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4-1 上書き:暴かれた虚飾と、真実の同期

 王都を包んでいた闇が、唐突に払われた。


 俺の手元で基本入出力系統(I/O)の復旧が完了し、沈黙していた魔導灯やインフラが再起動したのだ。


 だが、それは安寧の再来ではなかった。


 真の革命の前触れに過ぎない。


「リーフ、全回路を開放してくれ。

 シグルドが書き換えた偽りの歴史フェイク・ログを、本物の記録で上書き(オーバーライト)する」


 俺の静かな命に応じ、リーフは虚空に指を走らせた。


 彼女の意識はエリュシオンのログハウスを飛び越え、王都の中枢に座す世界樹ユグドラシルの深層意識へとダイレクトに接続される。


 俺が王都の防壁を一時的に無効化した今、世界樹の管理権限を奪取するのは、その管理者である彼らにとって赤子の手を捻るよりも容易な作業だった。


 ◆


 その瞬間、王都全域の魔導端末、広場の巨大スクリーン、さらには各家庭の通信石に至るまで、同一の映像とテキストが強制的に流し込まれた。


 映し出されたのは、あまりに凄惨な真実の記録だった。


 当時、わずか十歳の少年であったルシが宮廷魔導師団に入団して以来、五年間もの間、不眠不休で世界樹の調律をたった一人で押し付けられていた過酷な現場。


 広大な魔導回路の海で、血を吐くような思いで記述を修正し続ける少年の姿。


 そして、ついに限界を迎え、椅子に座ったまま事切れたように寝落ちしてしまった、あの日の真実。


『観よ、これが王都の繁栄を支えていた礎の正体だ』


 記録は容赦なく続く。


 俺の献身的な功績を、あたかも自分の手柄であるかのように周囲に吹聴し、手柄を掠め取るシグルド。


 一方で、自身の未熟な魔導記述が世界樹に深刻な負荷をかけ、その度に俺が裏で尻拭いをさせられていた事実。


 俺が追放された後、シグルドが自ら調律を試みるも、世界樹のシステムそのものから異物として拒絶される醜態までもが、鮮明なログとして拡散されていく。


 現在の調律室の様子さえもがライブ・ストリーミングのように中継された。


 豪華な椅子にふんぞり返り、的外れな指示を飛ばすシグルド。


 その無知な命令のせいで、今度は残された魔導師団の面々が精神を焼き切られ、限界を迎えている凄惨な現状。


 さらに、追い打ちをかけるように特務部隊一個師団に対する非道な切り捨ての記録が公開されると、王都の空気は一変した。


 恐怖は、瞬時にして殺意を孕んだ憎悪へと変質したのだ。


 そこへ、アイリス=ローゼンフェルトの凛とした声が重なる。


「――王国に留まる戦友の皆さま、そしてシグルドに魂を削られている魔導師の皆さん!

 聞こえますか!

 今こそ手を取り、この無能な簒奪者を追放すべき時ですわ。

 真の管理者は、このエリュシオンに健在ですの!」


 この神域の情報開示を目の当たりにした市民たちは、堰を切ったように咆哮を上げた。


「簒奪者シグルドを引きずり下ろせ!」


「嘘つきに鉄槌を下せ! 王都に真の管理者を!」


 怨嗟の声は地鳴りとなって王城を揺らし、数千、数万の群衆が城門へと詰めかける。


 その波は一般市民に留まらず、状況を静観していた貴族たちの間にも、無能なリーダーは国を滅ぼすという危機感と共に広がっていった。


 動かぬ王、そして沈黙を続ける側近たちへの不信感もまた、かつてないほどに高まっていく。


 ◆


 王城の最奥、最高級の調律室で、シグルドはガタガタと膝を震わせていた。


 目の前の端末は、自分を糾弾するログを垂れ流し続け、制御不能に陥っている。


「……何だ、これは……。 何が起きている……!

 私が消去したはずのログが、なぜ……!」


 彼は焦燥に駆られ、爪が剥がれるほどの勢いで操作盤を叩いた。


 邪魔だった前団長を毒殺し、不審死として処理させ、自分が頂点に収まった。


 調律という面倒な重労働はすべてルシに押し付け、その成果だけを甘く吸い上げてきた。


 すべては、完璧な思惑通りに進んでいたはずだった。


 だが、今、その全てが上書きされ、自身の存在価値がゼロどころかマイナスへと転落していく。


「……落ち着け。 まだだ、まだ終わっていない。

 不幸中の幸いか、前団長を消したのが私だという『確定的な証拠』までは出ていないはずだ」


 シグルドは荒い呼吸を整え、必死に自己を正当化しようと試みる。


 現場の証拠は、あの時、完璧に記述レベルで消去した。


 ルシといえど、存在しないデータは復元できないはずだ。


「そうだ……今ならまだ挽回できる。

 ルシさえ……あいつさえ叩き潰せば、この暴動も鎮圧できる……!」


 シグルドは充血した目で、禁忌の兵装が眠る地下倉庫へのアクセスキーを握りしめた。


 彼の中に残されたのは、もはや統治の意思ではなく、自らの醜態を暴いた者への、剥き出しの殺意だけであった。

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