生徒会の決定
風中の2人を送り出した正臣は、麻耶に聞いた。
「あんなこと言っちゃって、これからどうするんだ?」
「とりあえず、佐藤先生には言う。先生が何もしてくれなくても知っておいてもらう必要があると思う」
「じゃ、ホントに署名運動するのか?」
「まず、署名運動そのものをするかしないか、全校生徒に聞かなくちゃ。でも、それはわたしたちが直接やることじゃない。生徒会の協力を得られなければ無理。だから、生徒会の臨時執行委員会を開いてもらってそこで意見を聞く。執行委員が全員署名反対だったら、そこで終わり。合唱コンクールの実行委員会は、署名運動の実行委員じゃないんだから」
「確かに」
「これから、佐藤先生のところに行くけど、ついてきてくれるわよね」
「もちろん」
2人は音楽室に向かった。
佐藤先生は音楽室にいた。
風中の合唱コンクール実行委員との話し合いの内容について、佐藤先生はじっと報告を聞いていた。
「先生も、新聞でリゾートホテルのことは知っていたわ。確かに、あの合唱コンクールは、牟誇崎台でやってこそ意味がある。弥七と忍野から続く両町のつながりが、合唱という形になって人々の前に披露される。それが町の人たちに古から続く自分たちの美徳を思い出させてくれるんですもの」
「じゃ、先生もリゾートホテル反対ですか?」
麻耶が聞く。
「もちろんよ。でも、町の長たるものは、古くから伝わる習わしよりも、今の町民の役に立つことをまず考えなければなくちゃ。今の呼水町に足りないものを、リゾートホテルが与えてくれるなら、何としても誘致を成功させなければ。・・・そのことは、2人とも理解できる?」
「・・・・昔の美徳より、今のお金ってことですか?」
正臣が突っ込む。
佐藤先生は、少し悲しげな顔をした。
「美徳というのは、心の世界。でも、人は心の世界だけでは生きていけない。生活という基盤があって、初めて心の豊かさを得られる。貧乏でも幸せなんて綺麗ごとを言う人もいるけど、着る物も住む場所もなく、食べる物もない状況で、幸せを感じることができると思う?生活するということは、最低でも、衣食住の3つが確保されていること。それがなければ、生活しているとは言えないと先生は思うの」
「・・・・でも、衣食住のない生活をしている人なんて、呼水町にいるんですか?」
正臣が反論する。
「それは、例えの話よ。生活が少しでも豊かになれば、美徳を受け入れる余裕もでてくる。だから、心の豊かさだけにこだわるのではなくて、現実の豊かさにも目を向ける必要があると言いたかったの。わたしは、署名運動そのものは反対しない。ただ、なぜ、リゾートホテルを建設しなければならないのか、なぜジオパークを呼水町に作らなければならないのか、そのことも考えてほしいの」
大人の考え方だな、と正臣は思った。
白黒をはっきりさせず、常に逃げ道を考えておく。
町全体を考える責務がどういうものなのか、正臣にはまだピンと来ていなかった。だから、そんな風にしか佐藤先生の言葉を捉える事が出来なかったのだ。
「鳳さんはどう思う?」
佐藤先生は、黙ったままの麻耶に聞いた。
「・・・・正直分かりません。わたしたちが町全体のことまで考えなければならないのかどうか・・・。でも、これは、わたしたちだけで決めるんじゃなく、生徒会に諮るつもりです」
佐藤先生は、笑顔になってうなづいた。
「みんなの意見を聞くことはいいことよ。自分たちだけで勝手に先に進んでしまうと、皆から見放されてしまうこともある。みんなの協力を得たいのなら、慎重に動くこと。いいわね」
麻耶の動きは早かった。
同じクラスの生徒会長と副会長に話をして、風中との話し合いの翌々日には緊急の執行委員会を開催することになった。
執行委員会は、生徒会の執行委員と学級委員長が集まる。
生徒会長の緊急執行委員会開催の理由説明のあと、麻耶から風中の合唱コンクール実行委員との話し合いの内容が報告される。
「・・・・と、いうことで、まず、委員の皆さんには、この署名活動を鵬中としてやるかどうか。その意見を伺いたい」
麻耶の報告が終わったあと、生徒会長が、集まった委員たちに聞く。
「なんかこの話、やけに出来過ぎているような気がしませんか?隣町のことなのに、風中生徒の8割が反対なんて」
2年の学級員が言う。
「何か他に理由があるんじゃないか?リゾートホテルが建たない方が風応町にとってプラスになることとか、逆に、建つとマイナスになるような何かが」
と3年の学級員から援護が入る。
「風応町にとってマイナスになることって?牟誇崎台にリゾートホテルが建つと、風応町が日陰になるとか?」
「風応町まで日陰になるなんて、どんだけ高い建物だよ」
「分かった。そのホテルこう名付けようぜ。呼水スカイツリー」
委員たちが一斉に笑う。
「でもさ、リゾートホテルが建てば、呼水町に50億くらい金が入ってくるんだろ?なぜ、俺達が、その建設に反対しなくちゃならないんだ?」
「50億円入ってくれば、僕達も少しは裕福になるのかな」
「そうなれば、呼水町と風応町の経済状況、逆転するんじゃねえの?」
その時、麻耶は佐藤先生の言葉を思い出していた。
「今の呼水町に足りない物をリゾートホテルが与えてくれる」
今の呼水町は、人口も経済力も風応町に抜かれてしまった。そして、呼水町は、これを逆転できる政策がないまま、じっと指をくわえていた。
もし、リゾートホテルが建てば、経済効果は40~50億円。呼水町の逆転も夢ではなくなる。
でも、まさかそんな・・・・。
「じゃあ、逆転しないようにするには、リゾートホテルが建たなければいいってことですね」
2年学級員が言う。
「それだ。風中の連中は、合唱コンクールの場所を変えたくないなんて言っておきながら、ホントは呼水町にリゾートホテルが建って、風応町より経済的に豊かになることが許せないだけなんじゃねえか?」
麻耶が、まさかと思ったそのことを、3年男子が言う。
「きったねえ。これで、リゾートホテル建設反対の署名なんてしたら、俺達単なるバカじゃん」
違う。
牟誇崎台で歌うということは特別なことなんだ。
2つの町が古くから伝わる美徳を、歌を通じて讃えるには、あの場所でなければだめなんだ。
そう言いたかったが、所詮それは精神論。経済的に豊かになるという現実の前では、委員たちの言っていることに反論する材料を、麻耶は何も持ち合わせていなった。
「では、多数決をとりたいと思います。リゾートホテル建設反対の署名運動をした方がいいと思う人、挙手願います」
副会長が宣言する。
麻耶は一瞬ためらったが右手を高く上げた。
手を挙げたのは、麻耶一人だった。
「署名運動はしない方がよいと思う方、挙手願います」
勝敗は、決した。
どっちでもいいと言う委員は一人もいなかった。
「では、鵬中としては、牟誇崎台のリゾートホテル建設反対の署名運動はしないこととします」
機械的な響きで生徒会長は宣言した。




