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魔王様のご成婚  作者: john.
後日談
14/14

副官たちの疑問(後)

 午後になってユイシールが魔王様の執務室を訪れると、魔王様はその麗しいお顔をぱっと輝かせられた。そして愛しい副官に向かって書類を手渡す。

「はい、これが終わらせた分よ。もーたくさんあって大変だったけど、ユイちゃんのためにアタシがんばっちゃったわあ」

「ありがとうございます。お疲れ様です」

 ユイシールは魔王様から書類を受け取りながら、少しだけ微笑んだ。すると嬉しそうな顔の魔王様と目があってしまい、視線をわずかにそらす。昼の休憩時に交わしたセルロンの冗談(彼にしてみれば非常に珍しいことに決して冗談ではなかったのだが)を思い出して急激に恥ずかしくなってしまったのだ。

 そんなユイシールの様子に気づかれた魔王様は、笑顔を不満げなそれに変化させ、手を伸ばしてユイシールの白くなめらかな頬に触れられた。

「ユイちゃん?アタシから目をそらすなんて、イイ度胸してるわね?」

 ふふ、と瞳と同じ、赤い色をしたくちびるが弧を描く。魅惑的な微笑みだった。


 魔王エリエラ。2000年以上この魔界を治めている彼のことを、ユイシールは崇拝し敬愛し、絶対的な忠誠を誓ってきた。しかしながらユイシールは、魔王様に仕えてきた400年間、エリエラのことを女性だと思い込んでいた。彼女の歴史のなかで最大にして最低な失態である。

 

 しかし、魔王様の性別が男性であるとわかってからのこの1年、ユイシールは自分がなぜこの方を女性だと思い込んでいたのか不思議でならなかった。

 確かに魔王様の顔は女性的だ。中性的な美、というべきか。人間たちのあがめる天使などに近いかもしれない。それでもあのような絵では再現できないほどに魔王様のお顔は美しい。

 そしてすらりと高い身長、バランスのよい長い手足、しかし細すぎず実は程よくしなやかな筋肉もついている。短めの黒髪にワインレッドの瞳がよく映え、左目の下の泣きぼくろがセクシーだ。

 

 だが、いくら魔王様が女言葉を話されようと、魔王様はどこからどう見ても男性である。異性が苦手なユイシールは、日々魔王様の厚い胸板や骨ばった手、高すぎず低すぎないハスキーな声にどきどきしっぱなしだ。女性に対してこんなにもどきどきしたことはないし、男性らしい色気にくらくらしてしまう。なぜこんなに素敵な男性を女性などと思っていたのだろうか。


 彼女の感じるどきどきやくらくらは決して彼女が「異性が苦手」なのではなく「彼のことが好き」だからなのだが、恋愛初心者で非常に真面目なユイシールにはその違いはまだ難しいようであった。


「なになに?そんなに見つめられたら、キスしちゃうわよ?」

「えっ」

 

 気づけば長いこと頬に手を触れられたまま、ユイシールは魔王様を凝視していたらしかった。慌てて謝罪し、後ろへ下がろうとしたところで、魔王様の手がユイシールの頬からうなじへと移動なさった。一瞬のうちに力をこめたその手にぐいっと引き寄せられ、ユイシールは机を乗り越えられた魔王様とぶつかるようにしてくちびるを重ねた。

「ん……ふ」

「ふふ、可愛い……ユイシール」


 甘い声が耳元でささやく。ユイシールは己の腰から背中へぞわりと……とても気持ちのいいなにかが走ったのを感じた。魔王様は自分のことを「感じやすい」とおっしゃるが、そうではなく魔王様がとても「うまい」のではないかとユイシールは思っている。


 くちづけの合間を縫うようにして、魔王様が「ユイちゃん」と呼んだ。

「は、い」

「ね。お昼、セルロンと何話してたの?」

 荒く呼吸をするユイシールに、魔王様は楽しそうに瞳を細めて尋ねられた。その実魔王様の胸の中はひどくもやもやとしたものに苛まれていて、アタシって心狭いわあ、とご自分の独占欲の強さに少々落ち込まれてもいた。


 そんな魔王様のご様子には一切気づかない鈍感女王ユイシールは、その言葉ではっと思い出す。そうだ。何のために自分はこの執務室を訪れたのか。書類を受け取るためなのはもちろんだが、もうひとつ解決しなければならない問題があったのである。


「魔王様。無礼をお許しください」

「なあに?婚約者のアンタに今更無礼も何もないわよ」

 魔王様が寛大にもそうおっしゃると、ユイシールは意を決して聞いた。

「魔王様は、なぜそのような口調をされているのでしょうか」


***


 子供のころ、魔王様はおばあちゃん子だったそうだ。お忙しい両親に代わって魔王様をお育てなさったのがおばあ様だったらしい。おばあ様のような立派な大人になりたいというのが魔王様の夢だったそうだ。しかし1000年ほど前、そのおばあ様が亡くなられた。たいそう悲しまれた魔王様だったが、おばあ様の口調をマネして話していると、その大好きだったおばあ様に近づける気がして、魔王様はそれからずっとあの口調で話されているそうだ……。


 

「ってユイちゃんから聞いたんだけど、お前よくそんな大嘘真顔でコケるな」

「あら、バレちゃった☆」


 てへ、と舌を出す魔王様に、セルロンは苦笑した。右手にもったジョッキをあおる。魔王と副官という間柄になった今でも、月に数度は2人で飲みに行くのが習慣だった。


 昼間話したことを、午後になってユイシールは魔王様に確認したらしい。その結果あのようなお涙ちょうだい物語を聞かされたそうだ。それを信じ込んだ真面目なユイシールは、少々切なそうな顔をしながら律儀にもセルロンに結果を報告してくれた。

 それを聞いたセルロンは、笑いだしたいのを必死の思いでこらえるのに精いっぱいだった。


「ユイちゃんは信じてくれたのに、アンタはアタシのこと信じてくれないのねえ」

「バカか。お前の家族構成なんてとうの昔に知ってるのに俺が騙されるはずないだろ。お前のババア今でもめちゃくちゃ元気じゃねえか。あいつ何者だ。もう1万歳近いだろ。不死身かなにかか」

「さすが魔王様のおばあ様よねっ」

 楽しそうに笑う魔王様に、セルロンもようやく先ほど必死でこらえた笑いを解放させた。にやにやと笑ってしまってビールが飲めなくなる。

「あー、しっかしあのこほんと面白いな」

「あらん、ダメよ?アレはアタシのなんだから」

「へえへえ。知ってますよ」

 もう十分だ、というようにセルロンは右手をひらひらと振った。


「で、結局なんで女言葉なんだよ?」

「え?」

 俺に嘘は効かない、と笑ってみせると、魔王様はまた楽しそうに笑った。いつも妖艶に微笑まれる魔王様だが、この幼馴染といるときはその笑みがとても無邪気になる。

「別にたいした理由じゃないわよ。女の子口説くときに、この口調だとギャップになってやりやすい、とか、単純に自分の名前と顔が女っぽかったからなんとなく始めたとか、あとは、そうねえ、勘違いしてくれたバカな男にも貢がせることもできるし、この方が利益だわと思ってたら癖になっちゃっただけよん」


「ふーん。お前ってほんとアレだな」

 初心なユイシールには確かに聞かせづらいかもしれない。女の子を「口説いた後」の話もしなきゃならないだろうし。セルロンは納得した。そして苦笑いで隣にいる男をみる。魔族としてこれ以上の男もいないだろう。傲慢で、自分勝手。他人は自分の糧や玩具としか思っていない。自分の快楽のためには他人はどうでもいい。そんな男が唯一、あの娘にだけは自分の欲求を押し通さず我慢している。これほど面白いことがあるだろうか。


「アレってなによ?」

「アレはアレだよ。しっかし、エリエラ。そのいいぶりからすると、お前、男ともヤッたの?」


 副官Bの新たな疑問に、その夜、魔王様がお答えになることはなかった。


次は人間を出そうか悩んでます。副官たちの会話を書くのが好きなので、この二人のお話でもいいかなあ、と。

 お話のほんとの完結はもう数話あとです。

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