にイントネーションで、水鈴みすずのあだ名を呼ぶ。



「……し、ず、え、違うよね?」


「違わないよ。正真しょうしん正銘しょうめい、生まれたてのしずりんです!」



 ベッドの上で胸を張って、高らかに名乗りを上げる。

 その姿に水鈴みすずは、望まない、死んだ友人の面影おもかげを見せられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ