8-1 権限偽装(エスカレーション):深淵の書斎と、暴かれた癖
神殿の門をくぐった先は、外光を拒絶する情報の迷宮だった。
永久凍土の冷気を孕んだ石造りの回廊は、幾何学的な紋様が刻まれた壁面に囲まれ、侵入者の足音を吸い込むように静まり返っている。
だが、その静寂は偽りだった。
「――トラップ作動! 物理、魔導、両面から来るぞ!」
俺の叫びと同時に、壁面から無数の魔導砲台が展開し、床からは不可視の圧力板が連動して巨大な振り子が振るい下ろされる。
魔導の奔流に対しては、俺が解析し、リーフが浄化の光で相殺する攻防一体の同期で対処し、メギストス師父がその背後を強固な結界で支える。
一方で、物理的な質量を伴う罠には、バナード師匠の大剣が空を裂き、アイリスの鋭い刺突が機構の心臓部を的確に破壊して、力業でねじ伏せていった。
しかし、進めど進めどトラップの波は引くことを知らない。
物量という名の暴力が一行の体力を確実に削り取っていく。
「……キリがないですわ。
この神殿そのものが、管理者以外を全否定する巨大な自動迎撃の自律回路ですわ」
アイリスが肩で息をしながら剣を振るう。
その時、メギストス師父が杖を高く掲げ、詠唱のピッチを上げた。
「ルシ、リーフ殿、時間を稼げ! システムの根幹に『偽の署名』を流し込む!」
二人が命懸けで防衛線を維持する数秒の間、師父の放った黄金の魔力が回路の隙間に染み込んでいく。
それは、侵入者である自分たちを正当な管理者であるとシステムに誤認させる、古代の権限昇格術。
瞬間、神殿を震わせていた轟音と魔力の拍動が、嘘のように止んだ。
無数の砲台が収納され、罠の機構が沈黙する。
神殿が、一行を主として受け入れたのだ。
「ふぅ……。 ひとまず、防御兵装は突破したようじゃな」
師父の言葉に促され、一行は神殿のさらに奥、心臓部へと足を踏み入れた。
◆
内部の探索は、トラップが消えた代わりに膨大な部屋の数という新たな壁に直面した。
古代の記録媒体が整然と並ぶ書庫、意味不明な術式が書き殴られた実験場。
俺たちは決して散り散りにならず、互いの背後を預け合うフォーメーションを維持したまま、慎重に調査を進めていった。
そして、ついにその場所を見つけた。
重厚な石の扉の先にあったのは、他とは明らかに異質な生活の痕跡が残る一室――シグルドが拠点として使用していた私室だった。
部屋の中には、どす黒い血に染まった包帯が散乱し、空になった高位ポーションの瓶がいくつも転がっている。
主の姿はすでにないが、そこには狂気と焦燥が綯い交ぜになった不気味な熱気が残っていた。
「……徹底的に調べますわ。 シグルドの思考回路を、ここですべて暴くのですわ」
アイリスが、鋭い眼光で部屋を見渡した。
この部屋の調査において、最大の戦力となったのは意外にもアイリスだった。
彼女はかつて王都にあるシグルドの屋敷を、特務の任務として徹底的に洗った経験がある。
「あいつの癖はわかっていますわ。
本棚の三段目、左から五番目の背表紙……ここを引けば」
カチリ、という硬質な音が響き、壁の一部が音もなく反転した。
「……やはり。
隠し部屋の配置、重要書類を隠す際の暗号化パターン。
どれも王都にいた頃から変わっていないですわ。
傲慢な男ほど、自分の習慣こそが完璧だと信じ込んで疑わないものですの」
アイリスの執念とも言える解析が、次々とシグルドの隠し工作を剥ぎ取っていく。
机の裏側に貼り付けられた予備の鍵、床板の隙間に隠された通信記録の残滓。
彼女が暴き出したのは、単なる遺留品ではない。
それは、シグルドという男が、何を恐れ、何を渇望し、そしてネロという存在をどのように歪めようとしていたのかを示す、生々しい悪意の痕跡だった。
「……ありましたわ」
アイリスの手が、一冊の分厚い手記を掴み取る。
そこには、これまで俺たちが目にしてきた古代魔法の美しさとはかけ離れた、呪詛のような殴り書きが埋め尽くされていた。
これこそが、禁忌のバックエンドへと繋がる、最悪の設計図。
俺は琥珀色の瞳を曇らせ、その手記へと手を伸ばした。
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