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約束

「トム!!」


 レオンは叫んだ。


 全身から力が抜けるような感覚


 倒れた弟へ駆け寄ろうとする。


 だが。


 その前に。


 魔物がいた。


 黒い巨体。


 赤い目。


 血の付いた爪。


 トムを傷付けた魔物。


 それが目の前にいた。


 レオンの中で。


 何かが切れた。


「ぁあああああああああああああああ!!」


 叫ぶ。


 自分の口から出ているとは思えない叫び。


 地面を蹴る。


 剣を振る。


 黒い魔物が迎え撃つ。


 巨大な爪が迫る。


 だが。


 レオンは止まらなかった。


 避ける。


 斬る。


 血が飛ぶ。


 肉を裂く感触。


 骨を断つ感触。


 もう一度。


 もう一度。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 怒りのままに剣を振るった。


 黒い魔物が崩れ落ちる。


 だが終わらない。


 周囲にはまだ魔物がいた。


 灰狼。


 異形。


 牙ウサギ。


 赤い目が無数にこちらを見ている。


「来いよ……」


 レオンは剣を握る。


 震えていた。


 怒りで。


 悲しみで。


 悔しさで。


「来いよぉぉぉぉぉ!!」


 叫ぶ。


 その瞬間だった。


 空気が震えた。


 目には見えない。


 音もない。


 だが。


 何かが溢れ出した。


 レオンの身体から。


 感情のままに。


 怒りのままに。


 圧倒的な何かが。


 トムには見えていた。


 光だった。


 今まで見たことがないほどの。


 膨大な光。


 赤でもない。


 青でもない。


 緑でもない。


 様々な色が混ざり合ったような光。


 眩しいほどの光。


 それがレオンを中心に吹き上がっていた。


「兄ちゃん綺麗……」


 トムは呟く。


 魔物達も気付いていた。


 本能で。


 理解していた。


 危険だと。


 勝てないと。


 死ぬと。


 灰狼が後退る。


 牙ウサギが逃げる。


 異形が唸りながら距離を取る。


 誰も近付いてこない。


 いや。


 近付けない。


 レオンは気付いていなかった。


 ただ。


 目の前の魔物を睨み付ける。


 すると。


 魔物達は森の奥へ逃げていった。


 一匹。


 また一匹。


 やがて。


 誰もいなくなった。


 静寂だけが残る。


 レオンは荒い息を吐いた。


 そして。


 ようやく振り返る。


「トム!」


 駆け寄る。


 抱き起こす。


 軽かった。


 あまりにも軽かった。


 血が止まらない。


「トム!」


 震える手を傷口へ向ける。


「治れ」


 何も起きない。


「治れよ!」


 治れ。


 なんでもいい。


 火でも。


 水でも。


 風でも。


 なんでもいい。


 助かれ。


 助かってくれ。


「治れぇ!!」


 レオンの祈りも空しく、無情にもトムの命は流れ出るばかり。


「くそ……」


 ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。


「くそぉ……」


 もっと調べればよかった。


 もっと真剣に魔法のことを考えればよかった。


 もっと力があれば。


 もっと知識があれば。


 助けられたかもしれないのに。


「兄ちゃん」


 トムが言った。


 レオンは顔を上げる。


「喋るな」


「兄ちゃん」


 トムは少し笑った。


「守れた」


 レオンは言葉を失う。


「兄ちゃん守れた」


「馬鹿」


 涙が止まらない。


「なんでだよ」


「なんで庇ったんだよ」


「兄ちゃんだから」


 当たり前みたいに言う。


 それが余計につらかった。


「俺が兄ちゃんだろ!」


 レオンは叫ぶ。


「兄ちゃんがお前を守るんだろ!」


 声が震える。


「俺の役目だろ!」


 トムは少しだけ目を丸くした。


 そして。


 小さく笑った。


「兄ちゃん」


「なんだ」


「ありがとう」


「やめろ」


「いっぱい遊んでくれて」


「やめろ」


「いっぱい守ってくれて」


「やめろって……」


「大好き」


 レオンは泣いた。


 声を上げて泣いた。


 今まで。


 恥ずかしくて言えなかった。


 もっと言えばよかった。


 もっと褒めればよかった。


 もっと一緒に遊べばよかった。


 もっと。


 もっと。


「トム」


 震える声で言う。


「俺もだ」


 涙が止まらない。


「大好きだ」


 トムは嬉しそうに笑った。


 いつもの笑顔だった。


「知ってる」


 そう言って。


 胸元へ手を伸ばす。


 首飾りだった。


 母にもらった宝物。


 誕生日にもらった。


 ずっと大切にしていた首飾り。


 震える手で外す。


「これ」


 レオンへ差し出す。


「持ってて」


「トム」


「俺も」


 息が苦しそうだった。


 それでも。


 笑おうとしていた。


「一緒に連れてって」


 レオンの手に首飾りを握らせる。


「海も」


 小さな声。


「お城も」


 とめどなく涙が零れる。


「勇者様の国も」


 レオンは首を振った。


 嫌だった。


 聞きたくなかった。


 でも。


 トムは続けた。


「全部見たいから」


 レオンは首飾りを握り締める。


 強く。


 壊れそうなほど強く。


 トムの身体から徐々に温もりが失われつつあるのが分かった。


 分かってしまった。


「分かった」


 声が掠れる。


「連れてく」


 トムが少し笑う。


「約束だぞ」


「ああ」


「絶対だぞ」


「ああ」


 何度でも頷く。


「約束する」


 トムは安心したようだった。


 ゆっくり目を閉じる。


「兄ちゃん」


 最後の声。


「頑張れ」


 レオンは泣きながら頷いた。


「ああ」


「頑張る」


 返事はなかった。


 さっきまでの喧騒が嘘のように、夜風が優しく吹いていた。


 レオンは動かない弟を抱き締める。


 その小さな身体を。


 まるで時が止まったように。


 強く、強く抱きしめ続けた。

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